第28話 男女幼馴染
玲君とはAクラス所属の女子である。名前は
それだけなら兵庫県にある演技学校に行くだろう。だが本人曰く、学校生活から異性を近くで見て、動作や仕草などを勉強したいとのこと。そんな彼女は女子生徒用の制服に身を包みながらも、勉強した男の仕草などを同級生や後輩に試す。女子には女子が想う理想の男っぽく。男には同性の友達のように仕掛ける。
夢はウェストエンドで花形役者。そんな彼女は語学が堪能だ。日本語、英語、スペイン語、ドイツ語の四か国語がネイティブに話せる。今は原文のロシア文学を読むためロシア語を勉強中だ。趣味はタップダンス。これだけ優秀でも彼女は理系科目が悪い。特に数学と化学が致命的に悪い。Aクラスでも下のほうだ。
趣味のお陰でダンスは上手い。リズム感もある。ただ、スポーツをするための体力や筋肉はついていない。この学校では平均以下の運動神経になる。演技はプロでも活躍できるほど。実際に札幌公演では主要キャラの一人を任された。それでも、奈恵のように主役級をもらえるほどの実力はまだない。それらの要素からAクラスのままである。
「ッチ。玲の話じゃなくなったな」
「ご、ごめんね。ボクのせいで……」
「そうだな。奈優のせいだな。バツとして、何か別の話題話して」
「え!? いきなり言われても……あ、体育祭の選手決めた? ボクの所は今日決めたよー! ボクは玲君と一緒に借り物競走だよー」
攻めるような物言いでも、良太の真面目な表情からはそれらしい感情はまったくない。奈優は戸惑いながらも唐突な話題振りにも応えて見せた。少し話題が被っているのも彼女らしい。蚊帳の外だった特待生たちも話題に混ざる。
「わたくしは障害物競走です」
「私も同じよ。石川さんと戦うのは加奈未か龍治よ」
「よろしく」
「こ、こちらこそです!」
加奈未は奈恵に抱き着かれたまま挨拶する。
「正々堂々と勝負よ」
「ひぁ、ひぁい!!」
二人は元クラスメイトである。それでもSクラスの教室内で、去年よりも数段に魅力が増した芸能人から声をかけられると、緊張の度合いがさらに上がってしまう。噛むのも致し方ない。このまま話しかけられると緊張で大変になる。奈優は流れを変えるために幼馴染に尋ねる。
「良太君は? 新クラスでリレーはいきなり任されないよねー。となると一〇〇メートル走かな?」
特待生一同はどこか良太らしい口調に流石は幼馴染と思った。
「ふふ。残念ッ!! この僕が一〇〇メートル? ないないありえなーい!」
良太は水得た魚のように調子付く。
「流石は特待生たちだよね! この僕をよく評価してくれたよ。僕の参加種目はラストのスウェーデンリレーだ! クラスの中心人物! ムードメイカー! クラスメイトから羨望される人のみが選ばれる競技! まさに僕に相応しい。あぁ、他の三人はボクの引き立て役だよねー」
「まさかアンカー!?」
「ッチッチッチ。流石の僕も弁えているさ。選ばれてしまったけど、卒業まで一緒のクラスメイトたち。断腸の思いで譲ってあげたんだよ。美味しい所を譲るのも優しさだからね。流石僕。人間ができている」
「良太君らしいねー」
奈優は適当に相槌を打ちながら現人たちに目線を向ける。そこには真意を尋ねる意図があった。現人たちは同時に首を横に振った。奈優は少し寂しい気持ちになった。周りは堪ったもんじゃないが彼女らにとっては日常の一幕だ。ただ、このやり取りの中で見慣れない光景もあった。奈優はそれに気が付けなかった。
「さっきから気になってたんだけどさ! せっかく人が気持ちよく
「え? なに!?」
急に声を荒げた良太に、周りも、奈優も驚く。
「なにじゃない! なんだよ! 二人で仲良くしちゃってさ! アイコンタクトですか!? ふざけるなよ! 僕が心配で来てるんだよな! 本当かよッ!! この委員長目当てじゃないのかよ!」
「違うよ! ボクは良太君が新しい環境に馴染めるか心配で……」
