第42話 底力

「次は一〇〇m走決勝です!! 予選で見せた白熱した争い。この決勝で再び拝めるのか!! それともあっさり決まってしまうのか!! 徒競走種目第一回目決勝!! 今から楽しみです!! 走者はスタート位置にお越しください」


 徒競走は盛り上がる。その一回目だ。走者は生徒からの注目も人一倍。英知はその走者に向けて拳を突き出す。


「きめてこい」

「おう!!」


 親友はそれに応える。男子らしいロマン溢れる青春の一ページ。そのあとはクラスメイトたちとハイタッチを交わし通路に足を向ける。野球少年がトラックに姿を現すと、Sクラスの客席に女子二人が戻ってきた。


「莉乃、希子。お疲れ様。とてもいい走りだったよ」

「ナイス」

「試合にも勝負にも勝ったね」


 一番に声を掛けたのは仲がいい現人。次に龍治と幸也だ。そのあとに加奈未や奈恵たちが声をかけた。ハイタッチで応える。


「ありがとう!」

「すみません」


 希子は申し訳なさそうに頭を下げる。


「気にしなくて大丈夫。確かに試合には負けたけど、希子の走りは皆の心に残ったよ」

「そうだよー! あの拍手は希子ちゃんに送られたものだよー!」

「妾からしてもいい走りだった」

「すごーく頑張った!! 希子っちは頑張ったよ!!」


 女子たちの慰めで希子に笑顔が戻ったが、まだしこりがある。現人はそんな彼女をもう一度褒める。


「順位が取れない責任は私にある。私は君らしい走りが見られて嬉しいよ」


 皆がその言葉の後にしっかりと頷く。希子はそれを見て、クラスメイトたちの気持ちを感じ取った。


「……ありがとうございます!」


 彼女らしい笑顔を見て学友たちは安心した。そして空気を変える。


「もうすぐ一〇〇m走決勝だよ。一緒に応援しよう」

「速く」

「希子は私の隣ね」

「莉乃さんありがとうございます!」


 全員がいつもの雰囲気を感じ、気持ちを応援に切り替える。希子も山次郎と同じで貧乏くじ。


「準備が整いました。一〇〇m決勝を始めます」


 アナウンサーの宣言に三年生たちのテンションは上がる。歓声が走者たちに向かう。出場選手はSAEJの四クラス。


「それではスタート合図をお願いします。」

「on your marks!  SET!」


 一瞬の静けさの後に、大きな乾いた音が鳴る。そのあとは応援や歓声が競技場を包み込む。


「スタートは横一線!! 誰も抜け出していない!!」


 一一秒ちょっとで終わる競走。誰もが先頭を譲らず無酸素で必死に走る。


「そしてそのままフィニッシュ!! 写真判定に入ります!!」


 走者たちは大きな呼吸音を立て酸素を得ようとする。その目線は写真が出る掲示板だ。客席の生徒たちは各自思い思いの勝者を言い合う。


「出ました!! 一位は……Sクラス!! 松茂一翔だあああ!!」

「よっしゃ!!」

「くっそがあああ!!」


 そしてクラスメイトたちも大喜びする。


「現人!」

「龍治!」


 二人は盛大なハイタッチをかます。続いて莉乃と幸也、希子とも。


「やったー! やったよー! 勝ったよー!」

「優勝に近づいたわ」


 抱き合うのは奈恵と加奈未。


「妾も負けてられん」

「うちも頑張るよ!」

「流石一翔さん!! 僕も勝っていれば……!」

「さきもがんばりまぁーす!!」


 英知は勝者に向けてサムズアップを。親友は笑顔で返す。


「龍治、加奈未。二人共頑張ってね!」


 委員長の励ましを受けた二人はしっかりと頷く。そしてクラスメイトたちとハイタッチを交わし、移動を始める。


「興奮が冷めていませんが時間もありません。次の借り物競走を始めます。走者は運営テントまでお越しください」


 借り物競技は走る前からすでに勝負が始まっている。なぜなら事前に仮装クジを引くからだ。有り体に言えばコスプレである。更衣室はプレハブ小屋だ。無論男女別。元は大会の審判や運営スタッフの荷物置場である。


 全クラス一斉にスタート。一〇〇m先で各自がコスプレに合ったポーズやセリフをカメラに向けて言う。それは掲示板に映し出され、生徒たちの歓声などで良不良りょうふりょうを決めるのが第一の関門だ。ここからさらに一〇〇m先で更にクジを引く。内容は借り物競走らしいクジである。


 定番の好きな人や気になる異性。はたまた物や服。教師などもある。他にも○○に詳しい人や○○で活躍している人などのコアなお題もある。第二の関門はクジ引き位置から一〇〇m先だ。教師がクジの合否を下す。問題なければゴールに走れる。却下されると戻ってクジを引き直すか、別の物を借りてくるかになる。


 そして一番にゴールした人が一位だ。この競技はお遊びの面が他競技より強い。運営テントには校長先生や理事長、役員や教科担当の教師たちも見に来ていた。


「準備が整いました」


 第一走者の中で目を引くのはやはり加奈未だ。奈優は龍治と同じ第二走者。


「この第一走者で注目の的はSクラスの長藤加奈未さんだ!! 仮装クジはディアンドル!! ミニ丈かロング丈か選べましたか、彼女は走りづらいロング丈を選びました!!」


 長いスカートのおかげで正道な民族衣装になった。重厚感やその衣装に纏わる歴史が伺えてくる。可愛らしさで男女ともに声をあげる。他は警察官や看護師、メイド服や巫女服。消防士やサンタまである。


