体育祭(だいらんとう) 転

第33話 風習

 快晴な本日。一芸高校が保有する三個の陸上競技場。その一つに全校生徒が集結していた。大学でも文化祭はあるが体育祭は基本ない。故に、高校三年生が最後の体育祭になる人は多い。


「選手宣誓。生徒代表。三年Sクラス所属。松茂一翔」

「はい!!」


 フィールドには三年生がクラス別に整列していた。一翔は列から外れ、朝礼台に設置されたマイクに向かって走る。一、二年の行進はもうすでに済み、彼らは客席で待機中。例年通り、生徒代表は三年生の特待生から選ばれた。


「俺たち一芸高校生徒たちは、正々堂々とフェアプレー精神にのっとり、ルールーを厳守し、対戦相手を尊重しながら真剣に、全力で競技に挑むことをここに誓います!! 選手宣誓。生徒代表松茂一翔」


 熱血球児らしい気持ちがいい宣誓に沢山の大きな拍手が送られる。一翔は応えるように笑顔で手を振りながら列に戻る。


「国旗掲揚及び国歌斉唱」


 学習指導要領は意義を踏まえて指導するものと記載されている。国歌が流れ生徒たちも歌いだす。客席の一、二年生も起立して歌う。それに合わせ国旗が徐々に昇り、歌終わりに合わせて昇りきる。


 アメリカの学校では、毎朝胸に手を当て国旗に向けて国歌斉唱する指導方法もある。また試合の開始前には必ずやる。メジャーリーグの中継でよく目にすると思う。


「以上を持ちまして開会式を終わります。一、二年生は担任の指示に従って移動を始めてください」


 陸上競技場といえども一学年四〇〇人。計一二〇〇人で一斉に競技はできないし、一日では終わらない。分刻みでスケジュールを管理すれば話は別だが、それは教育に必要な学校行事の面より、競い合い高みを目指す競技の面が強い。故に学年ごとに競技場が割り振られている。一、二年生は移動を始めた。


「三年生はこのまま各自準備運動を開始してください。三〇分後にトラック競技の予選を始めます」


 開会式はこれで終わりとなる。選手宣誓の前には校長先生のお話や三年生の体育祭実行委員長の意気込み発表などがあった。といっても公立高校のように長くはない。こんなところで割く時間はない。


 予選から分かるように一学年一一クラス。トラック競技は一斉に走ると怪我になりかねない。学年を半分に分け、上位ニクラスが決勝に進める。決勝は四人で行われる。得点がもらえるのは三位までのクラスのみ。


 フィールド競技は五クラスごとに分かれて行うが、クラスごとに結果を集計し判断する。予選はない。ちなみにアナウンス役は演劇部所属アナウンサー志望の一年女子だ。一昨年は奈恵が務めた。アナウンス役は一年生の役目だ。


「龍治。一緒に準備運動するわよ」


 莉乃は運動経験が浅い面々を引き連れ声をかけた。龍治は頷き輪に加わる。彼らはフィールドの端に移動し、ラジオ体操を始めだした。参加しているのは龍治、莉乃、幸也、山次郎、咲、有梨華、希子の七人だ。


 現人、英知、一翔、美沙、和子の五人は別々の準備運動を始める。なぜなら彼らは別種のスポーツをしている。筋肉の付け方も異なる。そのスポーツに合った運動というものがある。急に別の準備運動をすれば、普段使わないところに負荷がかかり、軽度な捻挫や筋肉の張りなどを招いてしまう。


 簡単に言えば、投手は肩回りを解しながら体全体を温める。これをサッカー選手がしたところで最良の準備ではない。逆もしかり。


 そして残りの奈恵と加奈未の二人は、肺周りの筋肉や体幹に重点を置いた運動を始めている。無論、下半身の運動も忘れずに。ただ、フェイスカバーにサングラスは不審者に見える。


