第29話 乙女たち

「話が脱線したけど龍治の言い分が正解だ。改めて言うよ。その程度で」

「はぁ!? お前は何様だよッ!?」

「荒世現人だよ」


 蔑みを含んだ笑顔で答える。


「あああ!!」


 良太は両手で頭をむしゃくしゃに掻き毟る。まさに言い表せない想いがそうさせた。


「……!! そうだ!! お前婚約者いただろ!! いいのかよ!! 婚約者を差し置いて他の女に色目を使ってよ!!」

「私の婚約者はそう思ってないみたいだよ?」


 現人は希子に視線を向ける。良太もそれに続いて見る。


「はい。わたくしは現人君が色目を使ったとは思っていませんよ。西本君の誤解です」

「はぁ? ……お前って奴は!! 許せない!!」


 何度も言うが、特待生たちは容姿端麗である。綺麗系や可愛い系、王子様系や熱血系、インテリ系とジャンルが分かれているが、誰しもが整っている。希子を敢えてジャンル分けするならば、清純なお嬢様になる。白い肌に、長くストレートな黒髪。


 良太の好きなキャラジャンルである。恋愛感情的な一目惚れではなく、萌的な意味で。


「許さないと言われてもね。ふふっ、私を殴るかい?」


 現人は良太の細腕を見て失笑付きで問いかける。あえて明文化するなら、その細腕で殴っても大したことないだ。


「あああ!! もう許せない!! 僕と勝負しろッ!!」

「もちろんいいとも!! 是非しよう!」

「はぁ? お、おう。勝負だ勝負!」

「内容がすごく楽しみだよ」


 現人の食いつきに売った良太は戸惑う。


「その余裕そうな表情を崩して、土下座させてやる!」

「いいとも!! さあ、何で雌雄を決する?」


 問いかけられた良太は制服のポケットからトランプを取り出し布告する。


「トランプゲームで勝負だ!!」

「いいね! ババ抜きから始まり、大富豪、ポーカー、七並べ、ラミー、神経衰弱。どれもこれもワクワクするね」

「……お、おう」

「さあ、どれで争うのかね?」


 両足を肩幅に広げ、腰を斜めに反らしながら胸を張る。両手は大きく広げている。粋がっていた良太の自己紹介より堂が入った現人の動き。良太は少し恥ずかしくなる。改めて言うが現人は至って真面目である。しかも真剣だ。


「現人の悪い癖がでたわね」

「あのポーズは彼の影響も受けているね」

「かっこいい」

「龍治!?」

「君も根っこは向こう側だったね。改めて認知したよ」


 莉乃と幸也が呆れながら状況把握。龍治は羨ましがる。


「いや、それよりもなぜトランプを持ち歩いているのとかあるでしょ!」


 加奈未も冷静に突っ込む。だが、それは残りの女性陣に反論される。


「わたくし、いつも楽譜を携帯しています」


 ポケットに入るサイズの暗譜用のだ。それには作家のプロフィールや想いも書かれている。希子はリトミックが得意でもソルフェージュは苦手だ。それでも学生レベルは超えている。分かりやすく言えば単語帳のようなものだ。


