第44話 ラブコメ

「現人。いい調子」

「このまま勝ち逃げできればいいけど簡単ではないね」

「最後は現人君が活躍して優勝してほしいです」


 希子の乙女らしい願い。現在の順位は五二五点獲得のSクラスが一位。二位は四五〇点のA。三位は三七五点のJクラス。Cは一〇〇点。Dは七五点。FとHは五〇点。BEGIは無得点だ。


「他クラスは元運動部が出てくるわね」

「奈恵頑張れ」


 莉乃と加奈未は冷静に分析する。怪我などで運動部を退部する生徒も残念ながらいる。それでも学力系生徒よりも運動神経はいい。厳しい戦いになるだろう。


「みんな怪我しないで帰ってきてほしいね! 現人さん、打ち上げは期待していい?」

「もちろんだよ山次郎。青春らしいアレ(・・)を期待していてよ」


 残りの五人は少し不安に思っているようだ。だが、責任をもって走者を選んだ現人だけは皆を信じていた。それはいい意味でも悪い意味でもだ。


「それでは二人三脚第一回目を始めます。走者の皆さんは脚を結わえてください」


 ところ変わってスタート位置。数組からピンク色が醸し出されている。我がSクラスの幸也と有梨華はというと……もごもごしていた。


「そのー、脚、結わえてもいいかな……?」

「えっ、うっ……はぃ……」


 微かに聞き取れるくらいの弱弱しい声。有梨華は震えながら左足を出す。


「ありがとう」


 幸也は屈み脚を結わえ始める。


「ど、どうして……私?」

「理由? 一緒に仕事していて楽しかったからだね。だから二人三脚も有梨華となら楽しいと思って」

「そ、そか……ありが……とう」

「有梨華どう? 僕と二人三脚? あ、それよりも一緒にいて楽しい?」

「い、嫌なら……断ってりゅ」

「よかったー。ありがとう」


 恥ずかしさのあまり有梨華は噛む。だが幸也にはその理由が分からない。いや、何かあることすら理解できていない。ここにも無自覚な恋心があった。


「結べたよ。肩いいかな?」

「……はぃ」


 幸也は有梨華の肩に。有梨華は幸也の腰辺りに腕を回す。二人の身長差は一二センチ。有梨華は咲よりも一センチ小さい一五一センチだ。


「各走者準備が整ったようです。それでは合図をお願いします」


 幸也は無意識で腕に力を込めた。結果、強く抱かれる。


「ッツ!!」


 もう頬だけではなく顔全体が真っ赤だ。


「位置について。よーい。……ドン!!」


 二人はせーのの掛け声の後、いちに、いちに、と定番のリズムを取るが、数十歩目で有梨華が転びそうになる。幸也は咄嗟に脇に腕を回して支える。ところで話は変わるが、有梨華の身長は小さい。だが着痩せするタイプである。長袖裾長では特にその性質がでていた。何が言いたいかというと、ラブコメといえばのアレが起きたのだ。


「ご、ごめん!」

「あぅ……ありが……とぅ……」

「こ、こちらこそありがと!?」


 焦りすぎて普段は絶対思わないし言わない意味不明な幸也の感謝に、有梨華は更に恥ずかしがる。競技中にこのようなやり取り。二人は無論最下位だ。実況は先頭争いに注目していた。


「本当に勝つつもりで、あの二人を選んだの?」


 莉乃は鋭く睨みつける。周りのクラスメイトは現人の意図を推測できている。それでも、その返しには興味津々だ。


「勝ってほしい気持ちで選んだよ」

「その言い方!! 勝てると思っていなかったわけね」

「何が起こるか分からないのが勝負の世界。……だけど、あの二人は限りなく低いね」

「ならなぜ!?」


 声も刺々しいものになる。


「彼が立候補して有梨華を誘い、彼女がそれを受け入れた。これも青春じゃないかな?」

「そ、それはそうだけど……」

「たとえ彼が無自覚でも、それは青春の芽生え。応援したくなるのがクラスメイトであり、友達だよ。みんなもそう思っているよ」


 現人は視線でクラスメイトたちを見る。莉乃もそれにつられて視線を向ける。


「羨ましい! 恋愛禁止ってわけじゃないけど、異性からの応援は減るからね。自重している私からすると、やっぱり羨ましいし応援もしたくなっちゃう」


 いの一番に同意したのは加奈未だ。異性のファンも多い彼女。特定の相手がいるとなれば、ファンは目に見えて減る。大衆向けの人気商売とはそういう側面もある。だからといって過度なモテない発言や好きなタイプが一般的ではないなどの発言も良くない。匂わせはもってのほかだ。


