女子会(ガールズトーク)

お誕生日会

 まだ四月のGW前半。堀村菜恵の学生寮部屋には、耶翠莉乃、長藤加奈未、桑沼和子が訪れ姦しい誕生会が行われていた。


「お誕生日おめでとうー!!」

「おめでとう!」

「おめでとう」

「みんなありがとう!」


 部屋の机は大きくないが、各自が持ち寄ったお菓子やジュースが置かれている。三人の側には普段使いの小さな鞄もあるが、加奈未の近くにはオシャレな紙袋もある。


 内装はピンクや白系統の家具に、天幕やフリルが目立つベッド。壁にはウォールステッカーが散見している。それはネコや花、音符などだ。まさに女の子らしい部屋。


「それじゃー乾杯!」

「かんぱーい!」


 加奈未の掛け声に他も追随する。

 ここは女子だけの空間。わざわざペットボトルからコップに移し替えることはない。

 奈恵は微炭酸のオレンジジュース。莉乃はロイヤルミルクティー。加奈未はビタミンCたっぷりのレモンジュース。和子は渋そうな緑茶だ。


「お祝い少し遅くなってごめんね」

「小さいころからだから慣れっこだよ。してくれるだけで十分嬉しいよ。加奈未ちゃんは一年からありがとうね」

「改めて言われると少し照れるね」


 加奈未は笑って誤魔化すが頬が少し赤い。

 奈恵の誕生は四月二四日。


「他の皆も参加できたらよかったのに」


 莉乃は願望交じりの愚痴を零してしまう。


「仕事や練習合宿なら仕方ない」

「それもそうだけど……やっぱりね……。高三の最初の誕生会よ。参加してほしかったわ!」


 和子が窘めるが、莉乃はそれでも割り切れない。


 参加できなかった美沙はバドミントンの練習合宿で。咲は棋戦。希子はリサイタル。有梨華は幸也と一緒に仮想空間構築の打ち合わせ。男子は端から呼ばれていない。


 次の誕生日は美沙の五月三〇日だが、これにも男子は誘われていない。逆に男子も男子で誕生会をやっているが、女子には声をかけていない。


 異性の目を気にしないで騒ぐことは、思春期の男女には必要なことだ。


「今回は残念だけど、美沙ちゃんの誕生会は全員参加できそうでわたしは嬉しいよ!」

「奈恵は本当に可愛いわ!」

「加奈未ちゃん急に抱き着かないでよ! 息がしづらい!!」

「あ、ごめんなさい」


 抱きしめる力が強いのか、胸で圧迫されて苦しいのか。それは奈恵のみぞ知る。


夫婦めおと漫才はその辺りにして。これ、よかったら受け取って」

「わたしたち普通だよ! ちゃんと異性が好きだよ!」

「それはいいから。はい、プレゼント」

「あ、ありがとう」


 莉乃のプレゼントは鞄から出てきた。それは春らしいラッピングペーパーに包まれていた。 

 小ささがどこか奈恵らしい。


「妾からもだ」

「ありがとう!」


 和子のプレゼントは細長いが小さい。ポーチに入るくらいだ。


「私からも。プレゼントよ」

「ありがとう」


 加奈未のプレゼントは二人と違い紙袋に入っていた。サイズも一番大きい。


「開けてもいいかな?」


 奈恵の問いに三人は笑顔で頷く。一番手は莉乃からだ。どうやら送られた順に開けるようだ。

 包装紙を綺麗に剥がして見えてきたのは白い小箱だった。その中にはヘアゴムが数個入っていた。白く綺麗な肉球のガラス細工がワンポイントだ。一個一個、肉球に個性がある。


「わぁーきれい! ありがとう! 早速明日から使うね!」

「そこまで喜んでくれるとこっちまで嬉しいわ」


 次は和子。


「……ボールペン?」

「これは護身用だ。相手の腕や胴体に突き差し、芯を出すようにクリックすると、先端から電気が流れる。逃げる隙をつくる護身用具だ」

「ありがとう」


 奈恵は少し困惑したが嬉しそうにお礼を伝える。想いがあってこその贈り物。無下にするような性格の持ち主はSクラスにはいない。


 それに奈恵は活躍している声優だ。表情はそこまででも声色だけなら七変化。嬉しい気持ちも十二分に乗せられる。


「最後は私のね」

「開けるね。……か、可愛い!! ありがとう!!」


 袋からでき来たのは淡い色合いのフリルが付いたワンピース。


