アマツヘレル2
一翔や莉乃にいたっては、いまだに現人を睨みつけている。
「その申し出はありがたいけどよ。そこまでしてもらうのは気が引けるぜ」
「あとで恩着せがましくされてもな」
「そうね。裏がありそうだわ」
負けん気を発揮している面々は総じて裏を推測している。
「いいわ!! お願いするわ!!」
いの一番に立ち上がり、声を上げたのは加奈未だった。その表情は自分に憤怒しているようだった。それは必ず特待生編入権利を得ようとする心意気からくるものだった。
「長藤加奈未さん。受けていただきありがとうございます。他の方々が疑うのも理解できます。実際裏がありますからね」
「なっ!!」
莉乃が声を上げる。参加表明している加奈未は笑みを浮かべていた。それは、その裏すらも飲み干してやるという決意からだ。そんな程度で揺らぐ想いではない。
「自分で言うのもアレですが、子供じみた裏です」
「俺も同じ」
龍治の合いの手がここで入る。
「それはなによ!」
勿体ぶる物言いに莉乃は声を荒げる。現人は苦笑いを浮かべてから理由を告げる。
「私も皆さんも、これからも勉強やスポーツに励むでしょう。プロなら、それぞれの業務に時間が割かれていきます」
「確かにお仕事で勉強時間はそれほど取れなかったわ」
「わたしもセリフの言い回しとか考えていたら……」
同意したのは既にプロで活躍している加奈未と奈恵だ。彼女らは移動時間や隙間時間を利用して勉学に勤しんでいた。
「ですが! 私たちは学生でもある! 勉強も部活動も大切です! 仕事も必要です!」
プロ活動でなくとも、アルバイトで賃金を得ている高校生も多い。
「堀村奈恵さん。部活に勉強、仕事以外に高校生と言えば何を思い浮かべますか!?」
「えーっと……学校行事かな」
「正解です! 次、中羽希子さん」
転校したてで、まだ周囲と馴染めていない彼女を指名する。
「そ、そうですね。れ、恋愛です!」
「それもです! 次、松茂一翔さん」
認められた希子は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
一翔は英知をチラ見してから答えた。
「友たちと遊ぶとか?」
「そう! それです!」
現人の言い回しはまさに政治家のそれだ。
「そう。私たちは高校生。友達と日常を楽しみ、全力で学校行事に取り組む。そして恋が芽生えることもあるでしょう! ですがそれは……」
現人は深呼吸で間を作る。
「クラスメイトや仲間がいてこそ!! Sクラスは二人だけです!! したくてもできない!!」
ここまで言われれば全員が感づく。そして、そんな幼稚な理由なはずがないと否定で終わる。
なぜなら、彼らは将来のことを何も考えず、努力もせずに遊び惚けている他校の同級生たちを軽蔑しているからだ。だが現人の想いはそれを裏切る。
「私たちと一緒にアニメや漫画のような青春を取り戻しませんか!?」
生徒は同じなことを思った。なぜ今更。それこそ入学当初からしていればいいはずだと。
「なぜ今かというと、私が龍治という友を得たからです。一人よりも二人、二人よりも三人。三人より四人。友達の輪は多いほうがいい。それを実感しました」
友達は多いにこしたことない。ただ、価値観を無理やり合わせたり、何かを要求したりするのは友達ではない。
「ただ、クラスメイトを増やして学校行事や生活を楽しみたい! 後回しにしていた青春を謳歌したい。ただそれだけです!!」
現人の子供じみた想いは睨みつけていた生徒たちの心には届いた。
彼らも勉強やスポーツのために青春を後回しにしていたからだ。両立できるなら誰だってしたい。だが彼らは思春期だ。子供じみた想いに素直に共感するのは恥ずかしい。
何か言い訳が欲しい。現人は各自の表情からその葛藤を読み取り助け船を出す。
