第30話 愚者のハイ&ロー
「二人とも好きなマークを」
「僕はダイヤだね。あの棘のように角張っているのはそそられる!!」
「私はハートを選ぶよ」
愚者のハイ&ローのルールは攻守よりも簡潔で簡易だ。
両者好きなマークのカードを選び、一から一三とジョーカーの計一四枚が手札となる。
各自好きなカードを一枚選び出し合う。単純に数字が大きい者が勝ちとなる。
ただし、一三はジョーカーに負ける。ジョーカーは一三以外の数字に負ける。ジョーカーで勝っても勝ち点は他と同じで一。
五回勝てば勝利となる。またカードがなくなったときは、勝ち数が多い者が勝利となる。
とても簡単なルールのゲームだ。
今回はその簡易版である。正規版とはカードの枚数と勝ち数が変わる。
カードは七から一三とジョーカー。計八枚。三回先取だ。
ゲーム中はキャラが変わる現人も、今回は普段通りのキャラで受けて立つ。
「僕はこれだよ! ほら、さっさと選びなよ」
良太は事前に考えていた。即座に一枚目を選び終える。
「ゲームには会話も付き物だと私は思うけど、エンターテイナーの君はどうかな?」
現人も一枚選び机に出す。
「はぁ!? 僕の配信スタイル知らないの? それで挑発してくるなんて馬鹿だろ! てか愚か?」
「ゲームでは愚か者のほうが楽しめるよ」
「知った口を叩くなっ!! 審判!! 速くカードをめくれよ!! どうせ僕の勝ちだ!! だから、さっさと消化してくれない?」
催促された龍治は手首のスナップを効かせながら、テーブルの上のカードを同時に捲る。
「カードオープン。ハートのキング。ダイヤのクイーン。一枚目はハートの勝利」
「はぁ!? 一枚目からキング!? 何考えてんのお前は!! わけわからないし! 意味不明だし! 初っ端からリスクがある最強カードとか馬鹿だろ! 阿呆! まぬけ! 愚昧!」
小学生そのもの。その物言いに現人はしっかりと応える。
「これは愚者のハイ&ロー。
「だからって僕が最初からジョーカーを選んでいたら、もう後がないんだぞ!! かっこつけたって馬鹿だよ! 馬鹿!」
「ふふっ。あははは! これは傑作だね。私が何も考えずに運任せでキングを選んだと思っているのかな?」
現人は盛大に笑い、良太を煽る。
「思っているから馬鹿って言っているの! そんなことも分からないの? マジで親の七光りじゃん!」
「わからないのかな? だからはぐらかしているのかな? たとえ違っても相手にそう思われた時点で君は不利だよ」
「はぁ!?」
言い負かそうと良太は大きく息を吸う。
「そこまで。時間は有限だ。二枚目を選べ」
「ッチ!! 次は僕が勝つ!! で、お前は僕の何を知っている!!」
「おや? 会話に花を咲かせてくれるのかな。それは楽しいね」
「む か つ く!」
カードを机に叩きつける。
「なら私はジョーカーを選ぶよ」
「なっ!?」
現人は冷笑を浮かべ提案する。
「今ならカードを変えてもいいよ? 審判、それくらいはいいよね」
「対戦相手が認めている。変更を許可する」
「クッ!!」
良太は顔を歪ませながらカードを下げる。
「少し話をしようか」
「……なんだよ」
「君のカードが読めた理由だけど、君が分かりやすいからだよ。このゲームの重要なポイントは、ルールをいかに使いこなすかではない。人読みだよ」
「そんなことは僕も分かっている」
対戦相手の性格や癖、仕草と視線。それらから選ぶカードを推測する。簡単に言えば、いかに人に興味をもてるかだ。勝負は試合前から始まっているだ。
「では、君は私のことをどこまで知っているかな? 君がこのクラスに編入してきた今朝からの情報限定でね」
「……」
「まさか何もないの!?」
現人は大げさに驚く。
「…………」
