第25話 ムードメイカー

 ホワイトボードに書かれた種目は、借り物競争、障害物競争、二人三脚。そして速さを競う一〇〇m走、男女混合クラス対抗二〇〇mリレー、スウェーデンリレーの計六種目。他クラスは団体戦もある。といっても今年は大縄跳びだけだ。これは毎年ランダムに選ばれている。


 団体戦は一回のみ。誰でも一度は競技に参加してもらいたいという学校側の想いでもある。これは四〇名のクラスの場合、三八人で飛び二人で縄を回す。もしSクラスが参加した場合、一三人で飛ぶことになる。大繩は人数が少ない方が有利である。それはだと不公平になる。


 逆に玉入れや綱引きになれば現人たちは不利だ。特待生と言えど人海戦術には勝てない。故に、団体戦は三位と同じ点数がSクラスに付与される。贔屓と言われるが、彼らは日ごろから一般生徒の何倍も努力している。それこそ、〇点にするほうが報われないだろう。


 それに、団体戦があれば誰でも一回は競技に参加したことになる。だがSクラスはそれができない。徒競走種目の走者を選ぶ際、かなり速い人たちだけで固めることができないのだ。点をもらえる代わりに、足枷になるシステムでもある。無論、他クラスも承諾している。


 応援合戦やダンスは応援団やチア部のお披露目会でもある。応援団は自主参加制だが、毎年多くの学生が参加表明する。故に、各学年二〇人までの枠だ。合計六〇人。夏の大会に同行する吹奏楽部と応援団のエール披露もある。これは全国大会に出る部活が多いため、五グループほどに分かれて行う。それなりに時間を有す。故に、昼食後の休憩も兼ねている。


「リレーは第四走者まで、他の種目は第二走者まで選ぶ。まずは借り物競争からだ」

「私がでます」

「俺も」


 挙手したのは加奈未と龍治である。


「随分と積極的だな」

「私も楽しみにしていますから」

「……事前に決めていたな?」

「バレちゃった」


 加奈未は年相応に笑い認める。


「委員長」

「はい」

「選抜基準も踏まえながら発表してもらおう。もちろん、各人の意気込みも聞きたい」

「わかりました」


 現人はホワイトボードに名前を書いていく。ただし、一〇〇メートル走のだけは空白だ。


「呼ばれた者は起立し、意気込みを簡潔に。では加奈未と龍治」


 二人は再び立ち上がり加奈未から述べる。


「この経験は私の役者人生にきっと役に立つ。でも、それは勝ってこそ! だから精一杯頑張る!」

「自分が登場人物になるのも面白い。勝つ」


 そして現人は選考理由を述べる。


「クラスで話し合った結果、二人の知名度と好感度を基準に選びました」


 加奈未はモデルに歌、タレント業も熟す。異性ならず同年代の女性からの人気も高い。龍治は文学賞受賞したとき、現役高校生ということで一時期、時の人になった。同世代には受けがいい。女性ファンの中には、龍治の細長い指が好きだというコアな人や眼鏡好きもいる。


「知名度だけなら奈恵や山次郎も選ばれそうだが?」

「それは後ほど説明します」

「わかった。次は障害物競走の二人」


 返事をしながら立ち上がったのは莉乃と希子の二人だ。


「やるからには勝つわ!」

「高校最後の体育祭です。とっても楽しみです」

「選んだ理由ですが、彼女たちが立候補したためです」


 霽月はもう一度二人を見る。その視線には理由を尋ねる意味が込められていた。


「私たち二人はそこまで速くないし、加奈未たちのように知名度が高いわけでもないからね!」

「消去法です」

「だからって負ける気はないわ! もう一度言うわね。やるからには勝つ!」

「わたくしも同じ意気込みです!」


 希子はチラっと現人を見る。目が合った現人は微笑み返す。彼女はピアニストだ。その世界ではかなりの知名度と実力がある。だが、その世界に興味がない人にとっては、コンクールの大会名すら知らないだろう。加奈未たちと比べると知名度は数段下がってしまう。


