第13話 姦しい二人

「希子はどんな服が好き?」

「ヒラヒラしたのはそれほど……。ワンポイントフリルや白系統は好んで着ます」


 スラーっとしながらも可愛い服が好みのようだ。


「現人君の好みも教えて下さい」

「特にないかな。普段着が制服や背広だから、私服っていう私服はないよ」

「それはもったいないと思います! せっかくですから、私がプレゼントしてもいいですか?」


 お洒落に無頓着な現人にとっては有難い申し出だ。


「嬉しいよ。ありがとう」

「任せて下さい!!」


 二人は店先を見ながら話し合う。希子が提案し現人が感想を述べる。あーでもない、こーでもないと話し合い、四店舗目に好みに合う服屋を見つけた。


「いらっしゃいませ」


 店員を含め店内はハイセンスだ。粋がった雰囲気はない。


「彼に似合う上下一式を見繕って下さいな」

「かしこまりました」


 全てを選びたい人でない限りは、プロ任せが無難だ。チェーン店の店員ですら、アパレル以外の人と比べると良いセンスをしている。店員に声をかけられるまで、二人は服をあてながら楽しむ。


「この服似合っていますよ」

「そうかな。少し大きいと思うけど……」


 現人は浅い知識だけで、リアルなお洒落には弱い。


「これは、そうーいう服です!」

「そ、そう……。実際のコーデって難しいね」

「あっ!!」

「どうしたの?」


 希子は気付いてしまった。


「靴も欲しいですね」

「そういえば、お洒落は足元からって言うね」


 靴を数点置いてある服屋も多々ある。


「順番が逆になりました……」

「申し訳ないけど、プロの腕を信じよう」


 配色もあるため、先に靴を選ぶと服が合わせやすい。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


 奥には数種類の上下一式が並べられている。


「服を見繕いました。お好みの服装はどれでしょうか?」

「この二つはわたくしの趣味ではないです」

「私も同じです。残り三種類の傾向で一式。靴もお願いします」

「少々お待ち下さい」


 現人は靴のサイズを店員に伝える。店員は選ばれなかった服を持ち奥に行く。二人は残っている服の良い所を話し合う。


「お待ちしました。こちらが、選ばれた服の傾向を反映した物になります」


 季節感を問わず着回しできる服装と、春の季節に合う服装の二種類だ。


「こちらは、夏はインナーを半袖にしたり袖を少し畳んだりしてもお洒落です。冬はコートの中に着ても問題ありません。靴はスニーカーで合わせましたので、こちらも季節感を問いません」


 着回しできる服なだけあって、色合いや素材は無難の一言に尽きる。


「こちらは今時期から夏までの間に着ていだたく服となります」


 北海道の肌寒い春。厚手のインナーに加え、堅苦しさがないカーディガン。上着と革靴に合うパンツは、スマートな現人にマッチしている。


「現人君はどうですか?」

「どちらも問題ないよ」

「季節感がある服装でいいですか?」

「もちろん。希子が選んでくれた物だからね。大切に着させてもらうよ」

「気にしないで下さい。店員さん、彼に似合うベルトなどの小物も一緒に見繕って送って下さいな。あと服装も同傾向で五セットほどお願いします」


 プレゼントと言ってもお金は発生しない。この料金も学校持ちだ。


「ご確認しなくても宜しいでしょうか?」

「はい。素敵な服を見繕っていただき、ありがとうございます」

「少し服に興味が持てました。ありがとうございます」


 今日一日、学校が料金を肩代わりしても損はない。なぜなら、特待生たちが広告塔だからだ。英知や一翔が活躍すれば、スポーツが得意な人は受験するだろう。幸也や莉乃なら、その分野の研究者が学校に一目置き、研究内容では滞在するだろう。国内外問わず知名度は上がる。


 山次郎や有梨華は金銭的な利益を学校にもたらしている。一年生に書いて見せた作品は製作動画と共に売り出された。売値は八桁近い値段だ。売値の大半は製作者に渡るが、施設や道具は学校の物。マージンをもらう権利はある。有梨華のソフトウェアもこれにあたる。


