第26話 声優
「良太君! それはないよー! リレーに出たいなら、素直に言わないとダメだよ!!」
「えぅ!? い、いや、ほ、堀村さん、そ、そういうわけではなくてですね……。えっと、その……」
「なにっ? ちゃんと言わないと分からないよ!」
奈恵にしては珍しく怒っていた。
「ぁ、そ、その……はぃ、リレーに出たいです……」
素直に答えた良太に加奈未は追い打ちをかける。
「奈恵の言うことは素直に聞くわね。ゲーマーなら奈恵が演じたキャラも知っているわよね……ファン? 奈恵の演じたキャラが好きとか?」
「っくぅぅ――!!」
良太は顔を真っ赤に染め、体全体でプルプル震える。誰が見ても図星だと理解できる。天然な奈恵は素直に喜ぶ。
「良太君ありがとう!」
「はぃ。
「これからも応援よろしくね」
さすがプロだ。言われ慣れているのだろう。社交辞令の返しも淀みがない。良太が言ったキャラは、格闘ゲームに登場する清純純粋なお嬢様キャラである。お嬢様キャラなのに格闘。そのギャップに惹かれるプレイヤーも多い。
「ってそれはそれ! リレーに出たいのは分かったけど、格闘ゲームと違って、体育祭はチームプレイだよ! 莉乃ちゃんたちもクラスのために自分が勝てそうな競技を選択したよ! 良太君だけの我儘は通らないよ! それは分かるよね?」
「……はぃ」
「ならちゃんとごめんなさいして! そして一〇〇m走に出走してね!」
「くっ! ……それはそれ!! これはこれ!! いくら堀村さん言われても譲れないッ!!」
泣きそうになりながら反対する。勇気がかなり必要だったのか、言い終えた後は肩が上下していた。
「りょ、良太君!!」
「そこまで。奈恵、窘めてくれたありがとう。でも、ここからは委員長の役目だよ」
「現人君……。わかったよ……」
奈恵は重荷が取れた顔で微笑む。編入早々軋轢を生んだ良太。それを窘めることができたのは奈恵だけだった。クラスメイトだったことも作用したかもしれない。いや、それなら加奈未も動いていたはずだ。やはり、奈恵の性格だろう。損になるだけなのに奈恵は責任を感じて良太を牽制していた。
人間は損得勘定だけでは生きていけない。これを否定したくなるのは、他人を自分にとって都合がいい駒と考えている奴だけだ。人付き合いも、恋愛も、感情というものは、人間というものは、矛盾を孕んでいてこそ。二元論だけでは生きていけない。現人が後を引き継いだのも責任感だ。現人は良太をじっと見る。
「なんだよっ!!」
エンターテイナーは文句を言いながら睨み返す。
「一翔、よかったら変わってもらえないかな?」
「……そうだよなー。残りのメンツ的に俺かー。 仕方ないな! いいぜ! 元クラスメイトの
最後は現人に投げかけていた。
「ありがとう。リレーは絶対勝つよ」
「任せたぜ」
二人とも自然に拳を突き出す。距離があり物理的には触れていないが、二人の心の中では勢いよくぶつかっていた。だが良太はそんな友情なんのその。
「くぅーーッ!! くっさい青春なことで! 少し言っただけで変更するようなら、事前に僕に聞きに来いよ!! それすら分からない頭なの? それともクラスメイトなのに眼中にないってか!? それはそれで最低なやつだ!」
先ほどの恥ずかしさを糧に。今まで以上に感情が籠り、動きもキレを増す。
「次は男女混合クラス対抗二〇〇mリレーの走者です」
「無視ッ!?」
現人に言われ男女二人ずつが立ち上がる。
「和子。意気込みを」
「正々堂々と、誰よりも早くバトンを渡す」
「かっ飛ばすぜ!!」
「絶対に負けないから!」
「俺も負けない」
第二走者は一翔。第三走者は美沙。最後は英知だ。霽月は四人を見て納得する。
「五〇m走の速い順か」
「はい。借り物や障害物のような知名度や技術は必要ありません。ただ走るだけです。なら単純明快」
「となると最後も納得だ。では、最後に現人。意気込みを」
