第27話 来訪者

「はい。何用ですか?」


 現人はドアを開け来訪者に声をかける。


「あ、あのー! に、西本君はいますか?」


 訪問者は奈恵や咲と似ている背格好の女子生徒だった。彼女らと同じく、少し大きめの制服に身を包んでいた。ただ彼女たちと違って女性らしい部分は成長していた。といっても体格にしてはであって、加奈未のようなプロポーションではない。ショートカットの黒髪がこのの性格を表しているようだ。だが、今ばかりは緊張して鳴りを潜めている。今の彼女は借りて来た猫のようにオドオドとしていた。


「教室にいますよ。貴女のお名前は?」


 緊張を少しでも和らげられるように、現人はにこやかに対応する。


「ぼ、ボクは石川いしかわ奈優なゆです! に、西本君の幼馴染です」

「わかりました。彼の呼んできますね」

「お、お願いします!」


 現人は良太を呼ぶために振り向いた。だが、それは無駄に終わる。なぜなら真後ろにいたからだ。


「君の客人だよ」

「声聞こえるし! いい笑顔するなし!」

「職業柄笑顔には気を使っているからね」

「ッチ! いいから席に戻れよ」


 現人は苦笑いをしながら龍治たちの所に戻っていく。


「……なんだしっ」

「良太君が心配で見に来たの!」

「余計なお世話」

「幼馴染にそんなこといっちゃダメだよ。新しいクラスメイトにも、そんな風に言ってるの?」

「関係ないだろ!」


 粋がっていた態度は鳴りを潜め、まるで子供のようだ。


「現人」

「そうだね。せっかくだしね」

「そうですね。せっかくですからね」


 男二人は濃い付き合いから。希子は乙女の感で察した。クラスメイトたちも、動き出した現人を見て意図に気が付いた。


「談笑中悪いけど、ドアを開けて中に入るわけでもなく、桟越しに話し合うのはどうなのかな?」

「す、すいません!」

「うるさいな。関係ないだろッ!」

「そういうわけにもいかない。ここはSクラス。ここから話声が廊下に響き渡るのも、いかがなものかと」


 論破された良太は悔しがり、奈優はペコペコと頭を下げる。


「だから……二人とも中に入ってよ」

「はっ!?」

「え! 悪いですよ!! そ、それにもう休み時間も終わりますから!」


 奈優の言う通り休み時間はもうすぐ終わる。


「じゃー、次からは中で話してよ」

「つ、次ですか!?」

「もちろん!」


 現人はこの短時間で、奈優の面倒見がいい性格を見抜いた。この提案は良太が心配な奈優としてはありがたい。だが、それよりも特待生たちに対する尊敬の念からくる畏怖のほうが強い。だからこそ、現人と話をすると緊張もするし、憧れ的なものが表情や態度にでる。


「良太君、いいのかな?」

「どっちでもいいし。クラス的には委員長がいいって言ってるんだからいいじゃね」


 素っけない物言いだが、否定しない当たり嬉しいのだろう。


「じ、じゃーお世話になります」

「こちらこそ。受けてくれてありがとうね」

「は、はい!」


 現人は一足先に二人から離れる。


「いい人たちで安心したよー。特待生だから、プライドが高くて見下されるかと思ったよー」


 奈優の表情には、今まで以上に強い憧れが浮かんでいた。特待生たちは良くも悪くも、よく知られてもいるし知られてもいない。


「っへ! ちょっと優しくされたくらいで喜んじゃってさ。本当に心配で来たのか怪しいもんだ」

「幼馴染にそんなこというのはよくないよ!」

「わかったわかった。好きなようにしろよな」

「うん! 次も行くね!」

「はいはい」


 素っ気ないもの言いでも、表情が本心を語っていた。良太はそのまま席に戻り嬉々として授業の準備をしだす。奈優はそれを見届けてから一礼し、ドアをちゃんと閉めてから教室を後にした。


