§2-9. 朝から付き合わされるの巻


 通学路、正面玄関、玄関ホールとひとつひとつ通過していくに連れて、周囲から注がれる視線の濃度が上がっていく。

 もちろんチラッといちべつくれた後は大抵は日常に戻っていくのだが、二度見三度見とされればさすがに気分は良くない。

 居心地なんて当然悪い。


 毎日こんな視線を浴びてたら、それこそ内臓のどこかしらに穴が空きそうな気がしてきた。


「どうしたの?」


「ああ、いや……何でもない」


 ぼんやりとしていたらしい俺に声をかけて、そのまま職員室側の階段を目指す。黙って俺は彼女に着いていこうとする。


 が。


「……ちょっと」


「どうした」


「何でそんな距離取るのよ」


 あっさり気付かれた。明らかに不満げな声もぶつけられる。


 下手に意識するのもかえって気持ち良くないだろう。

 それはわかる。解らないほどガキじゃない。


「こっち側の廊下なんて、朝はほとんど誰も来ないでしょうに」


「たしかにそうではあるんだけどさ……」


 ふつうは玄関ホール部分に直結の階段を使って上層階に向かうのが普通だ。他の階段よりも2倍程度幅が広くなっているのもそのための設計だろう。

 わざわざ裏手の階段を使うのは、何か特異な理由があるときだけだ。

 たとえば、今回のように。


 だからこそ、ここはすごく落ち着く。


「ここまでの視線を校内で受けたことなんか無いからさ」


「……ふぅん」


 そんな事も無げに反応せんでも。差を思い知らされる感しかしない。


「『ふぅん』て。……そんなもんか」


「そんなもん、かもね」


 そういう感覚になるようなことは、きっと今後無いだろう。あったとしてもこの学校祭準備の間だけだ。

 それまでの辛抱と言ってしまうと立待月には少し失礼かもしれないけど、本来の俺はごくごく普通のモブ男子高校生。注目を変に集めることはない人生を送るはずだ。


「慣れているわけではないけど、気にするだけ損だしムダかなって」


「まだ俺はそこまで割り切れねえなぁ……」


 肝の据わり方が違うらしい。


 俺はとりあえず、今の光景をクラスメイト――とくにいつも連んでいるヤツらに見られていないといいなぁ、なんてことを考えるほか無かった。





     〇





 生徒会室からは灯りが漏れていた。既に誰かが来ているらしい。仕事熱心な役員も居るモノだ。ウチの学校の生徒会は朝の校門前に立って挨拶的な活動はしていない。遅刻ギリギリのタイミングになって生徒指導部の教員やらがようやく出てくる程度だ。その辺りに関しては比較的緩いのかもしれない。


「おはようございます」


「あ、おはようございます……?」


 立待月の挨拶に反応したのはあまれん、生徒会長。彼はそのすぐ横にいた俺を見て少しだけ意外そうな顔をした。日頃見慣れていないヤツがいる――的な感じの、ごく自然な反応だ。


「失礼します」


「ああ……、っと、そうだ、あさくらくんだ」


 昨日の今日だったがまさか覚えられているとは思わなかったので、今度はこちらがちょっと驚く番だった。


「丁度良かった。今出ようと思っていたところだったんだよ。戸締まりだけしっかりして行ってくれればイイからね。……戸締まりしていかないと、あやかしの類いが出てくるかもしれないからね」


「はい」


 あ、とくに突っ込まなくても良いんだ。


 そして、ボケに対する反応が無くても良いんだ。


 ――何か、どことなく不思議だな。生徒会。


「よろしくね」


 会長は立待月ではなく、何故か俺に視線を向けながら言った。


 俺にそんなことを言われても。生徒会室の鍵を持っているのは立待月のはずだ。


 今の真意を問いたい気持ちはある。けれど、会長はさっさと生徒会室を出て行ってしまった。わざわざ呼び止めるのも違う気がするし、何よりめんどくささが勝ってしまったのでそのままにしておく。


