第43話 勇気をください
「速いわね」
「走ってきたからね」
「それはまたなぜ?」
「親友の走りを見たいからね」
本来なら大事を取って歩いてくるものだ。現人の笑みに二人は苦笑いで応える。
「それでは借り物競走二回目を始めます!!」
「位置について。よーい。……ドン!!」
今回も出遅れ無し。Sクラスは黒スーツ姿で黒緑眼鏡の夏川龍治。黒の革手袋は細く長い指を引き立てる。落ち着きがある大人の雰囲気だが、どこか鋭さも兼ね備えている。そんな彼が何を言い、どうするか。女子生徒たちはスタート前から楽しみでしかない。
Aクラスは大正ロマン溢れる女学生スタイルの石川奈優。はいからさんともいう。特に速い走者もいない。ほとんど横一線だ。こうなってしまうと第一の関門が渋滞する。三番目に龍治の番が回ってきた。不敵な笑みを浮かべ、眼鏡をクイッっと直した状態のまま台詞を言う。
「ふふっ。全てを私に任せなさい」
「キャアア!!」
大きな声が所々で上がる。人数自体は少ないが、その声量は加奈未のときと同じ。突破である。次の番は奈優だ。可愛い髪飾りが彼女の可愛らしさを引き立てている。
「
全体的には高飛車なお嬢様。最後はどこかツーンとした態度。ただ奈優の性格が前面に出ているため、強勢を張っている弱弱しい女学生になった。
「うおおぉぉ」
「可愛いぃ!!」
だがそれが受けた。良太も歓声を上げた一人だ。ただ、他の男子の歓声に少しの苛立ちも覚えた。彼らしい独占欲的な嫉妬である。それでも龍治に続いての突破である。
「先頭のSクラス!! クジを引き内容を確認した!! 迷いもなく客席に向かうぞ!! そして少し遅れて来たAクラスもクジの中を見る!! おっと、どうしたことだ!! 盛大に顔を赤らめているぞ!! 恥ずかしそうに客席に向かいます。三位はJクラスだ!!」
Jクラスのコスプレは北海道らしい姿だった。つなぎ服に黒の長靴。右手にはパイプが付いた吸引ヘッド。酪農家という設定だった。台詞は奮い立たす系というよりかは、同情を誘うような内容だった。
「西本良太君!! 準備を!!」
お節介だと思いながらも現人は声をかける。
「はぁ? なんで僕が!?」
「いいから通路の近くにいなさい!!」
「西本君!! 速くしないと!!」
莉乃には強く言われ、奈恵にも催促される。それでも良太は動こうとしない
「速くしなさい」
「……妾が引きずってでも動かそうかの」
帰ってきていた加奈未も参戦する。和子は手をグーパーグーパーながら威圧する。流石の良太も焦る。
「わかったわかった!! 動くから!!」
逃げ足でスタコラサッサっと移動し始める。そして龍治が客席に姿を表し現人に歩み寄る。
「現人」
「内容は何かな?」
「山陽道生まれ」
「納得したよ。行こう」
龍治は大きく頷き来た道を戻り始める。現人は後ろから付いて行く。現人の出身地、親の実家または選挙地盤は広島県第六区の尾道市。地主だったり、山守だったり、御用商人だったり、いろいろな家と婚姻を経て今がある。
「良太君!! ……一緒に来て」
「僕!? クジの内容は?」
二人が通路に向かうと、目の前でそんなやり取りをし始めた。特待生たちは良太にお節介をかけた。なら最後までかけたくなるのも人情。
「いいから君も行くよ」
「はぁ!?」
「いいから」
「なんで僕が!?」
「良太君……ダメ?」
奈優の震えた声を聞いた特待生たちは次々にお節介をかける。そしてついに良太は根負けする
「わかつたわかつた! 行きます。いけばいいんでしょ!!」
「ありがとう!! 速くいこ!」
本人からしたら意味も分からないため迷惑だろうが奈優からすると有難い。良太は現人に向かって言い切る。
「負けないからな!!」
「先頭争いも楽しいものだね」
「ック!! 奈優!! 行くぞ!!」
「うん!!」
そして四人はトラックに足を向ける。入れ違いに他クラスの生徒たちもやってきた。
「これぞ青春!!」
「ピンク色の気配を感じました! とても楽しみです」
「咲もですぅ!!」
「あの二人がどうなるか今から楽しみだわ」
「これはいい青春!! 役に活かせそうだよー」
莉乃、希子、咲、加奈未、奈恵は少女漫画のような展開に心を躍らせる。和子と美沙は次の競技のため軽い運動を始めていたが、かなり気になっていた。有梨華は二人三脚が近づいてきたため、自分のことで手一杯だった。気にする余裕がない。
そうこうしている内に現人たちはトラックを走り合っていた。本気の走りだ。四人とも五〇mのタイムはコンマ一、二秒違い。先頭のデッドヒートは熾烈を極めていた。
「先生」
「お願いします!!」
龍治たちは教師にクジを同時に見せる。
「山陽道生まれの生徒」