スウェーデンリレーは美沙、良太、そして現人。アンカーは英知だ。本来であれば第二走者は一翔だ。
「最後まで無視ですかッ!? 僕の意気込みはッ!?」
「……仕方ないか」
霽月はため息をついてから、手で良太に会話の流れを譲る。
「その呟きは気になりますが、まあいいでしょう。僕は絶対に勝つ! 見せ場も活躍も注目度も僕が全部頂く! お前たちにも負けないからな!」
チームメイトであるはずのクラスメイトに宣戦布告。彼もアクが強い。そのうちの一人である現人は軽く受け流し意気込みを述べる。こちらも強いが虚勢ではない。
「私の決意ですが……青春を満喫する! これにつきます。この体育祭もその一ページに。皆……勝つぞ!!」
「「おう!!」」
現人はこぶしを突き上げ宣言する。クラスメイトたちも一斉に声をあげて賛同する。
「……くッ! 最後の最後まで僕をコケにして……」
良太の恨み節は、活気づいた談笑に掻き消された。
「お前たちの意気込みは十分伝わった。このクラスで速いということは、この学校ではトップクラスだ。追随できる者は限られる。特待生たる
「「はい!!」」
五〇m走のタイム順は一翔が五.九秒。英知が六.一秒。美沙が六.九秒。そして現人、山次郎、龍治と続き、和子が七.四秒。だが、四〇〇m走のタイムは英知が四八.一秒。一翔が五四.八秒。美沙が五五.二秒。和子が五八.九秒。現人は五九.六秒だ。その次に山次郎、莉乃、奈恵、龍治と続く。ワーストワンは八.九秒と六五.九秒で有梨華だ。
ちなみに、粋がっている良太は七.二秒と六五.一秒だ。瞬発力はあっても持久力はない。二五〇m超えた辺りから急激に失速する。故に、スウェーデンリレーは第二走者となった。
「よし。俺は体育祭運営組織に提出してくる。クラス委員長、号令!」
「起立、礼。ありがとうございました」
現人の号令に良太を含めた全員が追随する。体育祭運営組織は、各クラスの生徒が就く体育祭実行委員と、学校運営組織の中から選抜された大人たちが一緒になった組織だ。といっても、文化祭みたいに外部交渉は殆どない。それでもスポーツ大会運営ノウハウノを学べるため、生徒には受けがいい委員でもある。
「もうすぐ鐘が鳴るね」
「流石は霽月先生。時間ピッタリ」
「だね!」
先ほどのことはなんのその。奈恵と加奈未はいつも通りに話し合う。他のクラスメイトも友人たちといつも通りに話し合っていた。故に良太は一人である。
「……くっ!!」
その輪に入りたくても、盛大に啖呵を切ったばかりだ。寂しいからといって話しかけるのは、自分のプライドが許さなかった。それに、あれほど粋がったのだ。少しくらい普段通りでなくてもいいはずだ。なのに誰しもがいつも通り。
良太は疎外感と虚無感を覚えた。チャイムが正解と言わんばかりのタイミングで鳴り響く。特待生たちは各自で小休憩を満喫しだす。
改めて種目と出場者を纏めると、借り物競走は加奈未と龍治。
障害は莉乃と希子。二人三脚は幸也と有梨華ペア。奈恵と咲ペア。
そして速さを競う種目の一〇〇m走は山次郎と一翔。男女混合クラス対抗二〇〇mリレー。和子、一翔、美沙、英知。
点数が一番高いスウェーデンリレーの走者は美沙、良太、現人。
「すみませーん!!」
珍しくSクラスに来訪者が現れた。ドアをノックして外で待機しているようだ。特にこの来訪者が礼儀正しいというわけではなく、Sクラスを尋ねるのは誰でも勇気がいる。一年生が三年生の教室に行くようなものだ。しかもその三年生たちは、世間的にも校内でも認められている人たちだ。良くも悪くも構えてしまう。
部員たちは教室外で話す。連絡事項などはスマフォを活用している。故に来訪者はかなり珍しい。
「私が対応するよ」
名乗りを上げたのはクラス委員長。
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