「分からないんだよ!! それが!! 僕を出汁に使っているんじゃないかってさ!! そう思うんだよね!!」
「そ、そんな……ボクは……」
奈優は少し罪悪感を覚えた。芸能人や知名度が高い特待生たち。運動神経も悪くなく、容姿もいい。その中でも加奈未と山次郎、奈恵たちは別系統だがずば抜けている。同性として憧れても仕方がない。
元クラスメイトで同じ女性。少し憧れている二人に会えることを、役得だと思っていた節もあった。だから言われて初めて後ろめたさに気が付いた。それでも本命は良太であることは変わらない。
「ほら! 図星かよ!! 幼馴染って言っても簡単に裏切られるんだな!」
「ち、違うよ!! ボクは……!」
「ボクはボクはって僕の真似ですかー?」
「ッ!!」
「はぁ。これも図星。もう信じられないわ! よく言うけど信頼は一瞬で崩れるなー! いやー身をもって体験できたわ! お礼言うわ。ありがとうございました。……その代わり、もう俺に関わるなよ。俺も、そう思って生きるから」
「そ、そんな……。悲しいこと言わないで……」
奈優の目には涙が溜まっていく。いつ零れても可笑しくない。
「良太君!! そういうのはダメだよ!! いけないことだよ!!」
加奈未に抱き着いていたはずの奈恵は良太に近づき諭すように怒る。
「ほ、堀村さん……」
「ね! ちゃんとごめんなさいしよ?」
自分なら収められると。奈恵はそう思い行動に起こした。
「少し黙っていて下さい!! これはボクと良太君のことです! 堀村さんは入ってこないで!」
「そ、そんな……」
奈優は涙を流しながら奈恵を否定する。ここまでの拒絶を受けたことない奈恵は戸惑う。
「奈恵が言っても悪化するだけだよ。ここは男子たちに任せて、私たちは見守るわよ」
「か、加奈未ちゃぁああん!!」
「はいはい。抱き着いていいから離れるわよー」
「……うん」
加奈未からのアイコンタクトは熱血少年に向いた。一翔もこの状況に嫌気がさしていた一人だ。
「おい! そこまでにしとけよ!」
「はぁ? 外野は黙っていろよ!! あ、ピッチャーに外野ってあははは。最高におかしいな!」
「な、なんだと!!」
良太の煽りも少し可笑しいが、慣れていない一翔は素直に反応してしまう。そこに幼馴染が助け舟を出す。
「泣いているぞ。いいのか?」
「ッツ!! 煩い!! 部外者はお呼びじゃない!! 爽やか王子は女性の扱いも爽やかですか!!」
普段は面倒くさがりで喜怒哀楽が表情に出にくい英知も流石に苛立ちが隠せない。
「私ならいいかな?」
「次は当事者のお出ましですか!! 言い訳ですか!? それとも僕たちの関係を壊した謝罪ですか?」
「誤解しているみたいだからね。それを解こうと思ってね」
現人はいつも通りの笑顔だ。付き合いが深い龍治だけはその怒りを感じ取っていた。
「誤解? 二人がいい雰囲気だったのは事実だろうが!!」
「まずそれが誤解ですね。アイコンタクト程度、他のクラスメイトもしますよ? 現に加奈未と一翔はしていました。特別な相手だけにすることでもないでしょ。誤解しないでいただきたい」
「はぁ!?」
良太は立ち上がり現人に詰め寄る。
「それは世間一般的には当たり前で、僕みたいに思うのが可笑しいってか!?」
「正解。普通の人なら当たり前。陰気な君がズレている」
龍治の合いの手は良太の心に突き刺さる。
「龍だからっていい気になっているんじゃねーよ!!」
「?」
よく分からない突っ込みに龍治は首を傾げる。
「だからぁー名前の漢字の龍だよ! みなまで言わないと分からないのかよ!! 僕は最良の良に太いだ!」
名前は知っているが、いきなり言われても分かるはずがない。
「生まれたときは龍で
「関係あるのか?」
龍治の突っ込みに一同は大きく頷く。
「うっさいな!! 僕が気になったんだよ!」
無茶苦茶である。
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