第12話 決闘
「どこ行きたい?」
歩き出した二人は話し合う。
「少しはしゃぎすぎました。お茶でもしませんか?」
「いいね」
二人は本館に足を向けた。ちなみに全ての料金は学校持ちである。
「ウサギ、可愛かった?」
「はい! ふわふわで温かくて、最高の手触りでした!!」
「動物は凄いよね」
「広大な自然の中にいる動物を思うと威風を感じます」
「その種の壮大な歴史や仕組みが否応なしに伝わってくるからね」
他県の動物園では感じにくい所だ。自然が溢れる北海道では、動物たちの躍動感が味わえる。
「でも現人君は……先生と……」
「い、いや! 何もないよ!!」
「嘘です!! あ、あんな雰囲気を醸し出していて何もないわけないじゃないですか!?」
厳しく躾られた口調が崩れるほど希子は高揚している。
「本当に何もないよ。……ただ、敵わないなって思っただけ」
「現人君……」
悲哀を感じた希子はもどかしい気持ちになった。だがせっかくのデート。陽気な雰囲気で過ごしたい希子はすぐさま明るく振舞う。
「私たちの先生ですから!」
「それもそうだね。今の先生と同じ年齢ときは、負けないくらい魅力ある大人になっていよう」
「現人君なら成れます」
「ありがとう」
新たな目標を胸に刻み終えると、丁度目的地に着いた。
「あのお店?」
「はい! 美味しい紅茶が飲めそうです」
一階のインフォメーションで見つけた本館三階のカフェに二人は仲睦まじく入る。ここは美味しい紅茶が有名。
「ああああああ!! むずがゆいィィィ!!」
入店と同時に聞こえたのは龍治の叫び声。アンティークな店内とはミスマッチング。
「だ、大丈夫なのですか?」
「上手く書けていないと、よく叫んでいるよ」
「売れっ子作家さんも大変ですね」
窓際に案内された二人は即座にアールグレイとアッサムを頼む。龍治から席が遠いのも良い。お互い邪魔になることはない。 現人が前者で希子が後者だ。紅茶好きの希子はいつも同じで、現人は気分で変える。
「アールグレイですか?」
「春の匂いに感化されてね。フレーバーを楽しみたいと思って」
「ふふ、味覚でも春ですね」
二人は微笑み合う。窓の外は春らしい陽気な空模様。
「だからァ!! あああああ」
それでも声は聞こえてしまう。
「ああああああ!! あっ……キレた」
叫びながら頭を掻きむしっていた龍治が、突然ピタリと動きを止めた。集中力が切れたのだ。龍治はノートパソコンと閉じ、店員に飲み物のお替りを頼む。
「あ」
「気づかれましたね」
「仕方ないさ」
龍治は大きなため息を吐いて二人に近づく。
「忘れろ」
「気にしていませんよ」
「ありがとう」
龍治は希子だけに言った。
「全国模試全教科満点。秀才君は優雅にデート?」
「〆切り間際まで、何もしない作家さんとは違うからね」
売り言葉に買い言葉。嫌味には嫌味で返す。龍治は嫌味や含みを持たせるとき、饒舌になる癖がある。クラスメイト全員が知っている癖だ。特待生の模試結果は、各教科終了後に即座に教師数人で採点し一時間後には成績が出る。
「約束は?」
「忘れてないよ」
「約束ですか?」
気になった希子は龍治に聞く。
「決闘だ」
「決闘ですか!?」
箱入り娘は龍治の答えを真に受けてしまう。現人はすかさず訂正する。
「プラネタリウムを鑑賞するだけだよ。ほら、龍治は神話や星に詳しいからね」
「知識比べですか。青春ですね……」
龍治はツッコむ。
「希子も青春真っ最中」
三人は朗らかに笑う。店員は会話の切れ目を狙って紅茶を持ってきた。
「お待たせしました。ご注文のお品です。御後に氷出し玉露です」
お茶は龍治だ。紅茶も日本のお茶もカメリアシネンシスから作られている。同原料でも文化の違いで異なった結果が得られるのはとても趣がある。
「相変わらずのお茶好きだね」
「うるさい」
「うふふ。二人は本当に仲がよろしいのですね。少し妬いちゃいます」
「一年からの付き合いだからね。でも、希子も同じくらい遊んでいるよ」
「ありがとうございます」
恋人な雰囲気に龍治は不貞腐れる。
「茶が美味い」
「小説は?」
「煮詰まり。気分転換大事」
「それはなにより」
「ふぅ。作業に戻る。また」
龍治はそそくさと戻り執筆を再開する。
「いつも思いますが、慌ただしい人ですね」
「時間を無駄にしたくない人だからね。切り替え上手だよ」
「私は悠長な人が好みです。余韻を楽しめる時間ができますから」
「音楽家や芸術家は、そういう時間を大切するね」
「はい! とても大切な時間です」
春の日差しを浴びながら二人は紅茶を嗜む。
「窓際だと暖かいね」
「暖房も暖かくなりますが、自然の物が一番です。心までも不思議と温かくなります」
それから二人はリサイタルのことや家のことで話を膨らます。
「そろそろお昼時ですね。ここで済ませますか?」
「もう一一時だね。体調は大丈夫?」
「朝は低血圧なので……」
「無理していたね」
「……はい。でも、わたくし朝の公園が好きなので……その……」
恋人と好きな場所を無理してでも行きたい。粋な乙女心だ。
「大丈夫。怒っていないよ。せっかくの貸し切りだし、ゆっくり周りながら惹かれたお店に入ろうか?」
「いいですね! なに召し上がりますか?」
「それを含めてレストラン街を見て周ろう」
「はい!」
二人は店員にお礼を述べ店を出た。目指す先は別館最上階のレストラン街だ。改めて三階を見渡すと、ショッピングモールらしく服屋や雑貨店が目立つ。
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