第34話 実力
「各走者一斉にスタート!! 速い速い!! 流石一芸高校の生徒たち!! もう半分を通過です。一位は依然と横並び! いや、第一と第六レーンの二人が頭一つ抜け出した!」
一位争いはSとJクラスの一騎打ち。一直線に走り合う。
「負けねぇぇー!!」
「クソエリートがぁ!!」
二人とも一歩も譲らない。駆け引きも何もない。感情のまま負けん気だけで相手よりも一歩でも早く前へ。
「ゴォォール!! デッドヒートのままゴォール!! 結果は写真判定に委ねられました!!」
予選から熱い展開を演じた二人は肩で大きく息をしていた。
「はぁはぁ……俺の……勝ちだ!」
「……クソエリートが……戯言を……はぁはぁ」
Jクラスは一芸高校らしく一芸しか能がない。故に両方できる特待生たちに敵意を向けている。ある意味嫉妬だ。これは三年生だけではなく、一年生からの特徴でもある。一位争いのため二人の決勝進出は決まっている。だがこれはプライドの問題だ。
「結果が出ました!! 写真判定の結果、一位は……松茂一翔ィ!!」
「よっしゃあ!! 俺の勝ちだ!!」
「クソ!!」
一翔は空に向けて拳を空につき上げる。野球部からの声援は更に大きくなる。
「アレ。俺の真似」
親友の英知は嬉しそうに突っ込む。一翔は英知のゴールパフォーマンスを真似たのだ。野球選手はサッカー選手ほどポーズをとる時間は用意されていない。勝者はここぞとばかり喜びを爆発させたのだ。一翔はハイタッチの構えを取って、競い合った相手に話しかける。
「いい勝負だった! ありがとうな!」
「陸部の俺に勝ちやがって!! クソエリートが」
Jクラスの生徒は大きく振りかぶり手を叩きつけた。
「専門外の競技なくせに!」
「野球部のくせに!」
そして二人はそのまま握手を交わす。試合後はノーサイド。まさに宣誓通りの行い。公明正大なスポーツマンシップ。陸上選手は出場してもいいが、専門外の種目という縛りがある。
「二回目を行います。走り終えた選手は速やかにトラック外に出てください。次の走者は準備をしてください」
ライバルたちは手を解き相手に宣言する。
「次も俺が勝つ」
「雪辱を果たす!」
そして二人は各クラス分けされている客席に戻り始める。クラス並びは順堂だ。Sの隣にA。その隣にはBとなる。一翔がSクラスの所に到着す頃には山次郎の番になっていた。第一走者二回目はAとIが勝利だ。
「おつかれ」
「英知も次は混合の予選だろ。一緒に行こうぜ!」
「そうだな」
「ってわりにはゆっくりしているなー。動こうぜ?」
彼はただ一緒に行くためだけにわざわざ戻ってきたのだ。
「山次郎見てからな」
「それもそうだな!! 山次郎ーー頑張れよーー!!」
熱血少年の声が届いたのか、弄られキャラらしい愛らしさ全開で手を振り応える。
「一〇〇m予選、第ニ走者一回目を始めます。第一レーン、特待生の河谷山次郎! 今度は女子の黄色い声です。若干耳が痛いです」
同じように手を振り応える。歓声がさらに増す。他選手たちは煩そうに顔をしかめていた。順次紹介されスターターの合図が始まる。
「on your marks! SET!」
ピストルが大きな音を立てる。
「おおっと!! スタートダッシュを決めたのは特待生!! 他の選手よりも二歩も速い!」
まさかの展開にクラスメイトたちも沸き立つ。
「貧乏くじでも彼は魅せてくれるね」
「このまま一位よ!!」
「山次郎ぉーくぅーん! がんばってぇー!!」
「いけいけ! そのままいっちゃえ!!」
「いい調子よー!!」
そしてSとAクラスの境では仲睦まじい二人が声を上げていた。
「おいおいまさか一位とっちゃうのか!?」
「良太君やったね!」
走者にAクラスがいないため奈優も純粋に応援している。
「このまま行くかと思ったがそうはいかない! Jクラスが追い付いてきた! いや! それに引っ張られるように他のクラスも脚を早める!! 先頭に追い付いたぞ!! 特待生は一番を維持できるか!! いや! できない!! 並ぶ間もなく追い越された!!」
