第41話 試合に勝って勝負にも勝つ

「各走者一斉にスタート。全員同時にボールを取り、ドリブルを始めたぞ!! おおっと、Eがボールを蹴ってしまった!! これは痛恨のミス!!」


 拙いドリブルで進むクラスも少なからずいた。


「元バスケ部だけはあるねー」

「幸也。元と言ってもジュニアバスケと中学部活だよ。正確に言わないと一芸高校のバスケ部と誤解してしまう」

「僕らの周りいる特待生たちは知っているから、その指摘は的を射てはいないね。よくて掠りかな」

「応援」


 咎められた二人は一言謝り声援を送り始める。流石元バスケ部でレギュラーをはっていただけはある。経験者らしく手首のスナップを効かせて悠々と走っている。だが、現バスケ部のJクラスには負けている。Jクラスの女子はバスケでの一芸受験だ。


 それに比べ莉乃は巧くても、他高からスポーツ推薦をもらえるほどの腕前ではなかった。その実力差は明らかだ。先頭はJクラス。少し間が空き莉乃とFクラスが二位争いだ。


「先頭は早くもパズルに取り掛かる!! 手古摺る人は手古摺るが所詮子供向け!! 簡単にクリアーしてほしいです!!」

「えぇー!! なんで!! これここでしょ!! なんで入らないのよ!!」

「流石Jクラス!! ピースに文句を言っているぞ!!」


 盛大な煽り。ある意味スポーツ特化のクラスだけはある。


「その隙に二位争いのクラスが到着!! Jクラスは頭を揺らし身体をくねらせて唸っているぞ!! 他のクラスも続々と到着。最下位のEクラスも取り掛かりました。おっと、そういっている間にSが突破!!」


 莉乃が一番に突破すると、Sクラスから大きな歓声が沸き上がった。少ししてからAクラスを皮切りに続々と他クラスも完成させる。Jクラスもなんとか完成させたようだ。


「平均台の先頭はSクラス。ゆっくりだが確実に進んでいるぞ!! これはロスをなくすいい作戦だ!!」


 半分に差し掛かろうとしたときに、他のクラスも平均台を渡り始めた。


「ここでボールを蹴ってしまった最下位のEクラスが、すさまじい速さで駆け抜けていくぞ!! えー手元の資料によりますと、彼は新体操部所属のようです!! バランスはピカ一です!! 説明している間に突破しました。これは凄い!!」


 バランスに優れていた生徒は彼だけで、他クラスは落としたり倒したりと悪戦苦闘だ。一挙手一投足の間に順位が入れ替わるっている。


「続いてSクラスが突破しました!! まだまだ序盤! 誰が勝者になるかわかりません!!」


 先頭は少し前。


「いい位置」

「次は運勝負。だけど神はサイコロを振らない。莉乃ならきっと簡単に突破してくれるよ」

「その通りだ。神の我は結果が見えている」

「応援」


 特待生の中で一番真面目に応援しているは龍治であった。次に感情が表に出やすい一翔だ。そうこうしているうちに先頭はじゃんけんを始める。だが、あいこや負けが連続した。逆に莉乃は幸也が言ったように一発でクリアーした。しかも止まらず、走りながらである。性格がよくでたやりかただ。


「先頭はSクラス!! すぐ後ろには各クラスが!! 残りは半分!! 次は網潜り!!」


 莉乃が最初に突入する。それに続き他の全生徒が一斉に潜り始める。まさに豊漁。大漁旗がはためく幻影が目に浮かぶほど。各自悪戦苦闘しながら網と戯れる。骨ばっている男子生徒や凹凸が激しい女子生徒、身長が高い生徒は苦労している。


 特にそうでもない莉乃は先頭のまま潜り抜けた。二位との差は少し開いた。ここからは運動神経や器用がものをいう。他の走者と比べると莉乃は分が悪い。このリードだけでは心もとない。


「躓くと思われた特待生ですが順調に飛び越えています!! これは大番狂わせだ!!」


 応援を送っていた生徒たちも騒めく。ただ、Sクラスの面々はどこか安心したような、したり顔だった。


「特訓の成果」

「そうだね」


 Sクラスの面々は男女に分かれ各競技にとって有効な特訓をしていた。内容は柔軟だったり、フォームの改善だったり、基礎的なことだ。ご都合主義な特訓はない。


 脚を上げ飛び越えるハードルは柔軟や歩幅の調整など、理論とコツさえつかめば比較的簡単に大きな成果が出せる。専門競技となれば話は変わるが体育祭程度なら効果はある。その特訓は次の走り縄跳びにも生かされていた。


「縄跳びも一位で突破!! 残すところはグルグルバットで五〇m走だけ!! だが後続との差はほとんどないぞ!!」


 やはりあれだけのリードでは心もとなかった。後続は順位を入れ替わりながら団子状態で莉乃の影を一瞬踏む。だが並ぶことはない。なぜならここで全員が一旦散らばるからだ。


 バットの先端は地面に、グリップエンドは額につけて一〇回回る。これは三半規管が強い走者が有利である。それに強いスポーツ選手が走者の中にいる。しかも回転に特化した選手だ。


「Aクラス!! 人一倍速く回っています。って言っている間に回り終えました!! 凄いぞ凄い!! まっすぐ走っています!! まったく揺れずに真っすぐです!! 流石現役のフィギュア選手!!」