 人気商売もして、尚且つ恋愛もしたいのであれば、そういうキャラや売り方を最初からすればいいだけ。偽るのはよくない。


「わたくしも応援しました」

「僕もわかっていたよー」

「俺も」


 山次郎と龍治は同意する。


「俺もだぜ!!」

「右に同じく」

「妾もだ」

「うちも」


 話し声が聞こえていたのか、帰ってきていた四人も一斉に述べる。


「もしかして私だけ!?」


 その問いに全員が無慈悲に大きく頷く。


「そ、そうだったのね……」


 山次郎や希子のような役目なら当初から納得もしていた。だが幸也はチームのための立候補ではない。人一倍まじめな莉乃は寸分の狂いもなく勝利を求めていた。大前提の青春を味わうことを忘れて。この事実に莉乃は少し落ち込む。普段の強気な態度も剥がれぎみだ。


「莉乃はそういう真面目なところがあるからね。今回は何事にも真直ぐな姿勢が裏目に出ただけ。それも君の魅力の一つ。落ち込む必要もないよ」


 あのあからさまな誘いの真意に気づいていないのは本人たちだけだと思い、ちゃんと説明していなかった。故に現人はフォローをした。


「……ありがとう」

「気にしなくていいよ」


 今回も全員が大きく頷く。ただ、その顔や想いは別種のものだった。


「ゴール!! 一位はJ!! 二位はAクラス!! そして三位は大健闘をしたGクラス!! 皆さん大きな拍手をお願いします!!」


 一〇クラスがゴールしても最下位の二人はまだ走っていた。残りは正面のストレートのみ。幸也は満足げに走っているが、有梨華は顔が真っ赤だ。さらに二人を応援する野次的な歓声が起こるたびに有梨華は俯く。対照的な二人だ。それでもちゃんとした走りなのは有梨華だ。幸也はどこかふわふわして拙さが際立っている。


「あと少しだよ。最後まで頑張ろう」

「ッツ!!」


 恥ずかしくて俯いているのに、幸也は疲れで視線が下に向いていると勘違いする。有梨華の羞恥心はいろいろな事柄からくる。単純に異性と密着しているから、いろんな人から注目されているから、声で話さないといけないから、少女漫画などでありがちな状況だから、ラブコメ的な展開があったから、などなど。


「Sクラスついにゴール!! 最後まで諦めなかった初々しいカップルに大きな拍手を!!」


 拍手も送られるが大半は揶揄からかい。有梨華は素早い動きで足の布を解き、機敏な動きで通路に向けて走りだした。幸也は置いてけぼり。少し寂しい気持ちになったが、幸也は客席に足を向けるのであった。


「第二走者の皆さんは準備をしてください」


 一回目と同じで何組かはカップルがいる。ピンク色の雰囲気だ。奈恵と咲はスタート地点でキャッキャしながら布で足を結わえる。微笑ましい女子らしいやり取りは、傍から見るとカップルより目立っている。それほどまでに奈恵の注目度は高い。そして奈恵と同じような系統の咲も、ファンは注目してしまう。


「準備が整いました。それでは合図をお願いします!!」

「位置について。よーい。……ドン!!」


 この掛け声もこれで最後。名残惜しいが走者にはそんなこと関係ない。一斉にスタート。何組かはごまごましたり躓いたりしたが半数以上はしっかり走っている。


「先ほどの一位のJクラスと二位のAクラス。今回も好調に飛ばしています!! その後ろには微笑ましいSクラスの二人がいます。堀村奈恵さんはお昼休みにパフォーマンスをしてくださった一人です!!」


 実況の説明に奈恵のファンは愛称で呼びかける。ライブやサイン会、公開録音ラジオなら奈恵も手を振って応えるくらいのサービスはする。だが今は競技中。そんな余裕はない。


「いち、に! いち、に!」


 可愛い声がよく響き渡る。順位や速度は変わらず。というよりも二人三脚で追い抜くのは至難の業である。


「今先頭がゴール!! 今回も一位はJクラス!! 二位はAクラス!! そして三位はSクラス!! 前回の最下位はなんのその!! 各走者に大きな拍手を!!」


 奈恵と咲は布を取りファンの歓声に応える。


「二人ともお疲れ様。三位おめでとう」

「お疲れ様」

「おつかれー!!」


 そんな二人に声を掛けたのはスウェーデンリレーの走者たちだ。ただ、良太だけは羨ましそうに見るだけで輪からは少し離れていた。

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