第4話 二ターン目

「今度は僕からだよ」


 一番手は幸也になった。順番はターンごとによって変わる。決める方法はその場のノリだ。だが今回に限っては待ったをかける者がいた。


「ちょっと待ってよ。今回も私からでいいでしょ」


 それは先ほど一番手だった莉乃だ。


「僕は譲らないよ。莉乃も折れないなら神に決めてもらおうよ」

「いいよ。神よ! 迷える子羊たちに導きを!!」


 莉乃と幸也は膝をついて祈る。


「子羊たちよ。道を示そう。先陣を切るのは……幸也だ」

「っく」

「ふふっ、じゃー僕から言わせてもらうよ。僕は攻撃を宣言する」


 幸也は雰囲気を作り言う。


「この地を満たしている塩化ナトリウム水溶液に、神ならではの強大で強力な雷が降り注いだ。それは空か落ち、地を這う」


 塩化ナトリウム水溶液とは食塩水ことだ。もちろんリチウムなどが含まれているため、厳密に言うと語弊がある。だが、ここは妄想の世界。莉乃は熟考し、龍治は一人若気にやける。


「その結果、電気分解が起こり重水素と塩に分解。そして、この地にはリチウムもある。重水素とリチウムは、この物質により重水素化リチウムと化すね。さらにこれを超高温で超高密度圧縮にすると、ローソン条件を満たすね」


 考え事をしていた莉乃の顔は笑顔になり、余裕を持って幸也の宣言を聞けるようになった。


「そう、その物質とはウラニウムだ」


 先ほどとは違い、溜めを作った幸也は怒りを含み宣言する。


「人間の愚かな知識と好奇心を糧に――全てを戦慄させよ――ハイ・ドロゲンボム!!」


 水素爆弾ハイドロゲンボム。英知とは言いづらい知識だ。それは技術が知識に追い付いていないからなのか、使い方が悪いからなのか、断定はできない。今回の宣言も全体攻撃だが、ダメージ一ではなく二。なぜなら、理一〇にあるようにターンを跨いだ物を説明に組み込んだからだ。


 水素爆弾は熱核兵器とも言われるほど、熱と衝撃が凄まじい。まさに悪魔の兵器だ。だからこそ、幸也は苛立ちをもって宣言した。黒く丸い塊が、突如として星空に現れた。それを見た二人は次々に言葉を投げかける。


「それを選ぶのね。……ナンセンスだわ」

「物理学者故の知的好奇心かァ」


 莉乃は含みを持って非難する。龍治は人間のを呟く。それでも二人は否定しない。ダイナマイトしかり、レーダーしかり、外科しかり、決して正の面だけでは生まれなかった技術だと理解しているからだ。水素爆弾の原理も今はそのように使われているだけで、将来は生活を豊かにする技術になるかもしれない。


「よくいうよ。莉乃はこれを宣言するつもりだったでしょ」

「……っう」


 莉乃は普段から感情の起伏がわかりやすい。龍治も分かりやすいが、前のターンに比べると物静かだ。


「次は私が……ちょっと待って。龍治はいいの?」

「あァ、俺は構わないぜ。早くしろォ」

「……うーん、次は龍治に譲るね」

「なんだと!」


 龍治が怒るのも無理はない。だが、莉乃は可笑しいと思った。次が莉乃の場合。防御を選択し、ダメージを完全に防ぐか、ダメージ覚悟で攻撃するか、次のターンのために補助をするか、大きく分けて三択。

 防御で幸也の攻撃を塞ぐと、龍治の攻撃を受けるかもしれない。それでも幸也の二ダメージより、龍治の一ダメージがマシだ。


 先ほど龍治の攻撃は塞がれ、跳ね返されている。ウユニの電気分解効果は幸也が使い、ダメージ二を与えられる素材は存在しない。龍児の残りライフは二だ。幸也の攻撃を受けるとゲームオーバーになる。


 負けないためには防御しかない。それなのに順番を莉乃に譲るのは秘策があるからにほかならない。故に莉乃は提案した。無理は承知。だから簡単に折れる。


「そうだよね。言ってみただけよ。次は私の順番」

「ったくよォ。早くしろよなァ」


 龍治は余裕ぶるが顔には焦りが垣間見える。幸也はそれに気付いたが、勝ちを確信しているため、取るに足りない存在だと切り捨てた。


「私は防御を宣言するわ」


 秘策があっても、中身を知らないと対応できない。なら、他力本願に賭けるより自力で安全を確保したほうが無難だ。


「この力は自然界でも強力。この力があるからこそ、原子として成り立っていると言っても過言ではないの。逆に言えば、何かしらの影響で力が弱まれば原子にならないわ」


 幸也は驚愕し、龍治の口角は最大限に上がる。


「それは荷電粒子間に働き反発する力。距離の二乗に反比例し、電荷の積に比例する法則に従う。そして、場合によっては真逆の力を発揮する、面白い力だわ!」


 自分の十八番を取られた幸也は悔しがる。


「――自然に還しなさい――クーロンロー!!」


 クーロン力。自然界では核力より、この力が強いため核融合は起こらない。核力を強めれば、核融合を促し中性子をウランに当て核分裂を起こすことができる。幸也の攻撃原理と同じだ。発動する条件を無くせば効果は発動しない。立派な防御だ。原子の構造模式図が水素爆弾の隣に現れる。