「かしこまりました。またのお越しを心よりお待ちしております」


 店員は深々とお辞儀した。二人は気持ちを受け取りレストラン街を目指す。


「素敵なプレゼントをありがとう」

「いえいえ。わたくしも嬉しいです。絶対現人君に似合います!!」

「頑張って着こなしてみるよ」

「はい!」


 渡り廊下に差し掛かると、付近の服屋から楽しげな声が聞こえてきた。


「すみません。少し入ってもいいですか?」

「もちろんだよ」


 希子はお礼を言い入店する。現人もその後ろに付いて行く。


「流石モデルさんだよ。何着ても似合うよ!!」

「そんなことないよ。奈恵みたいな可愛い服は私に似合わないもの」


 お互いを着せ替え人形にして楽しんでいる二人に希子は話しかける。


「ごきげんよう。お二人とも満喫していますね」

「もちろんよ」

「他のお客さんがいると中々できないからね。この機会に満喫しないと損だよ!!」


 加奈未は髪を流しながら、奈恵はガッツポーズしながら応える。


「私は無視か……」


 現人は目線すら合わせてもらえない。二人が着せ替えする服屋は女性服専門店だ。そこに彼氏でもない男が入るのは……。


「わたしたちの気持ちに気付いてないよ……」

「はぁ。ここは女性服だけが売っているのよ。デリカシーに欠けると思わない?」

「え? あ、ごめん。希子、外にいるから楽しんで!」

「ご迷惑をおかけします」


 現人はこういう女性的な機微に疎い。実際、なぜデリカシーに欠けるか理解していない。二人に言われたからもあるが、創作物に習って行動しただけ。それでも友達付き合いの大切さだけは理解している。外に出た現人は胸を撫で下し周囲を窺う。


「ちゃんとしていますね」


 少し離れた場所にガラス張りの喫煙室がある。中には煙草に火を点け、周囲を見守る霽月がいた。現人はハンドサイン受け、店の出入り口に陣取る。そして目を配る。


「……異常なしですっと」


 同じ手法で霽月に報告する。


「本当に生徒想いの教師ですね」


 地方回りのとき現人は護衛対象になる。それは、守る側の行動もある程度知っていることになる。でなければ咄嗟のとき無秩序に動いてしまい、護衛官とはぐれてしまう危険が伴う。そのためシークレットサービスの触りくらいは模範できる。


 いくら貸し切りとはいえ、警護に気を使うのは当たり前。クラス担任には、そういう技術も求められる。職業柄、幸也や有梨華は味方も多ければ敵も多い。スポーツ組も活躍すればするだけ賞賛と同時に妬まれてしまう。


 そんな卑しい相手から守る必要があるのだ。特待生クラスでも武術経験があるのは現人と和子だけだ。その二人は警護隊を感じ取れる。だが姿までは見えない。あくまでも気配だけ。学校では入館理を徹底し監視体制も十分。警護者が付きまとう必要もない。


「希子ちゃん可愛いよ!!」

「私たちの中間だから何着ても似合うのよね」

「そんなことないですよ」


 奈恵の可愛さと加奈未の綺麗さを希子は持っている。人によっては中途半端に感じる。


「こっちも着てみてよ」

「これはわたくしより、加奈未さんが似合いますよ」

「そんなことないよ!」

「だってわたくしは……身長低いので……」

「……そうだった……わたしたち小さいもんね……」


 好意でも女性に小さいは禁句。


「私からしたら羨ましいよ。だから気にしないで。ほら、これはどう?」

「可愛いですね。流石モデルさんです」


 希子は加奈未のセンスを尊敬する。


「希子ちゃんは誤魔化せても、わたしは騙されないよ!!」

「な、なんのこと?」

「胸のことだよねー!!」

「キャー!」


 奈恵は加奈未の胸に飛び込みくすぐる。そんな二人を見る希子はどこか分かっていない様子だ。


「そうよ! 胸のこともあるわよ!! だって可愛い下着が少ないもん。それに胸に服を合わせると、袖や肩幅がぶかぶかになるのよ! 羨ましく思ってもいいじゃない!」

「ほらー! やっぱり自慢だよ!! 希子ちゃんも一緒にくすぐって!」

「え? あ、はい!」

「ちょと二人とも! アハハ……こら! アハハ」


 二人の笑い声は店の外まで響く。


「アハハ……あっ……いい加減に……しなさい!」

「あうっ」


 奈恵に軽いチョップがさく裂する。


「やりすぎてしまいました。すみません」

「希子はいいのよ。まったく胸ばかり気にしているけど、奈恵だって凄い人気じゃない」


 大袈裟に頭を擦る奈恵はふてくぎみに愚痴る。


「ありがたいことに沢山の人から応援して下さっていますよーだ。でもわたしはもう高校三年生!! 飴ちゃんもらって喜ぶ歳じゃない! それなのに毎回毎回ケータリングには飴やキャラクター物のお菓子って……ぐす。やっぱり胸ですかー! それとも身長!!」

「もう仕方ないわね。ほら、お姉さんの胸に飛び込んでおいで」


 加奈未は泣いている奈恵に向かって手を広げる。


「うわぁー」

「よーしよし」


 奈恵は泣きながら胸に抱き付き加奈未は頭を撫でる。


「隙ありッ!!」

「ちょ……キャー!!」

「私はお邪魔のようなので、これでお暇させていただきますね」


 希子は空気を読み店から出るのであった。


「希子!! 助け……アハハ!! アハハ!!」


 大きな笑い声は外にいる現人を振る向かせるほどだった。


「お待たせしました」

「だ、大丈夫なの?」


 振り向いた先にいた希子に尋ねる。


「とても仲がいい二人です。大丈夫ですよ。時間を取らせてごめんなさい」

「希子が楽しめたならよかったよ。行こうか?」

「はい!」


 大した時間も掛からず二人は目的地に辿り着く。そしてレストラン街を一通り見て周った。

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