第46話 檄を飛ばす
「総合得点の集計も終わりました!!」
大きく張り出されている得点表を見れば一目瞭然。事前の獲得点数から今の競技の勝ち点を足せばいいだけ。だれでも分かる。それでも実感するためにも宣言は必要だ。
「一位は六七五点獲得のSクラス!!」
現人たちは再び大きく喜ぶ。そしてJとAクラスからは悲鳴や落胆の声が起こる。だがそれも次には反転する。
「二位は同点!! 六五〇点獲得のAとJ!! 一位との得点差はたったの一五点!! とても惜しい結果となりました!!」
負けたクラスの中には、大繩の得点がなければ俺たちが一位だったと心ないことを思う生徒も数名いる。だが大半は納得してSクラスに拍手を送る。不正があったらならいざ知らず事前に決めた事。文句を言うのはただの負け惜しみ。
肉体的にも、精神的にも、どちらかが弱い犬ほどよく吠える。虚構ほど哀れで虚しいものはない。
「余韻冷めやらぬ状態ですが閉会式の準備を開始します。生徒の皆さんは開会式のときのように整列してください。一、二年生も移動を開始しました!! ちなみに、年生の優勝クラスはJクラス。二年生はAクラスでした!! Sクラスは代表を一人選んでください」
ある意味例年通りの結果。一年生は身体能力の差が露骨に表れ、二年生は総合力で勝利をつかむ。競技内容は各学年にあったものであり、点数の割り振りも違う。一、二年生は五位まで得点が得られる。三位までなのは三年生だけ。例年通りではなかったのも三年生だけ。
「おめでとうー!! 一位だよー!!」
「現人の采配のおかげだね」
「皆が頑張ってくれたおかげだよ。私は手助けをしただけだよ」
「謙虚すぎると嫌味ね!」
奈恵は加奈未に抱き着き、加奈未は委員長を褒め、莉乃が毒突く。
「流石親友だぜ!!」
「おう」
「僕も僕も」
幼馴染コンビの中に山次郎も混ざる。
「良太君!! 凄くかっこよかったよ!!」
「嘘はよせやい! だって転んじゃったんだよ僕」
「それはりょー君が真剣に頑張ったからだよー! ボク、すごく感動したよ」
「あ、ありがとう。奈優の応援もちゃんと聞こえていたから」
「ほ、本当!?」
「そんなことで嘘はつかないし!」
「えーだってりょー君だもん。それにボク以外の声のほうが大きかったもん」
「そ、それはだな! ……聞こえてたから聞こえたんだよ!!」
「えー! なにそれー!! 答えてないよー!!」
「聞こえてたから聞こえたの!! それで納得しといて!!」
奈優は相変わらず好き好き視線と笑顔で受け応える。良太は今までと違い棘の先端がかなり丸くなっている印象だ。
「美沙。よくやった!」
「和っち固いよー!! せっかくだし、もっと柔らかく喜ぼうよー」
「う、うむ。や、やったぞー」
不慣れからくる照れで顔を染める。最後の方は棒読みだった。
「みんなぁー優勝ですよぉー!!」
「や……ゃった」
咲は天然の男受けする笑顔で、有梨華は小さくガッツポーズで喜ぶ。
「おめでとう」
「龍治も加点ありがとう」
「嫌味?」
「素直に受け止めなよ。僕は加点できなかったけど充実した体育祭だったよ」
幸也の満足した笑みを見た龍治と現人は目を合わせ苦笑いしてしまう。
「改めて現人おめでとう。青春らしい一ページが作れたわね」
「そうだね。これも私の采配に応えてくれた皆のおかげだよ」
「現人君。その中にはわたくしも含まれていますかー?」
莉乃と現人の会話に希子も混じる。障害物競走最下位。龍治は二位で最大ではないが、点数をもたらした。それに比べ希子は点数には絡んでいない。同じように加点していない山次郎は気にせずクラスメイトたちと喜び合っていた。彼ら彼女らの個性がよく出ている。
「当然だよ。希子のおかげで三年生が楽しい体育祭が送れた。青春の一ページをより輝かしくしてくれたよ。ありがとう」
「少し照れちゃいますね」
例えミミクリだとしても婚約者たちの雰囲気に莉乃は疎外感を覚えた。故に話題を変える。その機微に気づいた者は誰もいない。
