第45話 泥臭くても
「みんなありがとうー! 頑張ってね!!」
「がんばってぇくださいぃー」
三人は笑顔で頷く。
「良太君も頑張ってね」
「ふひっ。あ、ああもちろんだとも!! 最後の競技だからね!! この僕の活躍を期待していてよ」
「あはは……」
奈恵は苦笑いだ。
「あれ変わったの?」
「そのはずだけどね……」
「流石の現人でもか」
「全部理解できるのも、それはそれで……ダメな気がするよ」
その言葉に良太以外は苦笑いだ。普段通りだと突っかかるはずの良太は聞こえないフリをしていた。
「リレーの走者はスタート位置で準備をしてください」
奈恵たちは手を振って別れる。現在の優勝候補の各クラスの獲得点数は僅差だ。一位はAクラスで六〇〇点。二位は同点でSとJ。五七五点。この三クラスが優勝候補だ。他はCが一〇〇。Dが七五。FとHが五〇。BEGIの四クラスは無得点だ。
現人たちは一位を取るしか優勝ができない。そしてAクラスが二位をとれば同率一位となる。同点になってもサドンデスはない。優勝クラスがニクラスになるだけである。時間も時間。時刻は少し薄暗い夕方。トラックは大型照明に照らし出される。
「西本君。少しこっちに来てくれないかな?」
「なんだし!! 動けって言われているんだぞ!! そんなときになんだし!!」
口では突っかかりながらも、足は現人たちの場所に行く。
「それで?」
「最後の競技だしね。四人で気合でも入れようかと思って」
「いいね! うちらもしよう!」
「俺もいいぞ」
「し、しかたないな。最後くらい認めてやるよ!!」
四人は拳を突き出し合わせる。
「我らは特待生!! 勝つぞ!!」
「「おう!!」」
シンプルだが一番変わりやすい言葉。各クラスでも同じようなことが行われていた。そして各走者が各々のスタート位置で体を動かしながらその時を待つ。
「スタート準備が整いました。泣いても笑ってもこれが最後の競技!! それでは合図をお願いします!!」
「on your marks! SET!」
今日何度目か分からない音だが、これが正真正銘のラスト。
「綺麗なスタート!! 四クラス横一線!! 流石決勝!! どのクラスも惜しみなく力を発揮しています!!」
ラストの競技。体力を残しても意味がない。文字通り全力だ。地方の陸上競技大会予選なら表彰台に乗れるほどのタイムを全員が出している。
「そのまま第二走者にバトンが渡ります!!」
「良太!!」
「うぉい!!」
呼び捨てされたことの衝撃と、バントに詰まった想い。この二つが同時に襲い、良太はよく分からない返事をしてしまう。かっこ悪くても全力で本気で走る。だがそれは各走者同じ。
予選よりも圧倒的にスピードが速い。故に予選と同じような結果になってしまう。ただしその差は予選より開いていない。良太はかなり健闘している。
「がんばれー!!」
奈優の声だけが数ある歓声の中から唯一判断できた。カクテルパーティー効果。精神的には実況を聴く余裕すらある。だが脚の感覚は限界を超える走りでもう既にない。
「先頭争いはJとA!! その一人分後ろにSとI!! このまま勝負が決してしまうのか!! いや、Sクラス徐々に差を詰めているぞ!! これは凄い!! 予選で隠しての決勝進出!! やはり特待生は一癖も二癖もあるぞ!!」
そんなわけはない。良太は心の中で突っ込む。あと少し。現人はもう視界の中。
(頼む!! 僕の脚!!)
