第40話 音楽会

「みんなー! 体育祭楽しんでいる?」

「はーい!」

「うおおお!!」


 三人はライブ衣装のような服に身を包んでいた。残念ながら服だけで髪や化粧は変わっていなかった。


「借り物競走のとき、おねがいー!!」

「「「もちろーん!!」」」


 加奈未の問いかけに生徒たちは肯定の意味で声をあげる。割合的は女性が少し多い。


「みなさーん!! 楽しんでいますかー!?」

「ほっちゃーん! ホアアーッ!! ホアーッ!!」

「ほなみーん!!」


 奈恵の愛称である。ほっちゃんは堀村からきている。ほなみんは堀村の頭文字と、奈恵の頭文字でほな。それにみんを付けた。決して関西弁からきているわけではない。


「私は二人三脚です!! 応援よろしくねー!!」

「はーい!!」


 圧倒的に男性の声が多い。微かに女性の声援も聞こえる。次は黒一点。河谷山次郎だ。


「体育祭もいいけど、僕たちの歌も楽しんでください!!」

「きゃああ!!」

「こっち向いてー!!」

「可愛いいいぃぃ!!」


 圧倒的に女子の声が多い。いや、女子の声しかきこえない。ファン層の違いが露骨に表れた。


「今回は私たち三人で二曲だけですが、お披露目したいと思います!」

「えーっと、一曲目は今話題のカバーです!」

「男一人、女二人で歌う人気の曲と言えばー!?」


 山次郎はマイクを生徒たちに向け答えを求める。思惑通り、生徒たちからは答えが返ってきた。これも一種のコール&レスポンス。


「そう! みんな正解! 動画サイトに投稿され、アニメのオープニングや映画の主題曲にもなったアノ曲!!」


 音声合成技術用のボーカル音源を使って作曲された歌でもある。


「吹奏楽部に協力してもらって生演奏でお送りします!」

「うおおお!!」


 吹奏楽部から各楽器が一斉に鳴る。今回は選抜された数人だけが演奏する。オーケストラバージョンではない。


「シンセサイザーは僕たち特待生から中羽希子が担当します! 世界で活躍するピアニストの音色も楽しんでください!!」

「「「はーい!!」」」


 体操着姿の希子は照れた笑顔で軽く手を振るう。生徒たちも歓声で応える。場は十分に温まった。希子は開始の合図を送る。


「一期一会の音楽会を楽しんでください!」


 一拍を置いてピアノイントロが始まる。歌い手の三人も生徒たちに向けてリズムを刻む。加奈未は右手で左前腕を叩き、奈恵は片手をあげ左右に振るう。山次郎は両手をピンっと上げ、大きく手拍子する。


 そしてドラムやギター、バイオリンやサックスなどが音色を奏でだす。重厚でしっかりしているが、どこか繊細で儚い。そんなジャスっぽい曲だ。四分弱ある曲だが、生徒たちにとっては一瞬の出来事だった。


「ありがとうございました」

「ありがとうー!」

「続いて二曲目です。この歌は一芸高校なら誰でも知っている曲です!! それでは聞いてください! 一芸高校校歌!!」


 少しざわざわした歓声があがる。高校の校歌らしくピアノソロの曲である。行事のたびに聞いている代り映えしない校歌。その思いはいい意味で裏切られる。演奏者は世界を魅了するピアニスト。歌い手の三人は種類やタイプは違えど、第一線で活躍している者たち。


 ピアノは歌に奥行きと躍動感を与える。三人はその中で自由に、それでも破綻しないように個性を出しながら歌う。一音一音歌う加奈未。面で歌う奈恵。かっこよさを際立たす山次郎。