 そしてチャイムが鳴る。現人たちも着席して準備を始めた。ほどなくしてから教科担当の教師が入室し授業が開始される。時間は進み次の小休憩時間。教師が退室してから、ほどなくして奈優はやってきた。


「すみません!」


 先ほどと同じように奈優がノックをする。そして現人が対応し中へ招き入れ、良太の席まで案内した。


「あ、ありがおごじゃいましゅ」

「噛んだ」

「噛んだわね」

「噛み噛みだね」


 緊張がピークに達していたのだろう。奈優は盛大に噛んだ。和子、莉乃、奈恵の順番に突っ込む。奈優の顔は真っ赤だ。有梨華の赤面とは別種の恥ずかしさである。


「怪我していないといいのだけど」


 加奈未だけは気の毒に思った。なぜそう思ったのか。彼女は奈恵を見て納得した。


「少し似ている? ……うーん。仕方ないね」

「加奈未ちゃんなーに?」

「何でもないよ」


 奈優が親友に似ていたからだ。名前だけではなく、雰囲気や仕草もどことなく似ていた。


「荒世にエスコートされていい気になって! 何しに来たんだよ」

「な、なれてないから、仕方ないんだよ! だって良太君はしてくれないもん!」


 それは乙女の精一杯な要望ワガママだ。現人たちは盛大ににやけている。だが、良太は気が付かない。


「ふん。だったらしてくれる人と仲良くすればいいじゃん!」

「……良太君がいいの」

「気が向けばなー。まぁ、そんなことはおきないけど!」

「えへへ」


 何も知らない人からすれば、良太の態度に苛立ちが湧いてくるだろう。だが、当事者である奈優はそれを良しとしている。奈優から出る好き好き光線は、誰の目から見ても理解できる。


 だが肝心の良太の視線は分からない。ただ奈優を介して見てみると、彼からは彼女以上の熱量が出ていることが分かる。だから彼女も照れ笑いを浮かべたのだ。


「それで? 用事はなにさ」

「心配だからだよー! Aクラスでも最初は浮いていたもん」

「ッチ」


 この二人と過ごしたことがある人たちは当時を思い出し、盛大に頷いていた。


「ボクのクラス、一限は体育祭の選手決めだったんだよー!」

「それで何になったんだよ。まさか!! 二人三脚とか言わないよな!!」

「だ、大丈夫だよ! 誘われたけど断ったよ!」

「だ、誰に!?」

「玲君だよ」

「あの男女め!」

「その言い方はダメだよー! 玲君はちゃんと異性が好きなんだから!」

「ちゃんと断ったんだよな!?」


 良太は焦りすぎて、最後まで冷静に聞いていなかった。


「さっきも言ったけど断ったよ! 玲君とボクだと身長差がすごいもん」

「ッ! そ、それじゃ! 身長差が無かったら受けてたのか!?」

「えー考えたこともなかったよー。うーんと、高くても受けてないよ。それにボクは小さくてよかったもん」


 低身長な奈恵は一番に食いつく。


「なんでー!? 大は小を兼ねるだよ!! 小さくて不便なことはあっても、大きくて不便なことはないよ!! ほら加奈未ちゃんを見て!」


 奈優は言われたままに向いてしまう。


「ほら、このプロポーションだよ!! 服も選びたい放題! 高い所にも、つり革にも余裕で届くよ!! 椅子を探さなくてもだよ!!」

「それでもボクは!! ……今のままがいいです!! それに玲君みたいに高身長でもスラーってしている人もいるもん!」


 今までの雰囲気とは違い、強い口調で奈恵を否定する。それは奈優らしからぬ行いであった。


「そ、そこまで言われると……何も言えないよー」


 奈恵はあからさまに悲しみ加奈未の胸に抱き着く。


「はいはい。よーしよし」

「わんわん。パフパフ」

「ていッ!」

「あぅ」


 いつも通り加奈未が軽くチョップをして終わるが、落ち込んでいるのか奈恵は抱き着いたままだ。加奈未は仕方なさそうに頭を撫で続ける。

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