新風(あらし) 転

第23話 休み明け

 GWも終わり、桜が満開を迎える一芸高校。学校がある砂川市の桜も満開だ。ひらひらと舞い落ちる花弁は、匂いと共に風に乗り漂う。窓を開ければ、風と一緒に数枚の花弁が運ばれてくるだろう。


 一芸高校の正門から校舎に続く道は桜並木として有名である。休日には、正門に隣接している警備員室で入校許可を得た地元住人たちが花見のために入ってくる。ジンギスカンやアルコールの匂いが周囲に漂うが、これはもう風物詩の一つだ。一年生は驚きもするが、三年生は慣れたものだ。中には花見に飛び入り参加し、昼食をいただく猛者までもいる。


 各楽器の演奏者は並木道に散らばり、住人の前で演奏をする。各自のスマートフォンには、同じような場所で指揮棒を振る指揮者が映し出され、インカムで曲指示が飛ぶ。そうすることで、各自がバラバラに演奏するのではなく、一体感がある音楽が住人を楽しませる。


 また、調理師やパティシエを目指す生徒たちも学校の調理室を借り切り、各々が調理したものを低価格で販売している。無論、保健所や教師の管理下だ。低価格にできるのは、施設代や光熱費、人件費がタダということもあるが、大きな要因は地産消費だからだ。


 北海道の農業高校と比べると農地や畜産施設、放牧所は小さい。それでも研究目的で農地や畜産の世話をする部活動も存在している。主な部員の進路は獣医師である。サラブレットの厩務員や畜産業、動物園や水族館の職員を目指す者もいる。


 無論これだけで賄えるはずもなく、学校は調理系志望生徒のために材料を地元から仕入れたりもしている。もう数十年と繰り返されているため、取引先も安くしてくれている。地元住人は綺麗に整備された桜並木の下で、生演奏を聴きながら安くて美味しい一品料理やデザートを現地購入する。ジンギスカンも、いつも以上に楽しめるわけだ。


 故に、一芸高校の生徒は地元住民から受け入られている。生徒にサインを強請る飲食店経営者もいるほどだ。そんな季節感溢れる平日の特待生(S)クラスの面々は少し強張っていた。


「はぁ。ついにこの日が来てしまったわ……」

「成るようにしかならんぞ」


 大きなため息をついているのは莉乃。慰めているのは和子だ。


「英知! 仮とはいえ新しいクラスメイトがくるぞ!」

「四か月ぶりくらいか」

「一二月以来だな!」


 その時期に編入してきたのは加奈未と奈恵の二人だ。相も変わらず仲良しな二人。


「莉乃ちゃんと幸也君がSクラスに編入してからもう一年以上だね!」

「その二人の代わりに、西本良太と奈優なゆがAクラスになったのよねー。どれだけ成長したか楽しみだわ」


 石川いしかわ奈優は良太の幼馴染である。二人は八か月ほど良太とクラスメイトだった。それから更に四か月。三日会わざれば刮目して見よ。この年の男女はいい意味でも悪い意味でもコレが如実に表れる。九月に編入してきたスポーツ組たちも四か月ほど面識はあるが、わざわざ話しかけるような仲ではなかった。


「本当にどれだけ成長したんだろうね!」

「……奈恵はなんで私の胸を見ていうのかしら?」

「言ったら触っていい?」

「ダメに決まっているでしょ! 男子の目もあるのよっ!!」


 加奈未は両腕で咄嗟に胸を庇う。


「ざーんーねーん!」

「駄々をこねてもダメなものはダメ」

「なんでー?」


 奈恵のファンが見れば、ついつい新曲をDLしてしまうほどの愛らしさ。だが相手はモデル業も熟す加奈未である。それらの仕草は仕事に活かされるだけで、ハードルを越える要因にはならない。加奈未は少し呆れながら奈恵に尋ねる。


「逆にどうして触りたいの?」

「弾力がいい! 手触りもいい! 何より落ち着くの!」

「私の胸はライナスの毛布か!」

「奈恵の毛布だよ!」

「……女子だけのときにね」

「やったー!」


 加奈未が呆れ気味に折れ、裏表がないピュアな笑みで奈恵は喜ぶ。いつも通りの日常である。


「GWはありがとう。おかげでいい経験が得られたよ」

「……」


 幸也と有梨華は教室の後ろで話し合っていた。といっても有梨華はチャットだ。美沙と咲、山次郎の三人は、アクセサリー特集の雑誌を広げ会話に花を咲かせていた。


「ねえねえ、作り手からしてコレはいいでき? 可愛いけど、すぐ壊れるのは嫌だしー」

「えー!? 流石にアクセは専門外だよ!!」

「いいのいいの! あくまでも参考程度だから!」

「コレは――」


 弄られキャラの山次郎は度合いによるが押しに弱い。


「この扇子のシュシュはぁどうですかぁー?」

「それも――」


 咲は和風の小物が大好きである。そして現人と龍治、希子は真面目な話をしていた。


「新しいクラスメイトですね!」

「三年生になって初めての編入生。すごく楽しみだよ」

「難がある」

「それを含めて楽しみだよ」


 現人は爽やかな笑みで答える。


実験動物モルモットか」

「え!?」

「希子が誤解するようなことは言わないでほしいな」

「これだから」


 悪友りゅうじはお手上げのポーズをとる。


「龍治もキャラクター案のために品定めするよね」

「そういうこともある」

「お二人ともそろそろHRの時間ですよ」

「そうだね。席に戻ろうか」

「うん」


 三人は各自の席に座りなおす。周りも時刻を確認し自分の席に座る。少しも経たずに安直な鐘の音が学び舎に響き渡る。そして二人分の足音が廊下から聞こえてきた。だが、教室に入ってくるのは担任だけ。


「全員いるな」


 Sクラスには無断欠席するような生徒はいない。欠席する場合はちゃんと連絡する。また事前に判明していれば、提出する予定表に記載する。すると学校が夜や休みに補習授業やレポート提出で補うある。


「待ち遠しいようだな。では早速入ってきてもらおう」


 霽月は二回手を叩き合図を出す。それを聞き転入生が入ってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る