第14話 お昼ご飯
「どれも美味しそうですね」
「本当だね」
二人はパンフレットを見ながらベンチで相談中だ。
「軽めのお食事がいいですね」
「軽いのがいいね」
「なら和食から選びましょうか」
複合施設にある和食店は天ぷらや寿司、麺類や鍋だ。この中で軽めの食事となれば、おのずと限られる。
「お寿司と麺類どっちにしますか?」
「うどんなら学校のが美味しいよね」
「食材も職人も一流ですからね」
北海道で取れた鮮度のいい食材を多く使い、出汁とトッピングをこしらえる。職人は香川県出身。サイドメニューは讃岐うどんならではのおでん。麺は毎朝その日の気候に調節した手打ち麺。
「長期休暇は政界関係者と一緒に地方回りしていてね」
「私も夏休みは地方リサイタルをお受けしています」
「出先の昼は蕎麦やうどんが多いよね。本場の讃岐うどんはやっぱり違うね」
「現人君もですか! 私も高松リサイタルで食べましたが同じ感想です。本場の
蕎麦は二人の好みではない。札幌ラーメンはバターやコーンなどで重い。なしだ。なら残る候補は一つ。
「うーん、そうですね……。お寿司にしますか?」
「いいね」
お昼は決まった。もちろん回ってないやつだ。
「いらっしゃいませ」
暖簾をくぐった二人は着物の女性に歓迎された。その女性は姥桜だ。何気ない動きですら品がある。
「お二人でしょうか?」
「はい」
現人が答える。
「カウンターにご案内いたします」
二人は静かに座り大将から挨拶を受ける。
「この度は当店をお選び、誠にありがとうございます」
二人は仰々しい言葉を軽く受け流し注文する。
「私にはおきまりを。彼女は青魚が食べられないので、おまかせをお願いします」
女性がお茶を差し出す。二人は一口飲み一息つく。
「お伺いしました。玉子と鯛、どちらからお召し上がりますか?」
大将は二人の前に寿司下駄を置く。初めての店ではおきまりが無難。おきまりとは握り盛に近い品だ。ただ希子のように食べられない魚種がある人は、それを伝えてお任せにするとよくしてくれる。
「鯛でお願いします」
「わたくしも鯛からで問題ありません」
現人は含みある笑みを浮かべ、希子は純粋な笑みで言う。
「わかりやした」
大将は東京に縁があるようだ。無論一般客、しかも高校生の二人に一貫目は聞かない。ではなぜ聞いたのか。一流は一流を嗜む。自分なりの拘りを持っていてもおかしくない。
寿司屋の玉子は大将から板前、板前から若手と世代を通して味と技術が受け継がれていくものだ。玉子で店のレベルが分かると豪語する通もいる。ある意味店を試すことになる。逆に鯛は腕を信じているということになる。大将からすればプレッシャーだ。
「鯛でございます」
素早く握り二人分を出す。二人はそれを一口で食べる。希子でも頬張れたのは大将が小さく握ったからだ。女性客に対し、このようなサービスをする店も増えている。人によっては損した気持ちになるが、寿司を二口や三口で食べるほうが損だ。
「うん。美味しいね」
「はい! シャリの温度や握り具合、ネタの切り口どれをとっても高い技術です」
「ありがとうございます!」
「私は七貫ほど」
「わたくしは五貫ほど握ってくださいな」
「かしこまりました。次は鰈です。差の二貫は青魚で出させていただきます」
「よしなに」
現人たちは三貫目から汁物を頼む。本来は大将が客の食べ終わりに聞くものだが、後半から食べても問題ない。
「こちらイクラの醤油漬けになります」
それから二人は大将の技術と魚に舌鼓を打つ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「楽しい時間をありがとうございました」
「とても美味しくいただけました」
二人は食後すぐに動き出す。寿司屋では長居しないのが粋である。
「またのお越しをお待ちしています」
女性と大将は店先まで見送る。現人と希子はレストラン街にあるベンチに座り一休み。食後の休憩を兼ねて予定を話し合うようだ。その声に食前のような力強さはない。
「いい店でしたね」
「そうだね」
「服屋の店員さんも素敵な接客でした」
「腕の立つ人を用意してくれたのかもね」
「何かお礼したいですね」
「リピートするのが一番喜ぶことじゃないかな」
「でしたら、来年のSクラスがここに来られるように申し出ましょう」
「それはいい考えだよ!」
「ありがとうございます! ……それでこの後どこに行きましょうか」
「ゆっくりしたいね」
「わたくしたちはゆっくりしましょうか。美沙さんたちならスポーツ施設で遊んでいるかもしれませんね」
「ふふっ、一翔たちも遊んでいるかもね」
スポーツ組は食後の運動をしているのだろう。
「そうだ! ガラス工房はどうかな?」
「いいですね。あっ! 細工の体験もできるそうです」
札幌には小樽ガラスを体験できる施設が数多くある。
「記念に何か作ろうか?」
「はい!」
二人は一時間ほどゆっくりした。
「大丈夫? そろそろ動く?」
「ありがとうございます。もう大丈夫です!」
「気にすることはないよ。感情でどうにかなることじゃないからね」
「ふふっ」
二人はエスカレーターで降りて、外に隣接している工房へ向かうようだ。二階に差し掛かると幸也だけの話声が聞こえてきた。
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