今回は逆の感情でざわめきが起きた。それでも漏れる言葉は労うものばかりだった。
「よく頑張ってくれたよ」
「本当によくやってくれたわ!」
現人と莉乃がいち早く言う。龍治は終始頷いていた。
「ゴール!! Jクラスが一位!! 二位はBクラスです!! Jクラスは次は二人走ります。現時点になりますが、一番優勝が近いクラスです!!」
アナウンサーの生徒は盛り上げようと必死に生徒たちを煽る。
「流石に優勝はまだ早いと思います」
「売れっ子声優の意見ありがとうございました」
「加奈未ちゃんめ!」
「まったく」
体操服で行わる女子たちの睦まじいやり取り。半袖ならそう思えるだろう。だが二人は肌が露出しない長袖裾長だ。さらに顔にはサングラスとフェイスカバー。
親しい人物が近くで見ないと誰か認識できないほど。といってもこのやり取りは二人にとっては日常茶飯事。それは他クラスの生徒たちも知っている。故に推測はできる。だからこそ教師に摘まみ出されていないとも言える。
「仇は討ってやるぜぇ!!」
「流石は野球少年。俺も同じだ」
山次郎は力ない笑顔でクラスメイトたちに手を振るう。もう一つの降ろされている手は固く握りしめられていた。結果は予選敗退。仕方がないとはいえ聞き訳がいい子でもない。特待生たちは例に漏れずに負けず嫌いだ。悔しさがにじみ出ても仕方がない。
「妾を忘れてもらっては困るぞ」
「うちも本気で走るから」
美沙もやる気満々だ。まるでバドミントンの試合のときのように。そんな四人にクラス委員長は苦笑いで窘める。
「余力は残していてね」
「大丈夫だ」
「うちに任せて!」
英知と美沙はスウェーデンリレーの予選もある。
「二人の代わりに俺が全力で走るぜ!」
「妾はこの競技だけだ。予選から本気で行かせてもらう」
逆に和子は混合リレーだけだ。
「怪我しない程度にね」
現人も素直に聞き入られるとは思っていなかった。またしても苦笑いで心配する。
「それより、ほら!」
熱血少年はハイタッチの構えを取る。
現人も応える。
「俺も」
「うちも」
「妾も」
他の三人もそれに続く。現人の後ろでは莉乃たちが並び、四人とハイタッチをしていく。結果、クラスメイト全員と交わしたこととなった。ただし良太は除く。
「彼も帰ってきたみたいだ」
「そうだね。山次郎にもハイタッチをしようか。ふふっ、これこそ青春」
通路からは、移動し始めた四人と彼の話声が聞こえてきた。そして手の乾いた音が四回鳴った。
「笑顔が黒いねー」
水を差された現人は少し大きめの声で幸也を弄る。
「……。有梨華との二人三脚楽しみにしているよ!」
「ありがとう。いい結果を残せるように頑張る」
無自覚少年に皮肉は通じない。だが現人の本命は少し後ろにいる
「その相手の顔が赤いけど大丈夫かな? 日に当たりすぎたみたいだよ」
「本当だ……。ごめん!」
幸也は断りを入れ彼女に駆け寄る。帰ってきた彼は開口一番謝罪をする。
「みんなーごめんねー! やっぱり陸上部には敵わなかったよー!」
彼らしい元気溢れた軽い物言い。クラスメイトたちは内に秘めた悔しさを理解していた。その上で彼の調子に合わせる。
「山次郎お疲れ様。魅せてもらったよ」
「スタートダッシュ最高だったわ!」
「かっこよかったですぅー!」
「みんな! ありがとう!!」
わざわざ突っ込まなくても、彼なら自分で消化できること知っている。自分もそうだ。特待生ならそれくらいできる。自信のような、連帯感のような、信頼のような、親愛のような、そんな想いがSクラス全体を包む。傍から見ていた良太も少し感化された。
「ボクのことはいいよ。クラスメイトでしょ。混ざらなくていいの?」
「ふっふーん。恥ずかしくて悶えそうだよ! 僕は無理だね!!」
「そのわりにはよく見ているね」
「ク、クラスメイトだからね!!」
「そういうことにしといてあげる」
これで付き合っていないのだ。世の中には不思議なこともある。
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