「代表は現人が?」
「そうですよ! 現人君しか務まりません!」
他のクラスメイトたちも賛同を表明する。
「だな! 現人しかいない!!」
「僕も現人で!」
「キャラじゃないから現人頼む」
ファンサービスのキャラなら可能だろう。だが自らその状況に行きたくはない英知であった。
「現人一択だな」
「咲も現人君がーいいですぅー」
「わ……わたしも……」
「現人君が委員長だもん!」
「何度もいうけど、優勝したのは現人の采配あってこそ」
女性陣も賛同する。
「しかたないね。僕は満足しているからね。美味しい所は現人に譲るよ」
「聞いた私が馬鹿だったわ。私も現人がいいわ」
「うちも莉乃っちと同じー」
悪友は現人の肩に手を置き一言。
「きめてこい」
そして最後は付き合いが浅く口論もした彼だ。
「りょー君」
「わかってる。クラスメイトに信頼されているみたいだし、癪だけど任せるわ」
「君も私のクラスメイトだね。君もしてくれているのかな?」
「……お好きにどうぞ」
素っ気ない言葉に現人は苦笑いを浮かべるが奈優は嬉しそうだ。
「満場一致で現人君が選ばれました」
「〆も大事な青春よ」
「最良の結末を頼むよ」
「終わり良ければ全て良し」
「……龍治のそれは創作物の中だけだね」
「うるさい」
良好な人間関係の構築には結果よりも過程が大事だ。信用や信頼も同じだときがある。
「各クラス、整列!! 優勝クラスの代表者は前に」
教師の号令に生徒たちは機敏に動き整列し終える。客席には一、二年生の姿が見える。アウトローのかっこよさを真似てもシラケるだけ。ダラダラして長引かすよりも、パッパッとして終わらしたい。それが一芸高校生徒の共通認識である。
あえて言うが体育祭が嫌いというわけではない。空白時間または隙間時間が嫌いなだけである。そんな暇があれば勉強や部活に精を出したいからだ。霽月などの教師の姿も伺える。、学年担当の教師陣は不公平をなくすために担当学年の体育祭には関われない。
霽月たちは一年生の体育祭のお手伝いをしていた。さぼっていたわけではない。教師たちも生徒と一緒に行える学校行事は好きなのだ。
「それでは閉会式を始めます。それでは理事長先生のお話です」
開会式は校長先生。閉会式は理事長。そして現人の番が回ってくる。
「最後に優勝クラスの代表者。朝礼台に」
「はい!!」
大きくハッキリと間延びしない返事。現人はいつも以上に姿勢を正し、魅せつけるように階段をゆっくり昇る。マイクの前に立つと一回大きく深呼吸。更に一拍置き話だす。
「諸君。私たちの勝ちだ。勉強でも運動でも一芸でも、私たちのクラスが優れている。特待生なんだろという突っ込みはただの負け惜しみだ」
クラスメイト以外が予期しなかった演説。驚きの次に湧いてきたのは怒りだ。朝礼台から見下ろす現人はそのあり様が手に取るように分かった。
「悔しかったら、ここまで昇り詰めてこい!! 私たち特待生は、諸君らが同じ土俵に来ることを心から願っている」
アニメに出てくるような動作を踏まえた高圧的な演説。だがそれも次からは少し変わった。ある人たちだけに目を向けて話し出したのだ。
「……ただ、力があっても今までと同じの環境を選んだ者も過去にはいた。だからこそ、実力がいかんなく発揮できる場所を選んだほしい。それがSクラスなら申し分ない。……体育祭も含めて諸君らの健闘を称えよう!! 以上!! Sクラス代表、荒世現人」
仲がいい者たちは呆れるが、内容に関しては全面的に同意していた。
「以上をもちまして閉会式を締めます。体育祭は終わりです。生徒の皆さんは担任の指示に従って、帰宅または部活動に励んでください」
アナウンサー役の生徒もこれでお役御免となる。担任教師たちは担当クラスの列に赴き予定を伝える。ここで解散のクラスもあれば、一度教室に戻りホームルームをするところもある。
「優勝おめでとう! 約束通り優勝会をするぞ」
「やったぜ!!」
「楽しみだ」
サッカー少年と野球少年が最初に反応する。