「男子は羨ましいわね」

「そうですね」

「でもぉ、半袖はいやぁですぅ」

「ビバ室内」


 今朝から変なテンションの有梨華はよく分からない死語を使う。流石に体育祭をPC片手に熟すことはできない。今日は肉声だ。その声は高く幼い。日常的に使っていないためか、舌足らずな活舌だ。


 女子は日焼け止め対策のために長袖裾長だ。女子にとって日焼けは一番の敵である。その中でも奈恵と加奈未はかなり気を使っている。不審者姿も日焼けの前では些細な事。男子は半袖裾長だったり長袖裾短だったり、人によってそれぞれだ。


 公立高校の体操着はどこか芋っぽい。私立一芸高校はトップデザイナーの卒業生たちが数名いる。そのデザインは制服と同じで男女で異なる。男子は力強さと俊敏さを、女子は一本芯が通っている清楚なデザインだ。全体的に動きやすく、オシャレな体操服だ。


「時間になりました。一〇〇m出場選手はスタート位置まで移動してください」


 トラックの端には教師が立ち、目立つように旗を左右に振っていた。ちなみに、新顔の良太はAクラスの奈優のそばにいる。準備運動も一緒にしていた。


「山次郎!! 絶対突破するぞ!!」

「もちろん!! 頑張るよ!! 一翔は予選で燃え尽きないでよ!!」

「へっ!! 予選も決勝も全力で一位をとってやるぜ!!」

「頼んだよ!」

「任せとけ!!」


 山次郎は高校生の中では速い分類に入る。だが例年通りであれば、決勝に進むのはかなり速い人たちである。二人の五〇mのタイム差は一.三秒もある。気持ちでどうにかなる次元ではない。


「一翔。特待生の誇りにかけても突破してきてほしい」

「無論だぜ!! 現人たちは大船に乗った気持ちでな!」


 一翔はサムズアップをして駆け足気味に移動を始める。


「……山次郎。貧乏くじを引かせて申し訳ない」

「僕は自分で立候補したからね! 気にしないで!」

「それは……龍治が借り物に……」


 世間的に見れば、山次郎より文学賞受賞者の龍治の方が知名度はある。だが、高校生に限れば、熱狂的なファンの数は山次郎に軍配があがる。残念ながら陶芸などの芸術作品ではなく、趣味でやっているインディーズバンドでだ。借り物競走でも最良の結果は出せるだろう。それは龍治も同じ。逆に徒競走では、この二人ならどんぐりの背比べである。どっちになっても貧乏くじになる。山次郎が龍治に譲った形だ。


「それより競技の結果楽しみにしていてよ」

「ふふっ、救われた気持ちだよ。ありがとう。君が昼休みに披露するアレも楽しみだよ」

「あはは。そっちこそ大船に乗った気持ちでいてよ!」


 山次郎は笑顔で手を振りながらスタート位置に向かった。残りのSクラスの面々は客席に向かう。フィールドでは予選終了後に行う団体戦の準備が進んでいた。トラックでは走者がスタート位置で腿上げをしたり屈伸したりしていた。


「一〇〇m予選。第一走者一回目を始めます。第一レーン、特待生の松茂一翔! 野球部でしょうか? 野太い声援が飛び交っています」


 第二レーンからは順にBDFHJの五人。Sを入れて六人で走る。二回目はACEGIの五人。上位二クラスが次に進む。そして一回目の二人と二回目の二人で競い合い上位に二名が決勝に行く。第二走者も同じように二名まで選ぶ。


 そして決勝は第一走者と第二走者の上位二名の計四人で争う。得点をもらえるのは決勝の上位三名だけ。一〇〇m走だけ予選が二回ある。


「それではスターターの合図で一斉にスタートです」


 教師は競技用のピストルを持って選手に準備させる。一翔たちはスタート体勢に入る。


「on your marks!  SET!」


 一瞬の間を経てトリガーが引かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る