第32話 ニブチン
「対戦相手は私だよ。それとも莉乃の容姿に惹かれたのかな?」
「んなわけないし!! 何言っちゃっているの!? 馬鹿なの!?」
「心理戦を続けようか」
「言われなくても!! 本来の僕だからね!! 負けるわけないし!!」
二人は闘志を静かに燃やし続ける。だがそれに水を差す音が校舎に響く。そう、予冷だ。昼休みは残り一〇分。
「持ち越すか?」
「安心してよ。次のカードで決める」
「そういうことだ!! 僕はこのカードだ!! あとは君だけだよ。ほら、速くさ!!」
良太は自信満々に言い切り煽る。
「私はこのカードに決めたよ」
勝ちよりもドローが多くなる三すくみ。だが両者とも引き分けにはしたくない。負けん気がぶつかり合う。故に選ばれるカードもお互いに分かる。王道か。裏をかくか。裏だと思って王道か。いくら読み合っても、結局は出たとこ勝負。これもまた三すくみの醍醐味。
「……カードオープン。ハートのナイン。ジョーカー!」
「まさか負けに来るとは……」
「これで僕の勝ちだ!」
「次が正念場だね」
ジョーカーという負債をナインで捨てることができた。これは大きい。これがエイトなら引き分けだった。
「ふん! もう勝ち確でしょ」
「ふふっ。クイーンにキングをぶつけられるかな?」
「あたりまえだし!」
良太の勝ち筋はキング対クイーン、ナイン対エイト。
逆に現人の勝ち筋はキング対エイト、ナイン対クイーン。
「その空回りしている自信は今朝の君だね」
「本来の僕も今朝の僕も同じ僕だし? 分けて考えている時点でナンセンス! 程度が知れるってもんだな!!」
おまえが言うのか。
「なら君はキングだね」
「そう思うならエイト出せばいいじゃん! まあ僕の勝ちになるけどね」
「粋がっている君ならキング一択だね」
「さっきのジョーカーもう忘れたのかよ」
「……」
現人は今朝の彼からナインを選んだ。良太がキングでもナインでも、どっちに転んでも得だからだ。だが、良太は一番あり得ないと切り捨てた選択肢をとった。流れは良太に傾いた。
「……りょー君がんばれ!!」
「なっ!」
奈優のあだ名呼びに良太は赤面する。
「聞いた? りょー君だって」
「恥ずかしいな」
「二人とも
現人の笑い声が呼び水となり、龍治と莉乃も声を出して笑う。可哀そうなくらい良太の顔は真っ赤た。プルプル震えてもいる。
「煩い煩い煩ーーい!! ほら勝負だ勝負!! 僕はこのカードだ!! 君も早く出せ!!」
「アハハ、アハハ。本当にこれでいいの?」
「いいからさっさとだせよ!!」
「ごめんごめん。つい大笑いしてごめんね。アハハハ!! いや本当にごめんね。アハハハ!! 仕方ないなー。私はこれにするよ」
現人は笑いながら、無邪気な顔でカードを出し終える。
「いいのか?」
「もちろんだよ龍治。とてもいいことを知れたからね」
「ならいい」
何とは言わなくても二人は通じる。
「二人で悪だくみの相談!? さっさとカードをめくれよ!! どうせ僕の勝ちだからさ!!」
廊下では生徒たちの楽しそうな声が聞こえてくる。特待生たちも
「これがラスト。まずは良太からだ。カードオープン。ダイヤのキング」
「フン! 僕は勝つ」
「アハ。いい勝負だったよ」
現人は未だにあだ名呼びを引きづっていた。
「カードオープン。ハートのクイーン」
「よっしゃー!! 僕の!! 勝ちだ!! どうだ!! ハッ!! たかが知れているな!! 僕が最強だ!! いやいや!! 僕が強すぎるだけだなー!! くぅー!! エクスタシー!!」
審判からの通達も聞かず良太は粋り始める。
「現人の負け。……このあと面を貸せ。二分で済む」
「いきなりだね。いいけど少し待ってね」
龍治は無言で頷く。
「どうだ!? 僕が一番だぞ!!」
「りょー君流石だよ」
「前も言ったけどあだ名やめてよね! もう僕は高校生だぞ!! 小学生じゃないんだぞ!!」
「ご、ごめんなさい。咄嗟に出ちゃって……。あ、そうだ!」