『私は常にPC持っているし』

「咲もぉー、詰将棋のごほんもっているよっ!」

「うちも絆創膏もっているし」

「妾は護身用に」


 和子は折り畳み式のナイフを取り出す。もちろん許可は取得済みである。


「わたしも常に台本持ち歩いているよ! 普通だよー」

「そう言われると……そうね。私もメイクポーチ持っているわ」

「ね! 普通だよー」


 最後に莉乃が纏める。


「私もヘアゴムやシュシュ、ヘアピンもっているわよ。彼はプロゲーマー。なら普通でしょ」


 勉強していると髪が邪魔になることがある。有り体に言えば、職業柄持っていても可笑しくないということだ。


「休憩時間も終わる。速く決めよ!!」

「……ふん。ここは君に選択権をあげるよ。僕ってプロゲーマーでしょ? ハンデだよハンデ。君の得意なゲームを選ぶといいさ」

「良太君……思い浮かばなかったんだね」

「なにをっ!? そ、そんなことはない! 僕は優しいからね! 当然さ!」


 奈優の呟きに良太は大げさに驚く。


「優しい人は関わるななんて言いません……」

「くっ! う、うるさいな! もとを言えば奈優が……!」

「なんですか?」

「くっそ!!」


 絶縁を宣言した者の会話ではない。それは仲が良すぎる者同士の会話だ。それでも良太はどこか煮え切らず、奈優もどこか不安そうだ。前の休み時間の雰囲気ではない。


「犬も食べない喧嘩は辞めてほしいな」

「そんな……ふ、夫婦なんて」

「僕は犬よりも猫が好きだ!」


 奈優は恥ずかしがり、良太は意味不明な反論をする。


「それよりゲームは!! 速く決めてくれないかな!! 時間も限られているからさ!! ほら速くしてよ!!」


 言われた現人は悪友を見る。友は頷き返す。


「ありがとう。……ゲーム内容は愚者のハイ&ロー」

「いいね。引き寄せられるね! 僕にピッタリの名前だ!!」

「ルールはこれに書いているよ。勝負は昼休みでいいかな?」

「それでいいさ。僕が負けるわけないし」

「決まりだね」

「ふんッ!!」


 現人は一枚のルールブックを渡し握手を求める。良太は受け取り力強く握る。力みすぎて腕が振るえている。顔も必死だ。だが現人は余裕の笑みだ。


「ふふっ。楽しみにしているよ」

「ッチ」


 良太は音を立てて自分の席に座る。現人はもう一人の当事者に言葉を投げかける。


「急に決めてごめんね」

「い、いえ! き、気にしないで下さい」

「本番は昼休みだけど次の休み時間もくる?」


 奈優は少し考えてから俯き気味に言う。


「……良太君の邪魔になりたくなので遠慮します」

「それはよくないね。次の休み時間も彼の側にいてもらえないかな? 彼はまだクラスに馴染めていないからね。いいかな?」

「やっぱり馴染めてないんだ……。わかりました! お邪魔させていただきます!!」


 目に力が再び宿る。


「よろしくね」

「はい!!」


 恋する乙女はどこまでも強い。そして鐘の音が鳴り訪問者はそそくさと帰る。生徒たちは授業のため席に着いた。


「失礼します」

「どうぞ」


 次の休み時間も奈優は訪れた。そして良太の隣に座り静かに眺めていた。何を考えているかは彼女だけしか分からない。良太はイメージトレーニングをしていた。彼の頭の中ではすでに数多くの試合が行われ、このゲームのキモを理解していた。あと対戦相手の性格を考えてカードを選ぶだけである。


 鐘が鳴り奈優は戻る。そして勝負の時が訪れた。といっても各自が昼食を済ませた後だ。観覧者は莉乃に龍治。そして奈優の三人である。幸也のような学力インテリ生徒は各自の研究を友達と話し合う。一翔のようなスポーツ生徒は友達と遊んでいる。プロで活躍している者たちは昼から外部で仕事だ。


 生徒たちの一日の始まりは早い。寮の起床と朝食時間は朝の五時三〇分から八時二〇分まで。入浴も行える。地域柄なのか町もこの時間から起きだす。畜産や農業は朝が早い。生徒たちは自主的に六時までに起きて朝練や自主学習に励む。


 朝のHRは八時四〇分から。一限は九時から行われる。一コマ50分。授業と授業の合間にある小休憩は一〇分。三限の終わりは一一時五〇分となる。それから一三時までが昼休みだ。


 昼休みは部活動の練習や自主学習が禁止されている。学校から推奨されているのは学友とのお喋りや遊びである。禁止ではないが寮の自室に戻り昼寝をする者も中にはいる。


 一三時からは四限の始まりである。それは七限終わりの一六時五〇分まで続く。それから帰りのHRが一七時一〇まである。部活動開始時間は三〇分からである。間の二〇分間で着替えをしたり下校したり、自主学習エリアに移動する。学習エリアは図書館や教室などなど。


 スポーツにも力を入れているため部活動は二一時までだ。寮生活だからこその時間だ。夕食と入浴は二〇時から二三時の間で済ませる。


 一斉消灯時間の二四時までは自由時間だ。素早く済ませれば二一時三〇分くらいから自由時間を堪能できる。といってもインテリ生徒は勉学に励み、スポーツ生徒は身体を成長させるために早寝する。Jクラスのスポーツ生徒は二二時に寝ていることもしばしば。


 二四時以降は寮長や管理業務の大人たちが男女別に各寮を見回りする。外は専門の警備員が巡回している。そして朝を迎える。故に観客は三人である。


「ついにこの時が来た。ルールは大丈夫?」


 現人の問いかけに、良太は盛大に粋がる。顔も声も仕草も絶好調。


「えぇぇ!? この僕にそんなこと聞くの? ナンセンス! わかる? センスがないって言っているの。プロゲーマーの僕に! テーブルゲームで勝負しようなんて、なんておこがましい行いだ!! ありえない!!」

「早速始めよう」

「御託はこりごりだ!」


 龍治が審判役を務める。プレイヤーは机を挟み対峙する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る