「まさか……原子力について、造詣が深いとは思ってもみなかったよ」

「私だって、生物以外の分野も習得しようとしているのよ。それに化学反応って臓器関連に必要だからね。その延長よ」


 二人は微笑み合う。神はこの後の展開に歓喜する。

 ――流石は我がライバル――

 莉乃は幸也の全体攻撃を防御で無効化した。その結果、龍治はゲームオーバーにならず、龍治の攻撃で二人はダメージ一を負う。全員がライフ二となりイーブン。


「アアアァァァ、俺の番だぜェ!! 二人とも覚悟はいいなァ」

「速く済ませて次のターンね」

「残念ながら振り出しだね」


 二人は高を括っている。龍治を見下しているわけではなく、読み合いと順序の違いだと割り切っている。龍治は今までよりハイテンションになる。そして荒々しく語り出す。


「フハハハ、俺は補助を宣言する!!」

「えっ?」

「なんだって!?」


 龍治はしたり顔。二人は喫驚きつきょうする。


「様々な名を持つその神は、地下鉱物の神としても崇められているゥ!! 神は女性の扱いに不慣れで、竪琴の音色に感動して涙を流すなど無垢で純真。感情豊かな側面を持ちィ、全てを等しく受け入れる神としても信仰を得ているゥ!! それには富める者プルートーンという異名もあるゥゥゥ!!」


 見事な巻き舌で威勢よく述べる。莉乃と幸也は神話や神について詳しくない。触り程度だ。だが、作家である龍治は神話を題材にした本を沢山所持している。自らを神と名乗る現人も神話に精通している。


「だがそれは本筋ではない。本筋は四季を生み出した者であり、豊穣神だ!! そして四季とは、春は命の灯火を与え、夏には厳しさと優しさを持って成長を促すゥ。秋は残酷にも刈り取り、冬では命を篩にかける。……零れた者は死に絶える。それは生と死を象徴。まさに蘇りの神話だァァ!!」


 二人は持ち直したが、次の節でその表情は崩れる。


「豊穣神とは、まさに雷神トールと同郷。そして雷神トールは、ある神と同一視されている。その神とは、全知全能であるゼウス!! そして、ゼウスの兄弟で今までの理に一致する神が存在するゥゥゥ!!」


 雷神トールと繋がりがある。ターン跨いだ説明だ。力は増幅する。


「――死後の楽園エリュシオンと共に現れろォォ――ハーデース!!」


 日本名はハデス。そして二人は理解した。彼らは三兄弟。そう、次のターンでの力はダメージ三になる。


 ハデスの外見は優男だ。だが、引き締まった筋肉と冥界の主たる風格が、それだけでないと言わしめる。特に兜と左手に持った二又の槍の存在は、持ち主であるハデスと遜色ない見栄えだ。だからこそ、右手に持っているミントの違和感が凄まじい。


 ハデスの足元には水仙が咲き誇り、左右には白ポプラと糸杉が並木道のように現れる。死した英雄たちを安らげる匂いがウユニに充満する。神が降臨するのに相応しい場と化した。


「俺は罠を宣言するゥゥゥ!!」

「迷える子羊よ。我に智を示せ」


 二人は突如として殴り合う。ただそれは怒りをぶつける喧嘩ではなくスパーリング。まさに拳で語り合う。それは唐突に終わりを迎え、神の許しを得る。


「迷える子羊よ。そなたの智を認めよう」

「俺のターンは終わりだァ!!」


 ノリで決める順番が勝負の分かれ目になった。ではなぜ重要度が高い順番をノリで決めるようになったのか。それは彼らが自らの知識に自信をもっているから。そういう理由なら手放しで褒め称えたくなる。だが真実は違う。真実は不利な状況からの大逆転が最高にカッコいいという理由からだ。


「己が英知を出し合え」


 彼らは同時に叫ぶ。


「全てを戦慄させよ!! ハイ・ドロゲンボム!!」

「自然に還しなさい!! クーロンロー!!」

「再生を促せ!! ハーデース!!」


 黒く丸い塊が低音を響かせる。だがそこに、構造模式図が溶け込むように内部に侵入する。すると音が消え、水素爆弾が欠片となりながら崩れ落ちる。


 ハデスが持っているミントが光り出すと、龍治の上からミントが降り注ぎ龍治を癒す。ライフが三に回復した。治癒力は二だが、ライフは三が最大値。どのような効果でも上限を超えることはできない。


「子羊たちよ。再度力を示せ」


 三人の心中はポセイドンが占めていた。

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