申し訳なさそうな表情から一転、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「良太君も昔みたいに私のこと、なーちゃんって呼べば!」
「そ、そんな恥ずかしいことできるわけないじゃん!! ちゃんと話聞いてた? 小学生じゃないんだぞ!!」
「ごめんなさい」
幼馴染らしいやりとりには、ゲーム前の騒動は感じられない。他の三人は微笑ましい気持ちになる。このままずっと眺めていたくもなるが、そろそろ他の特待生たちも戻ってくる。
「いい勝負だった。楽しかったよ」
「ふん! 今回だけだからな!!」
握手を求めた現人に、良太は目だけは睨み付けるように細く、口や頬は照れるという器用な表情で応じる。
「二人とも仲がいいね」
「あっ!」
握手を振りほどきとっさに奈優を見る。
「うーん……いぃー! ……くっ!」
良太はもぞもぞする。顔も百面相だ。
「なぁーー!! えーーっと……そのー」
「ごめんなさい。きっと私が悪いんだよね……。昔からそういうところあったし……。ごめんなさい」
ドジっ子や天然というほどまで悪くはないが、奈優は多少抜けている。それも奈優の可愛いところだ。良太はそう思う。だが同時にもどかしい思いもある。
(もっと自信をもてよ! ずっと僕の側にいるんだろ! ボク呼びの訳も思い出したし!! 今回は僕が悪い。難癖付けた僕が悪い。悪いってわかってる。でも……素直に謝るなんてキャラじゃないだろ! いや、でもそんなこと気にしている場合じゃない! 奈優と関われないかもしれないだぞ!! でも……恥ずかしい!!)
良太は高スペックな頭脳をフル回転させて自問自答した。
「ふぅ……。すぅー、はぁ……。……僕、こそ、ごめん。ひ、酷いこと言って……ごめん」
「……良太君」
もごもごと恥ずかしそうに言う良太と満面の笑みで嬉し涙を浮かべる奈優。高校生らしいカップルの痴話喧嘩。それを見ていた二人はそう思った。莉乃だけは少し羨ましく感じていた。
「これからも……ぼ、僕の隣にいてくれ」
「えっ!?」
「酷いこと言ってごめん! これからも僕と関わってくれ!」
「そ、それって!?」
「あ、あ、改めて言うのは、は、恥ずかしいけどさ……」
奈優を含めた四人は、突然の告白場面にワクワクと心を躍らせる。
「良太君。わ、私も同じ気持ち!!」
「そ、そっかー。あ、ありがとう! これかもよろしく!」
二人は嬉しそうに握手を交わす。そこには純粋な気持ちだけが現れていた。外野も騒がしくなる。
「くっー!! 僕は果報者だなー!! 幼馴染で最高の親友を持てて!! 僕は幸せ者だー!!」
「えっ!?」
「はぁ!?」
「なに!?」
「恋愛に疎い私でも流石にこれは理解できる」
順番に奈優、莉乃、龍治、そして現人である。奈優の先ほどと同じような驚きも、感情は別である。
「な、なにさっ!! そんな目で僕を見てさっ!! さっきまで盛り上がっていたじゃん!! それでいいじゃん!! なんでいきなり、冷めるようなことするかなー!!」
良太の粋がりも、この三人の白眼視の前には暖簾に腕押し。
「ふふっ。良太君はやっぱり良太君だね。思いもよらないことするね」
「そうだね! エンターテイナーな僕は度肝を抜いてこそ!! さっすがー親友!! 僕のことよくわかってるー!!」
無自覚で作られる甘い雰囲気に莉乃は胃もたれしそうだった。
「ほら、もうすぐ昼休みが終わるわよ。帰らなくていいのかしら?」
「そうでした! お邪魔しました!」
「気軽に来ていいからね。ほら! アンタが教室まで送りなさい」
「アンタだって!? この僕を!!」
「御託はいいからさっさと送ってきなさい!! 男ならそれくらいしなさい!!」
「あっ、はい」
莉乃の強い物言いに良太は素直に応じてしまう。
「はぁ……あの二人は甘ったるいわね」
「あれが健全な高校生らしい恋愛かもね」