「これはネグリジェなの。ルームウェアーにもできるし、就寝時にも着ていいやつ」


 奈恵は立ち上がり服をあてる。


「……指先でギリギリ」

「……袖も余しそうね」


 素材的には今時期から初夏まで使える。袖や肩、スカートの縁にはフリルがふんだんに使われ、首元の大きなリボンが着用者の可愛さを更に膨らます。


「その要素も奈恵の可愛さを引き立てているぞ」

「う、うーん。可愛いのは嬉しいけど……素直に喜べないよ!」


 和子の裏表がないストレートな物言いに、奈恵は嬉しそうな苦笑いという器用な表情を浮かべる。


「数年後にはぴったりになっているわよ」


 励ますも、嘘をつけない莉乃であった。


「年数……濁すのよくないと思います!」


 奈恵はビシッっと指を立てて突っ込む。


「それでも去年よりかは成長したわね。どれくらい伸びていたの?」


 特待生たちはGWに入る前に、体力測定や健康診断を済ませた。仕事や練習予定、試合などで同時には行っていない。個人個人でだ。


 故に、よくある友達同士で表を見せ合うみたいなことはない。また、本人次第だが企業やスポーツ団体などに結果を見せてもいいかどうかを尋ねられる。


 許可した場合は、就職や代表選抜がスムーズにいく。拒否しても、それらのときにもう一度測定するだけだ。


「〇.三センチも伸びていたよ! わたしにとっては快挙だよ!」

「それはいいことだ」

「よかったわね!」


 加奈未は意地が悪い笑顔を浮かべ問いかける。


「何センチになったの?」

「ついに一五〇センチの大台だよ!」

「……四捨五入して?」

「な、なんで分かったの!?」


 加奈未と奈恵は仲がいい。それは入学当初からだ。


「一年のも二年のも知っているからね。それに伸びた分を足せばね」

「そうですよーだ! どうせ四捨五入してだよ!」

「ほら、素直に白状しちゃお。結局何センチになったのかなー?」


 奈恵は口を尖らせて言う。


「一四九.六センチです」

「……そ、それはいいことだな」

「……そ、そうね。よかったわね」

「……小数点まで言っちゃうのは、小さい人の性なのかな。うんうん」


 二人は必死に合わせ、加奈未は一人納得する。

 そんな加奈未に奈恵は突っかかる。


「そんなことを言う口はこの口かー!」

「キャー! こら奈恵!」

「この口か! この口が! 小さいとかいうのは!」

「奈恵! 言動が一致していないわよ!! こら!」


 普通なら頬をムニムニするだろう。だが奈恵は胸をサワサワしている。改めて言うが、ここは女子しかいない空間である。


「そうですよ! どうせ私はちっちゃいですよーだ。加奈未ちゃんみたいに大きくないですよーだ」

「ちょっと奈恵! キャ! ダ、ダメよ!」


 蚊帳の外の二人は目を合わせ相談する。


「どうしたらいいのかしら?」

「妾は巻き込まれたくない。傍観する」

「……和子も大きいわよね」


 莉乃はジト目で武道少女の胸を見てしまう。


「そ、そんな目で見るな。莉乃も小さくはないだろ」

「私は平均よ!」

「なら羨ましがることもないだろ!」

「大は小を兼ねるのよ」

「そんなところで判断しない異性と会えるはずだ。安心しろ」

「……真面目に返されると何も言えないわね」


 クラスメイトたちが、そこで判断するかは未知数である。


「こら! い、いい加減にしなさい!」

「あぅ」


 最後は加奈未の軽いチョップが奈恵の脳天にさく裂して終わった。


「はぁ、はぁ、はぁ。くすぐるのはダメ!」

「うぅー。じゃ……ムニムニ揉む!」

「なんでそれはいいと思ったの!?」

「だってー」

「ダメなものはダメ!」


 いつものやり取りに他の二人も安堵した。

 莉乃は流れを戻さないためにも、気になっていたことを三人に尋ねる。


「話は変わるけど、聞きたいことがあったのよね」

「本当に急だ。いや、是非聞いてくれ」


 和子は自分に飛び火しないように話題転換に乗る。


「え? 何々?」

「やっとこの流れが終わるのね。大変だったわ……。それで莉乃の聞きたいことって?」


 二人も莉乃の話題に興味を示す。