 彼女は入賞こそするがメダルを取ったことはない。故に特待生になれるほどの一芸は持っていない。勉強もあと少し足りない。


「だが走る速さは遅いぞ!! そして次はSクラスが走り出した!!」


 滑ることに特化しているため、身体は柔らかく体幹や下半身は強い。ただ、走るためと滑りながら飛ぶ筋力は全然違う。故に体力テスト系の数値は軒並み平均かそれ以下である。それに比べ莉乃の身体能力は一芸高校では平均以上。世間的には高いに分類される。元バスケ部だけあって瞬発力もそれなりにある。それは走りにも活かされている。


「蛇行しながらも先頭との差は徐々に詰まる!! 他のクラスも走り出した!!」


 莉乃に追いつくため速く回ったようだ。各クラス大きく蛇行している。それでもスピードは莉乃たちよりも速い。差も安心できるほど開いていない。


「おっと後ろは将棋倒しだ!! 無事なのは五クラスのみ!!」


 一人が他の走者にぶつかり二人がもつれながら倒れる。そして後ろにいた人たちが、それに躓き倒れる。下がマットのため怪我はないが順位は絶望的だ。


「おっとSクラスが先頭に追い付いたぞ!! すぐ後ろには大きく蛇行しているJクラス!! 残り一〇m!!」


 三人とも個性溢れる走りでゴールを目指す。そして数秒後。大きな歓声や悲鳴がこだました。


「ゴール!! 最後は三人横並び!! 一位と三位のタイムはコンマ差!! そして二人を抜き去り一位に輝いたのは……Sクラス!! おめでとうございます!!」


 アナウンサーが宣言すると走者たちに向けて多く大きな拍手が送られる。特待生たちも客席で喜び合い、希子もスタート位置で嬉しそうに拍手をしていた。しかし過剰までに施された両手のテーピングでは音は出ない。


「よしっ!」

「勝った」

「流石莉乃だ」


 Sクラスは一位の一〇〇点を獲得した。大縄跳びも三位の五〇点をもらえている。合計一五〇点だ。活躍したAクラスの合計は一七五点。Jクラスは一二五点だ。


「やったね! 一位だよ!!」

「そうね!! 優勝への第一歩!! 次は希子ね」

「そうだよー!! 頑張って!!」


 女子たちはキャッキャと喜び合いながら希子に手を振っていた。


「厳しいな」

「英知?」

「CDGHの走者が強い」

「たとえそうでも応援すれば届くだろ!!」

「……そうだな。応援しないとな」

「そうだぜ!!」


 他の走者はその分野では有名な生徒だ。Cの生徒は陸上部所属の四〇〇mハードル選手。Dはサッカー部でFW。英知と同じレギュラーだ。Gはバスケ部レギュラー。Hは美沙のライバルで校内二位のバドミントン選手だ。全員体力や器用さ、速さも兼ね備えている。


「それでは第二走者を始めます。合図をお願いします」


 希子もやる気満々だ。手はテーピングだけではなく、分厚い革手袋が追加されていた。


「位置について。よーい。……ドン!!」


 同じ掛け声で二回目が始まる。スタートは横一線。そしてドリブルが始まると、一回目よりはっきりと差が開く。希子は指を痛めないように、小学生の未経験者のような拙いドリブルで走る。無論最下位だ。大事な指を守るため致し方ない。


 他クラスがパズルを解き終わるときに希子は取り掛かる。圧倒的な最下位。それでも希子は楽しそうな笑顔で一生懸命に競技に励んでいる。平均台から落ちても笑顔だ。じゃんけんは莉乃と同じで一回で勝った。そのときの笑顔は彼女の音色と同じ。可憐で人々を魅了するものだった。


 網潜りも一生懸命。ハードルは倒した数が多い。縄跳びはそれなりに飛べていた。特訓の成果が少しは出た。


「ゴール!! 一位はC!! 二位はD。三位はHクラスです!!」


 一位の走者に盛大な拍手が送られる。希子はゆっくりと、ふらふらと、長い髪を揺らしながら走る。唯一ゴールしていない希子を生徒たちは見守る。そして勝者に送られていた拍手は楽しそうな笑顔で一生懸命に走っている希子に向けられていた。


「最後の走者も……笑顔でゴール!! 会場からは大きな拍手や歓声が送られています」


 中には指笛をするものもいた。そんな状況化で幸也は軽口を投げかける。


「あの笑顔に恋する生徒が出てくるかもしれないね。婚約者としてどう?」

「それで彼女が成長できるなら私は大いに嬉しいね」

「……反論でもしてくれたら楽しかったのに。残念だよ」

「そういう幸也こそ有梨華との二人三脚はどう?」


 堂が入った含みがある笑顔で尋ね返す。現人も少し苛立ったのかもしれない。


「その場にいたのに聞くのかい?」

「もちろんだとも。君の口から現状を語ってほしくてね」

「……。流石は腹黒い委員長」

「あはは。幸也には負けるよ。それで? うん?」


 満面の笑みで催促する。幸也は大きなため息をつき寂しそうに現状を話す。


「……はぁ。……練習もできていないね」

「あれ。二人で走っていたよね?」

「足は結わえないで並走しただけだよ……」

「彼女も年頃の女の子だからね」

「そういうものなのかな?」

「思春期はそういうモノだよ」

「興味深いね」


 恋や愛。思春期からくる恥ずかしさというものを幸也は理解できない。それでも知識だけの現人よりかは真心があり、数歩先にいる。

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