「さて、と。荷物は何か適当に置いておいてもらえたらいいから」


「おう」


 言いながら立待月は定位置のようなところに腰を下ろし、その傍らに自分の荷物を置いた。


「……いや、『おう』じゃないわ。え、マジで何かシゴトするのか?」


「するわよ。やらないといけないことが無いわけじゃ無いから。っていうか、道すがらそういう話をしてきたでしょ」


「たしかにそーだけどさぁ……」


 嫌な予感はしていたさ。雑談にしては妙に具体的な話ばかりが飛び出してくるなぁ、とは思っていたよ。芝居にしては高度なことをしてくるなぁと思ったよ。


 ガチかよ。


「え、ってことはそのシゴトは、まさか……?」


「口動かすのもいいけど、早く座って。ほら」


 ぽんぽんと手で叩いて示すのは、立待月の左隣の席。


 ――え、真横ですか。指定席ですか。


 同時に、拒否権が無いことも悟る。何だかこれなら、ただただ視線を集めていた方が平和な気がしてきたぞ。


「ほら」


「ハイ」


 先日の屋上のような威圧感を発揮されては、潔く従う他ない。


 良いんだよ、弱くて。その方がラクだから。


 俺が席に着いたのを確認すると、立待月は書類などが置かれている棚から一抱え持ってくるとそれを俺の席との間くらいに置く。重量感のある音がした。


「ハイ、これ」


 手渡されたのはホチキス。


「留めろ、と」


「まぁ、ホチキス使ってそれ以外にすることは無いわよね」


「ッス」


 まぁ、頭を使う作業よりはマシか。朝の眠気――はそこそこ吹き飛んだけれども、それでもいきなり金額の計算とかさせられたら危なかった。


「でも、コレさぁ……」


「うん?」


 書類の上側、左右1箇所ずつで計2箇所。それを2部留めたところで、改めて中身を検分して気付いた。


「マジモンの資料じゃん、コレ」


「そうだけど?」


「つまりこれって『生徒会のシゴト』だよな」


「バレた?」


「そりゃもう」


 明確に説明の時に使う資料だった。しかもわりとマジメな内容。


「でもほら、学校祭関連で使う資料だから。つまり学校祭準備委員にも関わるってことで、つまり問題無しでしょ」


「拡大解釈がヤバイし、それを人は職権濫用と言うんだよなぁ」


「まぁ、私はヒトじゃないし、私的にはそんなこと言わないし」


「おい」


 廊下の物音に思わず耳をそばだてる。


「……ツッコミしにくいことを言うな。あと、誰かそこら辺に居たらどうするんだよ」


 誰か部外者が聞いていたらどうするつもりなんだ、コイツは。


「別にそこまで気にしないんじゃないかしら。さすがに冗談にしか聞こえないでしょ? 貴方みたいに知っているヒトじゃなければの話だけど」


「丸め込まれた気はするが、イマイチ否定できないんだよなぁ」


 実際、俺もそうだった。荒唐無稽すぎることを言われると、何かのマンガか映画で見た内容なのかもしれないと好き勝手自己解決しようとして、意識の釣り合いを取ろうとしてしまいがちだ。


「何でもそうだけど、気にしすぎたら負けよ」


「さすが、言うコトが違いますナ」


「……何か腹立つから、残り全部やってもらうわよ」


「ああ、すみませんすみません立待月さま」


 さすがにそれは無理。


「握力トレーニングだと思えば平気でしょ? バド部って握力必要じゃない?」


「さすがにホチキス程度じゃあなぁ……。ってか、俺の部活も把握済みかよ」


「名簿で見た」


「ああ、そうな。たしかに」


「割と強いっていうのも聞いた」


「誰からよ」


「内緒」


「怖っ。生徒会情報網怖っ」





     〇





 そんなこんなで資料作り完成は朝のホームルーム開始の6分前。ギリギリのようで一応の余裕はあった。ひとりでやるのだとしたらかなり面倒なところだったろう。力になれたようでその点は良かった。


 ――その点は。


「ねえ、とうクン」


「……んだよ」


「なぜかキミが天使様と登校していたという情報が来ているんだが?」


 良かったのはその点だけだった。


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