「仮編入してくる西本良太についてよ。どんな人?」

「妾は四か月だけだ。彼については詳しくない。詳しいのは奈恵と加奈未だろ」


 莉乃と幸也は高校二年の四月にSクラスに編入。

 二人の代わりにAクラスに上がってきたのが西本良太。並びに石川いしかわ奈優なゆだ。


 和子は夏の総体剣道個人で二連覇を成し遂げた。他にも英知や一翔、美沙や咲も大会で好成績をだした。この五人は同時に九月から特待生となった。


 西本と過ごした時間は少ない。


「私たちは八か月一緒だったからね。それなりにはね」

「石川さんはいい人だよー」


 加奈未と奈恵は高校二年の一二月に特待生となった。


「初めて聞くわね」

「二人は幼馴染なの。彼女のおかげで西本君がクラスに馴染めたんだよー」

「彼女はとても優しい子だ」


 加奈未は少しため息をつく。


「彼だけでクラスに溶け込めるか心配ね。ただでさえ特待生たちはアクが強いのに」


 クラス委員長はとくに強い。


「あ! 西本君って現人君や龍治君と面識あるの?」

「……ないね。あの二人は私たちが上がってからはAクラスに行かなかったからね」


 奈恵の問いに莉乃が答える。


「それはヤバい」


 和子の言葉遣いに空気が一瞬固まるが、莉乃がすぐに話を進める。


「ひ、一悶着ありそうね」


 確実に何かあると……。四人の心中は一致した。誕生会にはそぐわない空気が場を包み込む。だが主役が手を叩き、それを吹き飛ばす。


「はい! 考え込むのもこれで終わり! 楽しいお話しよ! はい、加奈未ちゃん」

「ここで私に振るの!?」

「つぎー、莉乃ちゃん!」


 和子に言わないあたり、良心がある天然だ。


「そうね……。ならあの二人繋がりでアレでも話す?」

「いいな」

「アレには発破をかけられたわ」

「じゃーそれで!」


 話題も決まり四人はお菓子を摘まみながら当時のことを振り返る。


「朝のHRから一限まで全部つかったよねー」

「始業式終わって、残りは連絡事項だけっていう日だ」 


 二年生の四月。初めての登校日は始業式だけの学校が多い。一芸高校もそれだ。

 だがそれは現人と龍治の二人によって、Aクラスのみ例から漏れた。


「最初は時間が取られるって聞いて嫌だったわ。三週間もしない内にテストがあるっていうのに!! そんな気持ちだったわ」

「Sクラスの二人がAクラスの私たちに用事? 嫌味でも言いに来たのって思ったわ」

「加奈未ちゃんはあの時期少し荒れていたからね。ごめんね」

「あのときも言ったけど奈恵が悪いわけじゃないよ。悔しい気持ちはあったけど、それ以上に嬉しかったよ。今の私があるのは奈恵のおかげよ」

「えへへ、ありがとう」


 奈恵は高校一年の三月に声優の新人女優賞を受賞した。その結果で特待生になる権利を得た。学力は元から高い。だが、本人が加奈未と同じクラスでいたいと希望し、学校が承諾した。


 過去にも特待生を辞退する生徒は少なからずいた。理由は有名になりたくないや友達と一緒にいたいなど様々だ。


 その頃の加奈未は学力も一芸も特待生基準には到底及ばなかった。

 加奈未が基準を満たしたのは高校二年の一二月だ。学力は九月に及第点を得ていた。


 学校が評価した一芸は芸能。年間CM出演タレントランキング第五位の知名度と専属モデルとしてのタレント力である。


 奈恵のためにも、自分のためにも、毎日必死に努力をした結果だ。

 このことは加奈未のファンなら誰しもが知っている。なぜなら加奈未がインタビューで語っていたからだ。


 友達のおかげで頑張れたと。

 それが奈恵だと知っているのは、当時のAクラスとSクラスの面々だけである。


「現人がいきなり教室に入ってきて、妾たちを煽りだしたな」

「イラってしたわ! 龍治はプロジェクターの準備をしだすし」

「二人は当時のことを造語していたね」

「アマツヘレルだよね!」


 四人は振り返る。


 ――現人たちが教師に呼ばれて教室に入ってきたところを――

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