第31話 エンターテイナーVS委員長

(……そうだ。僕は奈優より常に上にいるんだ! いないとダメなんだ! 守るためにも!!)


 怯えていただけの目に活力が宿る。それは好きでも恋でもない。愛から来るものだ。愛おしいと思う心からの純粋無垢な感情だ。これには言葉も理論武装も必要ない。本能から、いや、それさえ超越する魂から湧き上がる想いだ。


「僕は……このカードを選ぶ!!」


 良太は叩きつけるようにカード出す。観覧者に衝撃が走る。


「……思いがけない選択だよ」

「嘘つけ! 予測していたから一〇なんだろ!!」

「調子付いてきたね」

「これが! ……本来の僕だ! 幼少期からの僕だ!」


 龍治は表表示の二枚をカード見て結果を宣言する。


「両者ドロー!」


 この展開に審判もつい熱くなる。本当に考えもつかない選択肢なら、現人は勝負を終わらせるためにクイーンを出していただろう。でもそれではつまらない。


「僕はこれだ!」

「……またしても即決。会話はいいのかな?」

「いいさ! 調子を取り戻した本来の僕だからね! 君も速く選びなよ!」


 今回はちゃんと裏表示だ。


「変わったと思ってけど勘違いだったかな」

「ふん! 弱気な僕はもういない! だって本来の僕だから!」

「はぁ……」


 現人はため息交じりにカードを出す。


「カードオープン。ダイヤの八! 現人はジョーカー!」


 使えるカードの中で一番小さな数字。それは相手のカードを完全に読み切ったから出せる。


「……成長したね」

「いいや。これが本来の僕だ! 逆に聞くけどさー、今朝から以外の僕を、君はどれだけ知っているのかな? ウン??」

「君と違って出身地や身長体重、血液型に誕生日も知っている。配信も拝見させてもらったよ」

「アハハハハ!! これは傑作だー!! アハハハ!! ウヒョヒョヒョ!! 愉快愉快」


 良太は盛大に煽る。今日一番の煽りだ。


「……何が面白いのかな?」

「ウヒョヒョヒョ!! だって、それ全部、タダのプロフィール。だたの数字! 全部表に出ているだけの情報じゃん!! 君も言ったけどこれは人読みだよ? 表じゃなくて素の性格を読むゲームだよ? ウン??」


 特待生たちは苛立っていた。逆に奈優だけはキラキラと目を輝かせていた。


「だから私は今朝から君を品定めしていた」

「ふん! でもそれ以降の僕は知らないっと。プロフィールだけなら誰でも知れるわ! だから僕に負けたんだよ! いい加減気づきなよ。本来の僕をさー!」

「……本来の僕……。まんまと騙されたよ」

「御託はいらない! 次のカードを選ぼうぜ」

「そうだね。次で決まるね」

「ふんっ!」


 良太の手持ちはキング、ジャック、ナイン、ジョーカー。現人はクイーン、ジャック、ナイン、エイト。


「ここでキング出せば僕が一歩リードだ!」

「なら私はエイトで一回負けようかな」

「それならナインで十分!」

「ドローもいいね」


 心理戦だ。簡単に言えば、俺はグーを出すから絶対出すからになる。不利なのは良太である。キングで有利に思えるが、ジョーカーは負債でしかない。良太が勝つためには、ジャックかナインで一度勝たなければならない。となればクイーンが邪魔である。故に王で女王を負かさないといけない。


「君は引き分けも見据えているかな?」

「はぁ? ないし! 僕が絶対勝つ!」

「ならわかりやすくしようか。私はジャックだ」


 現人は伏せてカードを出す。


「なっ! ふざけるなよっ!」

「本来の君ならどうするか。楽しみでしかたないよ」


 その笑みは真っ黒だ。同数値のカードを出し合いドロー。残り三枚なら三すくみで確かにわかりやすい。それにジャックでドローは良太にとってもは得しかない。選択権は良太にあるが主導権は現人だ。


 現人の問いは粋がるのか素直に王道を歩むのか、そういう意図が含まれてもいる。もし粋がってキングをだせば、その時点で現人の勝利は確定する。しかも出されたカードは伏せられている。数値を信じるのは信用。それはそれで良太にとっては癪である。