「長い時間、隣にいた人。もしくはいてほしい人」
二人の教師は走者に確認を求める視線を送る。龍治は大きく頷き、奈優は赤くなって俯く。
「荒世現人です。出身地は広島県尾道市」
教師は赤旗を大きく振り上げる。これで現人たちは先に進めるのだが、彼らは留まる。
「君、彼はいた人? それともいてほしい人?」
「えっと、あの……その……」
もはや奈優の照れが答えである。それでも宣言をしなければいけない。教師は待つ。良太はもしかしてと思い顔を赤くするが、なぜか得意げだ。
「チャンス」
「がんばれ」
敵である二人も奈優を応援する。
「いいぃい!! い、い、いた人です!! あ」
教師はどこかガッカリしながらも確認をとる。
「君、自己紹介を」
「えっ!? あっはい。西本良太。奈優とは小さいころから家が隣です」
それを聞いた教師は赤旗を大きく振るう。
「どんまい」
「切り替えて走ろうか」
現人たちは咄嗟に良太を慰める。
「う、うるさいな!! 奈優、走るぞ」
「う、うん!!」
再び四人で走り出すが、徐々に奈優のペースが落ちていく。
「先に行くね」
「勝つ」
二人は気にせず先に行く。勝負だから仕方がない。
「りょ、良太君……ご、ごめんね」
「気にしなくていいぞ。それにほら、僕はSクラスだからさ」
「あ、ありがとう」
奈優のペースに合わせた良太。現人はしみじみと呟く。
「恋は人を変えるね」
「真面目に走れ」
「ごめん」
そして二人は一位でゴールした。二位は奈優たち。四人が息を整えていると、Jクラスがゴールした。現人は奈優たちを揶揄おうと思ったが辞めた。良太が悲しそうにしていたからだ。
「戻ろうか」
「いいのか?」
「もちろんだよ」
二人は拍手に応えながら客席に戻る。途中、混合リレーに出場する四人とすれ違った。勝利を称えられた二人は満足げに笑い合う。次はハイタッチをして四人を鼓舞する。客席に戻ると今度は莉乃たちに称えられた。そうしていると混合リレー決勝開始のアナウンスが流れる。
「準備が整いました!! 男女混合クラス対抗二〇〇mリレーを始めたいと思います!! それでは先生よろしくお願いします!!」
「on your marks! SET!」
恒例の音が鳴り歓声が沸き上がる。
「第一走者一斉にスタート!! 決勝はSACJの四名です!!」
全員余力を残さない走り。予選と違い抜け出るような走者はいない。そしてそのまま二〇〇mが終わる。
「和子!!」
「頼む!!」
各クラス同じようなことを言いながら第二走者にバトンが渡る。
「注目の第二走者!! 松茂一翔!! 一〇〇m走では見事優勝しました!! ここでもその走りを見せてくれるか!?」
煽りが効いたのか一翔はスピードを上げる。この後のことを一切考えていない走りだ。
「おっと私の声が届いたのか、スピードを上げる上げる!! それに付いて行くのはJクラスのみ!! 少し後ろにはAクラス!! そしてCクラス!!」
一位争いはSとJ。まさにゴール間際のようなデッドヒート。
「美沙!!」
「はいっ!!」
二クラスの争いは第三走者に渡った後も続く。抜かれれば抜き返しの繰り返し。三位のAクラスまでは、かなりの距離が開いている。
「英知!!」
「おう!!」
SとJのみがアンカーにバトンが渡る。アンカーたちは必死に走る。
「二〇〇mの!! いや、第二走者から続く先頭争い!! もうすでに五五〇m!! ゴールまで残り五〇m!!」
英知の五〇m走は六.一秒。それに付いて行くJクラスの走者も流石としか言い表せない。陸上部でなくてもこれだけの好タイム。一芸高校のスポーツ組の層は厚い。 あとは意地だ。
「残りあと少し!! 先頭争いはもつれたままゴー……いや!! 柴浦英知が一歩分、抜け出た!! そのままフィニッシュ!! 壮大な争いの末、一位はSクラス!! 二位はJクラス!!」
生徒たちは拍手や歓声で彼ら二人を称える。Sクラスの面々も声をあげて喜び合う。次の競技走者の幸也と有梨華。奈恵と咲は運営テントから拍手を送る。走者の四人も嬉しそうに手を振って応える。
「三位はAクラス!! 四位はCクラスでした!! 彼らにも大きな拍手をお願いします」
結果は残念だが最下位のクラスも予選を勝ち上がた者たち。拍手を受ける権利はある。
「Sクラスは徒競走競技一位です。スウェーデンリレーも期待がもてます!! それでは二人三脚の走者はテントまでお越しください」
脚を結わえる布や怪我した際の注意点などなど、この競技は他よりもしっかり通達する。他の競技よりも転倒や捻挫しやすいなどのリスクが高い。故に運動部は選ばないのが通例だ。
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