「残念だよ。プロゲーマーでエンターテイナーな君との対戦。凄く楽しみだった。本当に残念だよ」
「ッ!」
「ネタばらしをしようか。君は臆病者だ。それなのに他人の物を自分の物と扱う。極端な利己主義、独占主義的な思考だね。有り体に言えば幼稚。高校生にもなれば、防波堤になってくれていた保護者や親しい人は見守るだけ。自分で立とうとしないかぎり、周りは手を貸してくれない」
手助けがほしいなら、まずは自らが必死になって行動するしかない。誰でも泥水をすすって努力していれば手を貸す。演技だったり、掌を返すような人だったりには手は貸さない。善意には善意。ここには利己や独占主義はない。ただし下心的な善意は無視が一番だ。
「御託はいいんだよ! うっさいな!! ティーチングしたいなら教師にもなれよ! さっさと自白しろよ」
「そのワードチョイスは私が犯罪者みたいで嫌いだね」
「ふんっ。勿体ぶるからだ!」
「なら答えを言おうか。君はキングをリスクがある最強カードと言った。それは不正解だ。最強なのはあくまでも愚者。臆病者の君はリスクがあるカードは選ばない。故にジョーカーとキングはない。でも負けたくない。見栄を張りたい。なら残りはクイーンしかない」
「くっ!」
「君は異性に幻想を抱いているね。それも大きな理由だ」
現人はチラリと奈優を見る。良太は俯いていてそれに気が付かない。
「次にキングを選んだ理由だけど、なりふり構わず最強カードを選んだってとこかな。負かしたい一心で。それを幼稚と言わずに何というのか。是非教えてほしいね」
「……」
良太は俯いたままだ。
「はぁ。……次のカードを選びなよ」
先に現人がカードを選ぶ。良太はそのままカードを選び適当に放り投げる。
「カードオープン。両者ともセブン」
「なっ!」
「簡単に終わらせるなんてつまらない。この次はキングかな?」
「クッ!!」
完全に読まれた驚きから良太は顔を勢いよくあげる。そして嗜虐を含んだ現人の笑みを見てしまう。
「……なに、爽やかぶっている。……何が愚かだよ。意図してやってんじゃん……」
「私は、自分のこういう人間らしいところが好きだけど嫌いでね。ヒトは知識や理性で進化し、文明を築き上げた。なのに未だに本能的な趣味趣向がそれらを活用している。本能と理性はどちらが上だろうか? 理性で本能を抑えることは多々ある。逆に理性が効かないことも多々ある。君は本能的で私は好きだよ。もっと見せてほしいね」
我という一人称ではないにても、その在りよう神ごとく上からだ。
「……こわっ」
「そう、そういう感情も本能だね。私は一〇を選ぶよ。君が何を選ぶかとても楽しみだ」
現人は裏にせずそのままハートの一〇を提示する。
「…………んぬぅぎぃ」
悔ししい気持ちと恐怖からくる言葉にならない音。
考える。
負けを選んだ場合。勝ちを選んだ場合。
楽なのは終わらすこと。逃げだ。
相手はそう思わなくても、良太は事あるごとに負けを感じ卑屈になるだろう。それは今後の学校生活にも、人生にも影響する。
だが、ここの提示された勝ちを選んでもモルモットを見るような視線に苛まれる。
Sクラスにいる限り続くだろう。それでも一矢報える。自分を納得させられるだけの成果は得られる。だがそれも逃げだ。いいや次に繋ぐバトンだ。
良太は考える。必死に考える。普段の彼からは想像もつかない苦悩に満ちた表情。三〇秒なのか、一分なのか、それとも五分なのか。時間的な感覚が無くなるほど良太は考える。
「良太君……がんばれ……」
祈りに似た小さな独り言。それは幼馴染だけには届いた。いや届いてしまった。そして視線が合った。
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