「実は日本の場合ですが、学力だけが秀でている人はマネジメント能力が低い傾向が強いです。また運動だけができる人も、その動作を言語化できず、チームメイトとうまく合わせられないなどの弊害が出ています」
頭でっかちだけでは他人の感情を
自分の立場を長く安泰で楽をするのためには部下を育てるのが一番。
だが、言われたことしかやってこなかった彼らは自ら考え教え導くことを知らない。
いいプレイをしても、年の差が当たり前のプロチーム。コミュニケーションの方法が分からず、学生の気分のまま接してしまう人も多い。それが通じるのは二軍や、日本という狭い世界だけ。今の社会はどんな形であれ大なり小なり世界と繋がっている。ならば、それは間違いだ。
世界ではマネジメント能力を重要視する。故に管理職はこの能力が高い。
また、ファンタジスタには年俸で敬意を表す。それらができて初めて世界基準の入り口に立てるのだ。
「皆さんも感じていますよね?」
その問いかけにはおk
生徒たちの価値観や思考を図る意図が込められていた。
「……確かにそういう大人はいる。特に自分が絶対に正しと思っている自己中心的で慢心な奴だ」
一番に同意したのは冷めていたはずの英知だ。
「どうした?」
心配するのはもちろん幼馴染の一翔だ。
「……小中の監督を思い出した」
「あー。ボールを蹴る暇があれば投げろって煩かったなー」
「俺は投げる暇があれば蹴れだ」
小学生時代の二人は、サッカーと野球のリトルチームに所属していた。
中学に入ってからは片方に絞ったが、二人は親友である。今も休日はお互いの練習に付き合うこともある。監督はその時間を辞めてほしかった。
何度も言うが彼らは親友だ。これが彼らなりの仲の深め方だ。
カラオケに行ったり、買い物に行ったり、ゲーセンに行くと同じだ。
チームメイトたちはそれらで仲を深め合っている。なのに咎められない。
二人からすれば理不尽であり余計なお世話だった。
だが、この高校に入ってからはそんな監督も教師もいない。逆に推奨する人までいる。そういう人は総じて複数の欧米国での生活経験があった。
「中学はそういう人もいたね。オシャレする時間があれば練習しろーって」
「学校生活はお淑やかにしろと命令する体育教師もいた」
追随したのはギャルっぽさがある小梅美沙と桑沼和子だ。
他の面々も昔と今の環境と比べる。そして大人たちを思い浮かべる。
一芸高校の教師も残念ながら全員がそういう大人ではなかった。だが、その人たちは一か月後には退職していた。
残ったのは相手のことを想って叱れる生徒想いな教師だけだった。
Aクラスの面々は茫然としていた環境の変化をしっかりと理解した。
「納得していただき、ありがとうございます」
現人は大きく深呼吸して、溜めを作ってからもう一度問いかける。
「どうしますか?」
同じ言葉だが睨み付けている生徒はもう誰もいない。刺々しかった空気も、甘酸っぱくどこか温かい雰囲気に変わっていた。
全員が大きく頷いた。
「ありがとうございます。十数名も賛同していただき、私は嬉しいです。早速始めましょう! まずは各自の弱点教科からです!」
龍治はプロジェクターの片付けを始める。
現人は一番に賛同してくれた加奈未にティーチングを施していく。以降は各自の予定を踏まえて。
それは宣言通り二週間。いや、四月の全国模試当日まで続いたのだった。
――教えを乞うた人たちは成績が少し上がり、特待生の二人は成績が少し落ちた――
四人の意識は去年の教室から奈恵の可愛らしい部屋に戻る。
「おかげで特待生入りしたけど、今でも癪に障るというかもどかしいわ!!」
「興味がなかった幸也も煽られた結果特待生入りだ」
「二人もなったからすごいよねー」
「アレをきっかけに勉強の効率がよくなったわ」
莉乃と幸也は、四月の模試結果が決め手となり特待入り。
加奈未はダメだったが、一二月の模試結果で特待生の権利を得た。そして、奈恵と二人揃って編入した。