「それではスタート合図をお願いします」


 走者たちはクラウチングスタートではなく、体を起こした状態で準備を終える。


「位置について。よーい。……ドン!!」


 今日何回か目のピストルが鳴る。


「フライングやスタート遅れはないですが、速度差は明らか!! 注目の長藤さんは中盤の中の一人です。先頭はここでもJクラス。速さだけは流石だ」


 この競技は客席の反応が重要だ。簡単に言えば受けがいい生徒が有利だ。いの一番にJクラスの女生徒が第一関門に到着してポーズをとってセリフを言う。だが受けはそこまでだった。やりなおしである。続々と挑戦するが、突破するほどの歓声は得られていない。その走者のクラスだけの歓声などはあるが、それで突破できるほど甘くはない。


「おおっと! この歓声は突破に十分でしょう! 一番に抜け出たのはCクラス!! ミニ巫女服でキャピキャピ系アイドル!! そのポーズとセリフで突破だー!!」


 このCクラスの女子生徒は大人数のアイドルグループに所属している。芸風は男受けしそうなキャラである。ソロで活躍できるほどの人気度はない。運動神経も学力もいいが、一芸高校では平均。故にCクラス。


「ついに真打登場だ!! 民族衣装を十二分に活かしきれるか!?」


 実況役の盛大な煽り。普段なら余計なお世話だが、慣れている加奈未からすれば有難い流れである。


「ご主人様? 何か御用かしら?」


 上目目線で生徒たちに向かって言う。効果はバツグンだ!! 男子生徒の歓声は今日一番。


「これは文句なしでの突破だあああ!!」


 ディアンドルの出自は労働着。若い女性の小間使いたちが着ていた服だ。故に加奈未のセリフは服装に合っている。加奈未は急いでCクラスの後を追う。後ろでは各クラスが挑戦していた。


「先頭はSとC!! 二人同時にクジを引く!! さあ中身を確認して……二人同時に動き出したぞ!!」


 二人は客席に向けて走り出した。足の速さは加奈未が少し勝っている。加奈未が最初に姿を表すだろう。通路は怪我をしないように歩くことがルールだ。


「咲! 私と一緒にきて!」

「わかりましたぁー」


 加奈未のクジは咲が関係しているのだろう。そのとき全クラスが第一関門を突破した。


「荒世現人さん!! 一緒に付いてきてください!!」

「……よかったら内容を教えてくれないかな?」

「え? そうですよね!! ごめんなさい」


 一瞬戸惑ったが、すぐに上目遣いで媚びるようにクジを見せる。


「校内で一番知名度がある人か。……なるほどね」

「だから速く!!」


 加奈未と咲は既に動き出していた。計算したキャラが焦りによって少し剥がれる。


「わかったよ」

「ありがとう!!」


 男に受けがいいとびっきりの笑顔。現人は呆れながらも彼女に付いて行く。取り残された面々は現人に同情の目を向けていた。加奈未たちがトラックに現れたころ、他のクラスの走者たちも客席に来ていた。誰々さん一緒に来てくださいだったり、お付き合いしている相手を誘っていたり、誰でもいいのでアレを貸してくださいだったり、騒がしくなった。


「Sクラス!! クジの合否に挑みます。赤旗が上がれば合格!! 白旗が上がればやり直し!! 結果は如何に!!」


 合否を下す教師は複数いる。クジを受け取った教師は加奈未に命令する。


「……将棋に詳しい人。では、この詰将棋を解いてください」


 強くなくても詳しければ解ける程度。具体的に言えば、大体二一手詰。問題数は三つ。


「咲!!」

「わかりましたぁー。あっ、全部咲が制作したやつですぅ」

「流石ね!!」

「任せてくださいぃ!」


 普段では見せない俊敏な手捌きで問題をあっという間に解き終わる。


「合格です」

「やった!! 咲!! 走ろう!!」

「はいぃ!」


 赤旗が振られ二人は喜びゴールに向けて走りだす。Cクラスの走者と現人がやってきた。


「先生!! 私のも見てください!」

「……校内で一番知名度がある人」

「はい! 特待生の荒川現人君です!!」

「……不正解!!」


 白旗が上がる。走者は不服そうに問い詰める。


「なんでですか!?」

「確かに荒川君の知名度は高いです。でもそれは特待生全員に当てはまります。それ以上に知名度が高い、いや全校生徒に知られている人がいます」

「なっ!!」

「探し出してください」

「がんばってね」


 教師と現人は揃って送り出す。走者は悔しそうだ。現人は教師に許可を取って客席に戻り始める。その途中、誰も聞いていないことをいいことに正解を呟く。


「答えは校長先生か理事長先生だろうね」


 毎週一回は行う朝礼。または学校行事。一芸高校ではこの二人のどちらかが必ず話す。学校運営の最高責任者からの立場からと、学校経営の最高責任者からの話だ。他校のような、薬にも毒にもならないただ長い話ではない。いや、無駄に時間を奪うのは毒だろうか。


 この高校ではそういう立場からの専門的な話である。おかげで学校方針を生徒たちは詳しく知ることができている。


「Sクラス!! 余裕を持って今、ゴール!! 他クラスはまだクジの合否で詰まっているぞ!! 圧倒的な勝利です!! この二人に大きな拍手を!!」


 二人は応えるように大きく手を振るう。そのせいで拍手だけではなく黄色い声も飛び交う。他クラスの生徒なら咲を誘うのに勇気がいり、少し時間がかかったかもしれない。または咲以外の人を誘ったかもしれない。。クジ運もよかった。流石加奈未である。


 最終的な順位は一位S。二位A。三位はJ。調子がよかったCクラスは惜しい。四位だった。

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