「お前たちの気持ちは分かった。頑張れ」


 霽月は二人の目を見てしっかり気持ちを伝える。それを受け取った彼女たちも、しっかり頷く。


「次は二人三脚だ」


 立ち上がったのは奈恵と咲。何故か耳までを盛大に赤らめている有梨華、そして男子の幸也だ。


「……組み合わせを聞いてもいいか?」

「はい。立候補です。ペアは奈恵と咲。幸也と有梨華です」

「わたしたちは身長が近いので、話し合って選びました! 莉乃ちゃんと同じで足が速くないっていうのも理由の一つです」

「近いっていってもぉ、咲がぁ四センチも高いですぅ!」

「それは去年の数値だよ! もうわたしも一五〇センチだからね!」

 可愛らしい言い合いが始まるが、大人が即座に辞めさせる。

「あとにしろ。今は他の二人に聞きたい」

「……ぁぅ……あ……ぅぅう」


 有梨華は普段からチャット勢だが、今はテンパりすぎて必死に話そうとしてしまう。


「幸也」

「僕が二人ででたいって言いました」


 有梨華はさらに赤くなり俯いてしまった。


「理由らしい理由はないけど、強いて言うなら思い出作りかな」


 霽月は呆れ、アイコンタクトで現人に尋ねる。


「無自覚って怖いですね」

「若さからくるのか、経験不足からなのか、俺には計り知れない」


 幸也はどこか馬鹿にされたと感じ二人に突っかかる。


「この僕が無知? 自分自身のことが分からないなんてことはない。それは流石に馬鹿にしすぎだよ」


 クラスメイトの視線は誰しもがジト目である。それは当事者の有梨華も例外ではない。


「それはあとにしろ。次からは足の速さを競う競技だ。現人、一〇〇メートル走は誰だ?」

「……第一走者は西本良太君にお願いしたいです」

「僕が? なんで?」


 良太は今までのラブコメらしい青春を受け、普段の調子を取り戻していた。


「君の一〇〇mタイムは一二.一秒。私より少し遅い。それでも幸也や龍治より速いからね。是非お願いしたいよ」

「はぁ!? それってプライバシーの侵害ですよね! 出るとこ出ましょうよ!! 政治家の息子に前科ですか! 親なら世間体もあって、もみ消すだろうなー。がっぽがっぽ儲かりまっせ!」


 最後は似非関西弁で締める。だが西日本出身の現人、咲、希子はイラっときた。ラブコメの空気が一瞬で変わった。ある意味、良太のムードメイカーな素質が盛大に発揮されたともいえるだろう。


「クラス委員長なら教師の許可のもと拝見できます。といっても、体重や身長などのプロフィールは分かりません。あくまでも体力測定の結果だけです」

「事実だ。といっても、体育祭や文化祭といった行事に関るときしか生徒は閲覧できない。プライバシーの侵害ではない。嫌なら体力測定のときに断ることもできたはずだ」


 生徒たちは健康診断や体力測定の結果を企業やスポーツ団体に見せてもいいかどうか選べる。許可すれば就職や代表選抜などがスムーズにいく。しなくても、その時にもう一度測定するだけのことだ。


「クッ……企業向けだと思っていた。クッソ」

「まだまだ視野が狭い」


 霽月の一刀両断に良太は強く噛みしめる。強すぎて、顔がプルプル震えるほどだ。


「お受けしていただけますか?」


 言葉とは裏腹に、現人の笑みはとても黒い。それでも良太はを突き通す。


「いやだね。どうせ走るなら点数が一番高いスウェーデンリレーでしょ! それならお受けしますよ? 荒世現人君?」


 良太も黒い笑みで返すが、所詮付け焼刃。誰よりも拙い。

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