「これも一ページになるわね!」
「やったな」
「二人ともありがとう。一般的な青春を体験できそうだよ」
出来事だけに着目した物言いに、希子は少し苛立った。
「現人君。私たちとの食事会は楽しみですか?」
「え? もちろん楽しみだよ」
問いかけられて現人は初めて言葉足らずなのを自覚した。いや、実際に希子が指摘した通り、
「この仲間たちとだからこそ食事会を提案したよ」
「それが聴けて安心しました」
普段の幸也なら二人の会話の意図を察するのだが、今はどこかピンク色に浮いていて素直に自分の感情を出してしまった。
「本当に今からすごく楽しみだよ」
同世代だけの食事会も初めてでねと。誰も聞いていないことも話し出した。他の面々も喜び合っていた。スイパラ勢の山次郎と有梨華も嬉しそうだ。どこで何を食べるよりも誰と一緒に食べるかだ。
「皆の予定表から参加できる日と場所を後から通達する。俺からは以上だ。各自解散!! お疲れ様でした!!」
「「「お疲れ様でした!!」」」
体育祭故に体育会系の挨拶で締める。各自仲がいい者と話しながら教室や寮に移動を開始する。
「現人?」
「先に帰っていいよ。ちょっと気になってね」
視線でそれを龍治に教える。
「なるほど」
「気になるでしょ?」
「何がよ!?」
「何をしているのかな?」
そこに莉乃と幸也が混ざる。現人は同じように視線で伝える。
「確かに気になるわね」
「僕はどうでもいいかな。彼には興味が沸かないから」
四人の視線の先には霽月と対峙している良太と奈優がいた。雰囲気的に良太が霽月に何かを伝え、奈優が遠慮しているようだった。
「なんとなく理解できたかな」
「そうね。わかりやすいわ」
「いいネタ」
「ならもう帰ろうよ。僕は速く着替えたいよ」
この中で一番筋肉量が少ない幸也は肌寒そうにしていた。そんな彼に現人は笑顔で優しく話しかける。
「大丈夫かい?」
「心配するなら早く移動しようよ」
「そうだね。でも帰っていいのかな?」
「どういう意味かな? まったく理解できないよ」
龍治と莉乃は現人の笑顔が微妙に変わったことに気が付き、アイコンタクトで呆れ合う。
「いや、有梨華に話しかけないでいいのかなっと思ってね」
「ど、どういうことかな!?」
「時間と出来事を共有したなら、それについて語り合ってこそ、仲は深まると思うけどね」
「なっ!?」
驚愕する幸也に莉乃は補足を入れる。
「残念ながら有梨華は駆け足で帰ったわね」
「さ、避けられている?」
「誘われるのが恥ずかしかったから早々に帰ったのよ。逆に言えば現人が言ったみたいことを予想していたことになるわね。それが良いことなのか悪いことなのかは本人次第だけどね」
「そ、そっか……」
「一つ勉強になったわね」
例えば異性の友達やカップルで映画を見に行くとしよう。ただ内容がそれほど面白くないものだったとき、次は楽しいことをしようとカラオケやボーリング、ウィンドウショッピングなどを模索するだろう。だがすぐにするのはよくない。
移動時間が三〇分以上あれば問題ないがベストではない。ベストなのは喫茶店などに入り、お茶をしながら映画について話し合うのがベター。なぜならそれはお互いの好みや価値観、考え方が楽しく知れるからだ。気取った言い方をするなら楽しい意見交換だ。そうすることで共有したことが実感しやすくなる。
「莉乃ありがとう」
「気にしなくていいわ」
貴重な同世代の異性の意見に幸也はお礼を言う。
「それより寒さはもういいのかな?」
「……くっ!! 本当にいい性格をしているね」
「誉め言葉として受け止めておくよ」
余裕がたっぷりとある笑顔で煽り返す。そこに龍治が一言。
「帰るぞ」
「そうね。彼らも帰るみたいよ」
話し込んでいた霽月たちも移動を開始した。
「帰ろうか」
現人の提案に三人は頷き寮に移動を開始した。こうして彼らの最後の体育祭は優勝で終わった。
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