神にも祈る。普段の良太からは考えもつかない行動。それほどまでに彼は必死なのだ。クラスメイトたちの脚を引っ張りたくない。奈優にかっこいい所を見せたい。
「りょーーくん!! がんっばってーー!!」
良太は雄叫びを上げて走る。それでも差はそれ以上縮まらない。一時の気持ちだけで追いつけるほど、先頭の二人の地力は低いものではない。彼らは普段から体を鍛えている。
「現人!! 頼む!!」
「良太!! 任せろ!!」
初めての名前呼び。一瞬戸戸惑う。だが現人はその熱い気持ちを受け取った。故に言葉も少し熱くなる。全力疾走でのバトン渡し。安堵から集中力は切れる。
「Sクラス!! スピードを落とさないバトン渡しで先頭に躍り出る!! こんな技まで隠していたぞー!! おおおおっと!! 第二走者が盛大に転倒!! 大丈夫か!! 気になるところですが実況は先頭をお伝えします!!」
脚が縺れバランスを崩す。顔面からいくと思われたが、良太は咄嗟に躰を丸めゴロゴロと勢いよく転げる。
「おい!! 大丈夫か!?」
「意識はあるか!?」
「はぁはぁ。だ、大丈夫」
「立てるか?」
駆け寄った生徒は親切心で手を差し出す。良太も素直にそれを掴もうとした。だが、奈優の心配で泣きそうな顔が、何故かこの距離からでも見えた。
「大丈夫だし!! 余裕だし!! 僕は特待生だよ!! これくらい平気だ!!」
「お、おう。そ、そうか。それならいいけど医務室にはいけよ」
いきなりの捲し立てる話し方に生徒は戸惑いイラつく。最後は言い捨てた。
「ありがとう」
「お、おう」
気持ちが籠った素直な言葉。生徒は再び戸惑った。
「先頭は未だにSクラス!! だがすぐ後ろにはJとA!! 抜くチャンスを虎視眈々とうかがっているぞ!!」
ブレイクラインを超えたオープンコース。一度先頭に立てばかなり有利だ。現人はそれを理解している。故に実戦で行う。
「クッソ!!」
「ッチ」
後ろから聞こえてくる苛立ち。思惑通りだ。現人の全力疾走は二人よりも遅い。それは事前のタイムが物語っている。だが後ろから抜き去れるほど差はない。あとは現人の脚が英知まで持つか。
「持たせて見せる!!」
普段の胡散臭さは消え去り真剣だ。だが本質は変わらない。有言実行。
「英知!!」
「任された!!」
良太と同じ全力疾走でのバトン渡し。だが現人は転ばず、スマートに減速してコースから出る。最後のバトン渡しの場所は正面。ゴール位置でもある。素早く離脱するのは当然。
「Sクラス!! ここでもバトンで魅せた!! 後方との差は二人分くらいには開いたぞ!!」
アンカーの英知は全力で走る。三人で作ったアドバンテージを無駄にしないように。そして優勝できるように。予選と違って体力は残さなくていい。何も考えず、より早く。一歩先だけに意識を向ける。それは予選とは違う展開を生む。
「先頭はSクラス!! だが予選で一位通過のJクラスも負けずと追走。それでも差は埋まらない!!」
予選通りならば英知はJクラスの陸上部所属八〇〇m選手に負ける。だがそうはならない。特待生たちは予選では本気であったが全力ではなかった。いや一翔と良太は常に全力だったが。一翔は余力を残すメリットも理解しているが性格的に全力を選ぶ。
良太は全力ではないと他クラスに敵わないからそうしいるだけ。残せるなら残す。英知は考えて余力を残していた側だ。Jクラスは、そんな選択肢にすら至らず予選から全力疾走。その差が今、現れている。
「三位はAクラス!! これは確定か!! Iクラスは更に後ろの最後尾だ!! 先頭の二人はどんどんとスピードを上げる。後ろは付いていけていない!!」
三クラスとも予選より速い。それでも一位は変わらない。ゴールに近づくにつれ歓声や悲鳴は大きくなる。それは一位が決まった瞬間、今日一番のピークとなる。
「フィニッシュ!! おめでとう!! 下馬評では予選一位のJかAが取ると思われた最終競技の決勝!! 覆したのはSクラス!! 皆さん大きな拍手をお願いします!!」
実況が言わなくても大きな拍手は鳴り響く。
「その呼びかけは減点だよー! でも今は皆おめでとうー!! 私たち総合一位だよー!!」
「流石奈恵ね。この喜びようの中でも気になっちゃうのね」
「そういう加奈未ちゃんも、ちゃんと突っ込むよね」
「友達だからね」
「少し違うよー。私たちは親友だよー!」
「ふふっ。そうだったわね」
「うん!」
「なら今は友達を称えましょう!!」
「うん!!」
美沙や良太はゴール地点にいる二人に駆け寄り、一緒に感情を爆発させる。そんな四人には客席からクラスメイトたちの歓声が届く。四人は笑顔で手を振って応える。
「最後のIクラスが今ゴールしました!! かのクラスにも大きな拍手を!!」
様式美だが気持ちが籠っていない形式ではない。
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