「私には無理ね」
「キャラ案いただき」
各自思い思いの感想を述べる。良太と奈優が教室から出ると、入れ違いで特待生たちが帰ってきた。一気に教室が賑やかになる。
「何の話かな?」
「場所を移す。こい」
「ちょっと! もう授業が始まるわよ」
「二分で済む」
莉乃と現人はアイコンタクトを交わす。それには尋ねる意図があった。委員長はそれを踏まえて頷き返す。
「はぁ。遅れても知らないわよ!」
「問題ない」
そして龍治が歩き出し現人は後を追う。二人は教室から出て人気がない最寄りの空き教室に入った。
「移動だけで一分たったよ。何かな?」
笑顔で尋ねているが面倒くさそうだ。
「ゲームだ」
「愚者のハイ&ローのこと?」
「そう。なんだアレは」
「何と聞かれても」
現人は龍治の言わんとすることを理解していた。だが素直に答える義理もない。だから惚ける。
「ふざけるなァァ!!」
「そうだ。今は我らしかいない。取り繕う必要はない」
「そうかよォ。そっちがお望みかよォ!!」
「西本曰く、分ける自体がナンセンスらしい。だがTPOは必要だ」
時と所と場合によって使い分けることは社会人、または集団生活に必要だ。退かぬ媚びぬ省みぬの強靭で無敵で最強な精神なら粉砕されながらも玉砕となり大喝采を受け認められるだろう。とくにライブ配信やエンタメには必要な役でもある。TPOを選ばなければ、良太の意見も現人の意見も正しい。
「親友の前では我慢するなってかァ!! なら遠慮なく言わせてもらうぞォ!! あのゲームは俺の……俺の攻守トランプのパクリだろうがァァァ!!」
「わざわざ自分のだって強調しなくても理解している。だからこそあえて言おう。愚者は攻守のオマージュだと」
「許せねェェ」
龍治の目が据わり、目力だけで現人をどうにかできそうだ。それなにの現人は普段通りに否定的な評価を下す。
「龍治の作品にも言えることだけど、ゲームも設定が凝りすぎている。これでは万人受けはしない。小説ならそれでもいいけど遊戯は万人で遊ぶもの。簡易に、スッキリと、難しい縛りはできるだけなくす。これが求められる。だから私が直した。私の家業なら、その程度のことは朝飯前だよ」
政治家は有権者に分かりやすく公約を示さなければいけない。なぜその公約が必要なのかも、分かりやすく説く必要がある。現人にとっては慣れ親しんだタスクである。
「クッソ……許せねェ……本当に許せねェ……」
「編集さんにも言われているらしいね」
「くッ!! そうだよ……!! だからこそ……許せねェ……」
「社会に出て賃金を稼いでも、大人に必要とされていても、私たちはまだ高校生」
現人の言葉には棘はない。ただ諭すように、自分を納得させるかのように。
「だからまだまだこれからだよ」
「お前はどうなんだよォ!!」
「我は神。愚民どもとは違う」
「ハハッ。そういうことにしといてやるゥ」
「食いにくい羊だ」
二人は楽しそうに笑い合う。
「そろそろ戻ろうか?」
龍治は頷き返す。キンコーン、カーコーン。
「……言い訳は設定厨の龍治に任せるよ」
「都合がいい」
「時と所と場合によるだよ」
「わかった」
それから二人はゆっくり歩いて戻る。それ故か入室直前の教師とばったりと出会った。
「トイレ帰りです」
「速く入りなさい」
「申し訳ありませんでした。以後気を付けます」
ありきたりな言い訳に教師は適当に流し入室する。現人の一見真摯な腰降り謝罪も響かない。それは教師が冷めているわけではなく、他クラスでは日常茶飯事だからだ。現人たちは教師の後に続き入室する。莉乃が睨み付けてくるが二人は気にせず。
空席が目立つ教室はSクラスならでは。勉強に練習、そして仕事。それらに追われる彼らの生活と学校行事。まじかに迫るのは体育祭。彼らが求める青春の舞台になるかどうかは彼ら次第。
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