「どうするもこうするも一択しかないじゃん!! 僕もジャックだ!!」


 良太は対抗心を示すために、カードを表にして机の上に出す。


「両者ドロー」


 勝負は三すくみ。そして次がラストの駆け引きだ。


「ふふっ。素直なのはいいことだね。流石は本来の君だ」

「上から目線で煽るなよ!! さっさとクイーンをだせよ!」

「短気は損気。昔からの諺。君は特待生なのに知らないのかな?」

「うるさい! カードの話だろ! さっさと出し合うカードで心理戦でもしようや!」


 良太は対戦相手のやり口を少しは理解できた。


「僕はキングとナインで勝つしかない! ならキングで一歩リードするのもあり! 君がドローを提案してくれたおかげだよ。ありがとうありがとう感謝感激雨霰。まったく嬉しいわー」


 最後はあからさまに声を上げ煽り返す。


「それで心理戦のつもり?」

「ふんっ!! 僕のスタイルで勝負してくるなんて納得できない!! それは僕の専売特許だ!!」


 あえてそのスタイルを取ってくれたことに、良太は心の奥の奥で微かに嬉しく思った。形はどうあれ、認めていてくれると感じ取れたからだ。


「私は少しは君を認めているからね。リスペクトだよ」

「今度は飴で警戒心を薄めるってかっ! その手には乗らないさ!!」


 二人のやり取りを素直に受け入れているのは奈優だけ。現人と付き合いが深い龍治と莉乃は心の中で否定気味の突っ込みを入れた。


(嘘も心理戦の一つ)

(普段からそういうプレイスタイルじゃない! 元からそういう性格なのよ!!)


 思うだけで声には出さない。


「ところでさ、君がハートを選んだ理由とかあるわけ?」

「それは私が神だからだ」


 現人の雰囲気が一瞬で変わる。


「はぁ? 紙!?」

「そう。神だ」


 奈優は首を傾げ、龍治はにやりと笑い、莉乃はおでこに手を当て大きなため息をつく。


「聖職者に聖杯。それを使う私こそ神だ」

「……お、おう。そ、そうか。これが……リアル厨二病か」


 ネット界隈でその患者になれていても、実際に見るのは初めて。良太はつい引いてしまった。


「厨二病ではない。高二病だ。はき違えるなこの愚民め。低俗な者と同列に扱うなこの愚か者め」


 大事なことなので二回言う。


「わ、悪かった。すまない」

「理解すれば問題ない。だが、次ないと心得よ」

「あ、はい」


 良太も素で返してしまう。


「ごっほん! 君もダイヤを選ぶ理由があったのかな? 本当の理由が知りたいな」


 現人は大きな咳をして尋ねる。刺々しいが理由なんて、誰もがただのこじつけだと理解していた。


「ダイヤは硬貨!! 金を稼ぐ僕らしいマークだ! 君はどうなのかな? 僕みたいに稼いでいるのか?? うん??」

「君の言う通り直接的にお金は稼いでいないね」

「はぁっん!! どやさどやさ!! ここでも僕が一歩リードだ!」


 少し気になった莉乃は奈優に聞く。


「彼、言うほど稼いでいるわけ?」

「ギフティングと優勝賞金合わせると、年間億いっているみたいです」

「税金で半分は取られても、五千万以上ね」


 実家が法人農家だけはある。


「いえ、全部払って億です」

「……学生にしては凄い年収ね」

「ボクからしたら特待生の人たちもすごいです」

「それもそうね」


 山次郎や有梨華の年収はそれ以上だ。そして希子もその半分くらいは稼いでいる。


「そう! 奈優が言ったように僕は!! 億り人!!」

「でも、良太君のお父さんが友達の借金の保証人になって……良太君の稼ぎは全部ないです……」

「それは去年全部返しきったし!! 今言うことじゃないでしょ!!」


 現人は少し良太のことを見直した。


「ふふっ。硬貨ダイヤは無い物ねだりかな」

「うるさいな!! 君は聖職者らしい慈悲の心がないってことになるぞ!!」

「そこは生臭坊主の心得がないでしょ?」

「腹黒い笑顔でいうなし! ならハートらしく愛もないのかよ!! 婚約者がいるっていうのによ!!」

「……先ほども言った。神だからだ。それ以外の理由はない」


 莉乃は微かに口元を歪ませた。


「ふーん。 なんとなーく読めた! はっはーん。そうかーそうなのねーふーん」

「……なによ! 私がどうしたのよ」

「僕くらいになれば勝負に関係ない君から情報を得ることもできるんだよ!! これは勝ったわー! くっー!! やっぱ本来の僕最強」


 それは狩られる側の小型な草食動物が如くの警戒心。自分を守るために必要なスキルでもある。決して優位に立つためではなく、逃げるための技術。

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