第24話 イキリピエロ
「自己紹介を頼む」
「始めまして皆さん。Aクラスから編入してきた西本良太です。プロゲーマーをしています! よろしくしてもいいですが、よろしくしなくても大丈夫です。だってそれはエンターテイナーの宿命ですから!!」
早口で抑揚が印象的な口調。そして何よりも煩い表情。身長は現人より少し小さく龍治より少し大きい。体つきは骨と皮。本当に筋肉がついているのか不安になるほどの細身だ。それ故に脚はスラーっと長く見える。髪は茶色でホストのように長い。
鼻筋は通り、目は大きく、唇は小さい。発声時の口は大きく速く動く。声がよく通るが、奈恵のような響き方とは少し違う。有り体に言えばイケメンでイケボである。だがしかし、それでも、いや、だからなのかもしれないが、口調や表情などの性格に由来する物全てが容姿を台無しにしている。彼と僅かでも面識がある人たちはノスタルジーを感じながらでも、既にうんざりしていた。
「という風に、性格に難がある。故に仮編入だ。仲良くしてくれ」
霽月もどこか呆れていた。
「先生、その物言いはよくありませんねー。僕は編入してきたと言いました。仮はついていません。たとえそうであっても、生徒の自主性を重んじる一芸高校の教師が、あえて指摘するのはどうかと思います。やる気が少しでも削がれたらどうするおつもりで? 事前にお会いしたときは普通の対応でしたよね。評価もお聞きしましたけど、そのときにも言いましたが、それはエンターテイナーだからですよ!」
学校側は編入する生徒のために、当事者と新旧担任の三人で話し合いの場を設ける。そこでは良太が言ったようなことが話される。
「俺は、今しがた仲良くしてくれと言った。それは君にも当てはまる」
「苦言の前に、僕の質問に答えていません。どうするおつもりですか!?」
「どうすることもない。学校運営組織が評価を下すだけだ。それでも、担任が解かれるまではないだろう。期限付きの減給くらいだ」
「そうですか! それはご愁傷さまですね!!」
良太は満面の笑みで満足そうに言い切る。面識がない生徒もうんざりした。できれば関わりたくない。
「悪いほうに成長しているよー」
奈恵はついつい独り言を呟いてしまう。霽月は苛立ちも何もなく、いつも通りに話し出す。
「良太の紹介は終わりだ。連絡事項は」
「ちょっと待ってください!!」
良太は霽月の言葉を遮り物申す。
「いきなり下の名前で呼び捨てですかー? いい年下大人が! それってどうかと思いますよ!!」
「これはこのクラスで決めたことだ。クラスメイト同士、壁を作らないようにとの意図がある。君の言葉を借りるなら、生徒の自主性を重んじた結果だ」
少し苛立ちながら霽月は応える。
「そ、そういうことなら仕方ないですね。でも!! 僕の意見は世間一般的ですからね!! そこはちゃんとしてください!!」
それに対して霽月はお手上げのポーズで答えた。龍治がしたそれよりも洗礼されている。良太は少し動揺してしまう。自分の意見が一回だけだが通じなかったからだ。通常ならそのお手上げ姿に突っ込むだろう。
「……次は皆の自己紹介だ。ここは委員長の現人から」
「はい」
指名された現人は怒りと呆れを混在した表情をしていた。といっても他のクラスメイトたちも似たり寄ったりだ。だが、流石は政界が家業なだけある。立ち上がったときには凛々しい顔を作っていた。
「荒世現人です。Sクラスの委員長を任されています。入学して早々の模試結果で特待生になりました。ちなみに下の名前で呼び合うのは私が提案し、皆が賛同しました」
良太はいきなり
「はいはい、お噂はかねがね。やっぱり家のコネって凄いですよねー! 僕もそんな家に生まれたかったなー! マジ親ガチャSSR!! なのに、その子供が子供じみた名前呼びって! 笑わせてくれますね。いやー、温室育ちのおこちゃまなら当たり前かー。あー僕ならもっと巧く成長できたのになー。事前に聞いていましたが、ママゴトのような仲良しこよしなクラスですねー」
言葉の節々には終始、現人に対しての
「確かに難がありますね」
現人は苦笑いしながら霽月に言う。