「わたくしたちの音楽会!! いかかでしたー?」


 希子の問いかけに生徒たちは盛大な歓声で答えだ。生徒たちは改めて特待生の凄さを実感した。


「みんなー! ありがとうございました」

「ありがとうねー!!」

「ありがとうー」


 奈恵には男の歓声が圧倒的だったが今回は同量であった。山次郎は相変わらず女性の声が際立っていた。


「特待生たちの素敵なお披露目会でした!! 改めて大きな拍手をお願いします!!」


 再び大きな拍手が四人に送られる。四人はそれに手を振ったりして応える。それ故に歓声が時々乱れる。


「興奮冷めならぬ状態ですが時間もあります!! 昼の競技の開始です!! 各部活は早々に撤収してください。障害物競走に参加する生徒は運営テントにお越しください」


 チア部や応援団、大会運営の生徒や教師も手伝いながら吹奏楽部の楽器を正面通路に片付けだす。


「莉乃。頑張ってね」

「無論よ!!」

「君が負けても僕が二人三脚で取り戻すからね。安心して走ってきていいよ」

「怪我気を付けて」

「三人ともありがとう」


 龍治は幸也の言葉の本質だけとらえて言う。クラスメイトたちとハイタッチを交わしながら莉乃は通路に足を進める。楽器を片付け終わると、次は障害物の準備をしだした。トラックの端では希子と莉乃が和気藹々とウォーミングアップを開始した。例年通りのため説明も簡易なものだったようだ。


「三人が帰ってきたみたいだよ」

「そうだね。通路から話声が聞こえて来たね。みんな! ここは拍手で出迎えよう」

「いいなそれ!!」


 真っ先に声を上げたのは熱血少年。それを皮切りに続々と肯定の声が返ってくる。これも青春だ。そして体操着姿の三人が通路から姿を現す。


「素晴らしいパフォーマンスをありがとう!!」


 提案者らしく先陣を切る。一人だった拍手は瞬く間に広がり、隣のAクラスまで巻き込んだ。戻りかけている一、二年生からも拍手が飛んでくる。


「皆ありがとう」

「えへへ、ありがとうー!!」

「ありがとうー! ありがとうー!」


 加奈未は満足げな笑顔。奈恵は愛らしく微笑み、山次郎は方々ほうぼうに手を振りながらお礼を言う。三人はクラスメイトたちと改めてハイタッチをして席に着く。


「ちょうど始まるみたいね」

「よかったー! 間に合ったよー」


 一息ついた加奈未と奈恵はトラックに目をやる。そこには準備運動を終えた各走者がスタート位置でスタンバイしていた。


「お待たせしました! 昼の第一競技、障害物競走を開始します!! 全クラス一斉にスタートします! 障害物は――」


 第一障害はバスケットボールをドリブルしながら五〇m進む。次は一〇ピースパズルを早く完成させること。ピースの隣には完成図も用意されている。


 三番目はウェイターごっごで一〇mの平均台を渡る。バランスが重要な障害物だ。この競技は、プラスチック製のワイグラス四個が乗っているお盆を片手で持ちながら行う。グラスを落としたり倒したりすれば、一旦平均台から降り、グラスを立てて、落ちたところから再び渡り始めなければいけない。


 平均台は数個用意されている。前が詰まるということはない。例年ここで時間を取られるクラスが多い。そのため新体操部などの生徒を起用するクラスが多い。だがここだけに特化していても、他で足を引っ張れば意味がない。


 次は単純明快。配置している生徒とじゃんけんで一回勝つこと。誰がどの生徒と勝負しても問題ない。運が求められる。


 五番目は障害物競走と言えばの物だ。そう網潜りである。次は七〇mハードル飛びである。トラックの端から端まで並べられ、そこから等間隔に七〇m先までハードルが用意されている。あえて倒れている所を選ぶと失格になる。七番目は走り縄跳びで五〇m進むだ。


 そして最後はグルグルバット。一〇回周ってゴールまでの五〇mを走り抜ける。容姿が商売道具の生徒や将来有望なスポース選手を育てている一芸高校。高い確率で転倒が予測される最後は、安全面を考えてバットからゴールまでマットが敷き詰められている。


 生徒はこの上を走ることで、転倒しても怪我が抑えられるようになっている。これも私立だからこそできること。


「以上がこの障害物競走の概要です! それではスタート合図をお願いします」


 スタート位置では第一走者たちが闘志を燃やしていた。莉乃もいつも以上に真剣な表情だ。


「位置について。よーい。……ドン!!」


 スターターが鳴る。

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