「やっぱりアクが強いわね」
「ヤバいな」
「こら! その話題はダメだよー」
加奈未は流れを変えるため話題を変える。
「私たちが不安に思っても仕方ないわ。そういえばアマツヘレルに意味はあるの?」
これに応えるのは、よく一緒にゲームをしている莉乃だ。
「
「金星繋がりだー!」
声優の奈恵が共通点を見出す。
「明けの明星か」
「そう。それも正解」
「へぇー、現人って金星好きなのね」
初めて知るクラスメイトの一面に三人はどこか嬉しそうだ。
「金星と言えば? 明けの明星と言えば? 皆は何を浮かべるかしら」
「そうだな……妾はビーナスだな」
「美の女神ならイシュタルもそうね」
モデル業もこなす加奈未は美容関係も強い。
「うーん……清少納言の枕草子に出てきた
「そう!! それよ」
「うん? 枕草子?」
「そっちじゃないわ。ルシファーよ!!」
「あー……そっかー」
奈恵は由来が分かったようだ。
「トリックスター! 物語を展開する者ね! 舞台監督がたまに使ってくるのよ……」
「妾はよくわからない」
加奈未の声からは苦労が滲み出ている。業界ならでは使用方法も、当初は意味不明だ。
「それが本質。トリックスターって火を人間に与えるとかした文化的英雄でしょ」
莉乃の問いかけに他の三人は素直に頷く。
「総じて人間に知恵を与える者ってことになるわ。だから素直に認めたくないのよ!!」
トリックスターには詐欺師や秩序の破壊者、悪ふざけた性格などなどのイメージが多く含まれるが、大多数はヘルメスやスサノオなどの神々を思い浮かべるだろう。
「……トリックスターの逸話」
「……妾たちは救いを求める人間」
「……現人君たちは神様」
「釈然としないわよね?」
三人は素直に頷く。
「あの二人は悪友同士だな」
この中でアマツヘレルが一番印象的に残っているのは和子だ。加奈未はその後のティーチングが印象深い。
「どこか裏切られた気分だが、現人は昔からそういう性格だったな……」
「昔の現人君って!?」
奈恵は青春を感じたのか顔を加奈未に近づけて尋ねる。
「機体には応えられない。皆より少し速く出会っただけだ。正確に言うなら入学式より二か月だけ早い」
「なんだーそっかー」
「といっても親同士の業務内容が本題だったが」
「道場だもんねー」
「そうだ」
桑沼流古武術。全国に同門道場を構え、自衛隊や警護業務などに就く民間人に教えることを生業としている。
和子はすぐ近くの同門道場で生活している。
莉乃も豪農兼大地主である実家が目と鼻の先のため、家から通学している。加奈未は奈恵と同じ寮生活。
通学が必要な生徒は一芸高校では珍しい。大体が寮生活だ。
校内から寮までの間には警備員室が配備されている。無論、寮内も同性の警備員が駐在している。
和子に求められる護衛時間は授業の合間にある小休憩のときだ。
課外授業などでも気を使っているが、そのときは本業の者に任せている。
不審者と対峙し処理を求められる直接戦闘なら加奈未はかなり強い。それこそ生半可なシークレットサービスでは相手にならない。だが、警備や護衛はそれ以外の要素が強い。
直接戦闘もするが、本職はそうならないように事前に相手の行動を潰す。
和子は不得意ではないが得意でもない。故に本職に任せている。
「石川さんと西本君の関係も気になるね」
「加奈未ちゃんも!? わたしも気になっていたの」
「あの二人はそういう仲だったのか……」
「へぇーそれは楽しそうな話題ね」
面識がある二人は邪推する。和子は初耳のようだ。莉乃は単純に面白がる。
「そうかもしれないって話だけどね」
「そうそう! ラブコメだよラブコメ!」
「なるほど」
「
莉乃の突っ込みに一同は笑い、女子会は続いていく。
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