「故にだ。次、龍治」
良太が話し出す隙間を作らないために素早く指示する。
「はい。夏川龍治。文学受賞」
「ふっ。現代文庫本ってもう流行遅れでしょ。それを誇らしげに言われてもねー」
「次、莉乃」
彼女の目は吊り上がっていた。
「耶翠莉乃よ。よろしくしないでいいわ!」
「実家が豪農で、この学校にも私有地を貸し出しているとかー。あーあ、親ガチャって羨ましいわー」
「次、幸也」
順々に自己紹介が進んでいくが、良太は誰に対しても嘲笑う。そして最後は奈恵だ。
「堀村奈恵です。声優をしています! 良太君とは数か月、一緒だったね!」
「そっ、そ、そ、そうだね」
先ほどの声より、少し低い音程で良太は同意する。加奈未も同じように自己紹介したが、モデルはナルシストだからできると悪態をついていた。
「大丈夫?」
「だ、だいじょうぶだしー」
良太は盛大にキョドっていた。
「このクラスでもよろしくね」
「よ、よろしゅく」
誤魔化すこともできないほどの噛み。教室は一瞬止まった。
「えー、席は後ろの空いている所だ」
「……はい」
最初の調子も今は見る影もない。背も曲がり顔も俯いている。
「今日の一限は事前に通達していた通り、学校行事についてだ。提出されている各自の予定表では全員が参加可能な日程だが、急用は?」
良太以外の全員が首を横に振るう。
「では、体育祭の役割を決めるぞ」
スポーツ組も学力組も関係なく全員が喜んだ。
「先生! 要望書は許可されましたか?」
尋ねたのは現人だ。
「全てに許可が下りたぞ。するからには絶対勝て。それが俺からの願いだ」
全員が立ち上がって大いに喜ぶ。幼馴染はハイタッチまでかまし、奈恵はぴょんぴょんと跳ねながら加奈未と抱き合っていた。
「ありがとうございます! これで創作物らしい青春が送れそうです」
「公言したことはないが、優勝クラスの担任が生徒に飲み物を渡すことは前からあった。といっても、これは高校生活最後の三年生だけの特権でもある。今回はこれが大々的になったまでだ」
霽月は間を置き、優勝ご褒美を告げる。
「教師には夏休みに使える有給休暇が特別に付与される。そして優勝クラスの生徒たちには……焼肉に寿司の食べ放題だ」
「やったー! もちろん先生の奢りだよな?」
「一翔安心しろ。学校の奢りだ」
「やったぜ!!」
私立高校だからこそできることだ。といっても教師が建て替え、給料にプラスされる形になる。使い道が決まっている
北海道の海鮮物は回転寿司ですら美味い。ホテルの朝食バイキングでも毎朝新鮮な牛乳が届けられ、イクラやホタテなどの海鮮も新鮮で濃厚な味が堪能できる。チーズも美味い。北海道のブランド牛も但馬、神戸、松坂に負けていない。それなのに値段は本州より安い。
「英知! 肉だぞ!! 肉!!」
「いい部位を頼もう」
「それもいいな!」
男たちは肉を喜ぶ。
「お寿司だよ! お寿司!! ホタテいっぱい食べよ!」
「ホント、奈恵は貝類がすきね」
「加奈未ちゃんは鯛や鮃の白身魚でしょ!」
「もちろん!」
女子たちは寿司に喜ぶ。
「スイパラがぁぁぁ」
「……くッ!」
山次郎と有梨華は希望が通らず少し落ち込んでいた。
「ほらー。焼肉店にもお寿司屋さんにもデザートはあるよー。それも美味しいよー」
「有梨華さん……!!」
美沙は慰め、幸也は何かを決意する。創作物によくある青春の一ページだ。
「種目を書いていくぞ」
霽月の号令で喜び合っていた特待生たちは席に着き静かにする。それでも皆の顔はにやけていた。
「以上が三年生の競技だ。例年ならSクラスはAクラスと合同になるか不参加を選べたが、今年の三年は他学年のSクラスと比べて人数が多い。単独参加になる。といっても二回出る人もでてくる。そして全員一回は出場すること」
「学校行事に消極的な人は、このクラスにはいませんよ」
現人の笑みには自信が満ちていた。それを裏付けるように良太以外のクラスメイトがしっかりと頷く。去年のSクラスは体育祭不参加だ。それは四人の時間を大切にしたかったから。
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