第3話 一ターン目

 速くやりたい龍治にとっては早く始まって嬉しいような、一番手を取られて少しムカつくような、モヤモヤ感を孕みながらの開始となった。幸也はお手上げポーズをとっているが、目をキラキラと輝かせ心から楽しんでいるようだ。


「私は防御にするね」


 一番手を取ったわりには慎重に防御を宣言する。


「攻撃じゃないのかよッ!!」

「一番手は狙われやすいから、防御を選択するのも理解できるけどね。僕からしたら、ナンセンスだよ」


 龍治はストレートな物言いで、幸也はチクリと刺すように文句を言う。


「そんな言葉で動揺なんてしないよ」


 二人の言葉を受けた莉乃は意図に気付き、無駄だと断言する。図星な二人も動揺はない。所謂マイクパフォーマンスの一種だ。


「内陸でありながら、塩と観光が盛んな町がある国、ボリビア。町の中心地は観光者向けのオフィスが並んでいるの」


 前説はこれで終わりと言わんばかりに、雰囲気をあからさまに変化させる。莉乃以外の三人は、莉乃の性格と前説で何を言うか理解した 龍治と幸也は、内心メルヘンだなと思いながら、自分のターンを考える。


 だが、神である現人は二人より深く考え、宣言内容の効果を推測した。その笑顔には、普段からは想像できないほどの黒さを孕んでいた。莉乃は三人の顔を見ながら本説を紡ぐ。


「アルティプラーノ。……それは、新生代に形成された二つ以上の山脈の間に広がる高原地帯。標高約三七〇〇メートルにあるその湖は、トゥヌパと呼ばれたり湖の上に国道があったり、雪原にいるような、幻想的な場所。雪原のように白い湖は、雨季だと雨が薄く広がるの。波も立たないくらい、世界で最も平らな場所と言われているわ。そんな場所だからこそ、水が蒸発する少しの時間でしか見られない現象があるの! その現象の名は……天空の鏡!!」


 莉乃の説明は最終局面クライマックスを迎える。その声には世界に認めさせる言霊を含んでいた。


「――世界の全てを写し跳ね返しなさい――サラルデ・ウユニ!!」

 莉乃が宣言したのはサラル・デ・ウユニ。日本ではウユニ塩湖の名で親しまれ、アニメや映画で多用されている場所だ。この妄想の世界も、ピンク色の斑模様のコンクリート室内から、幻想的な星空に挟まれた・・・・風景に変化する。


 効果は説明通り攻撃の反射だ。


「神よ! 罠を宣言するよ!!」

「迷える子羊よ。我に智を示せ」


 莉乃は神を静かに見つめる。それはアイコンタクトで内容を伝えるためだ。実際は耳打ちしているだけである。莉乃の場合はそのモーションで罠を仕掛ける。龍治や幸也では、また違ったモーションになる。


「迷える子羊よ。そなたの智を我は認めよう」

「やった。私のターンはこれで終わり」


 神の役目は是非の判断だ。罠は、どのターンでも発動できるが一個しか置けない。次に名乗りを上げたのは、ゲームを一番楽しみにしていた彼だ。


「やっと、俺の出番だァ。ったく、メルヘンチックな場所にしやがってよォ!! だから俺が利用してやるぜェ!! 俺は攻撃を宣言するゥ!!」


 龍治は威圧するように言い切る。一番手を取られた恨みもあり、ウユニ塩湖を利用するつもりだ。


「エクレールという語源を持つ、俺の大好物!! その意味は稲妻だァ!! そして稲妻が多いと豊作になる。その理由は、プラズマにより水分内の窒素が増加し、それが雨や雲といった水蒸気に作用するからだァ」


 龍治は神がやったように、大きく息を吸い込み説明しだす。


「そう、雷と豊穣は同一だ。そして雷は不純物が多い水ほど導電率が高くなるゥ!!」


 この一節で、龍治に対して天空の鏡が無効化された。幸也だけがわずかに驚くが説明は続く。


「雷と豊穣を同一として内包し、戦いに心振るわせる存在が……ぃ……るぅ……」


 ここで息が続かなくなった。周りの冷たい視線がとても痛い。龍治は咳き込み頬を赤らめる。だが、その感情を怒りに変え、最後の謳い文句を叫ぶ。


「――力を轟かせ撃ち砕けェ――アーサーソール!!」


 アーサソール。雷神トールの別名だ。燃えるような髪とビアードを持ち、右手には柄が短くアンバランスな槌を握っている。豪胆で武勇を重んじるさまが、全身から見受けられる。そんな彼が降臨した。


「これで俺のターンは終わりだァ!! 幸也が何を選ぶか楽しみだぜェ」


 莉乃は罠付きの防御で、龍治は雷による全体攻撃だ。幸也の手段は限られる。本来なら後攻が有利だが、このように狭められることもある。幸也の手段は大まかに分けて、攻撃か防御しかなくなった。補助も選べるが旨味が無い。


 罠もあるが攻撃しながら罠防御、または防御しながら罠攻撃を、一つの現象で起こすのは難しい。全体攻撃を選んだとしたら、龍治と幸也が痛み分けで莉乃の一人勝ち。それはあまりにも面白くない。龍治はそれ分かった上で幸也を煽ったのだ。


「ふふっ、今回は龍治だけダメージを負ってもらうよ。僕は防御を宣言する」


 幸也は罠のリスクを考え選んだ。腹黒な笑みと声で説明する。


「魔法の杖のような名前をしているこれは、性能とは真逆の物。その名も避雷針ライトニング ロッド。高い建造物に取り付けられているね」


 幸也が防御を宣言した時点で避雷針を読み切った三人は、少し期待外れな気持ちになったが、ここからどれだけ楽しませてくれるのか期待もあった。楽しみな気持ちを持てるのが高ニ病の特徴の一つでもある。


「避雷針の効果を十二分に発揮した有名な建造物があるよ。それはマンハッタンにあり、展望台や特撮映画でも有名だよね」


 幸也は他の二人のような溜めは作らず、流れるように建造物の名を言う。


「――存在を示せ――エンパイアス・テートビ・ル!!」


 エンパイア・ステート・ビル。それは夜空を映しだしている水面から現れる。建物本来の威厳もあり、SFな雰囲気を醸し出す。幸也は二階の窓辺から他の二人を見下ろす。効果は雷の無効化。


「おいおい、その言詞のどこが魔法っぽいんだァ」

「これだから……。ル・テートビ・エンパイアス。これくらいの想像力を働かしてほしいな」

「ッチ。まぁー良いぜェ」


 単語単位で逆から読めば、まさにだ。


「私も問題ないよ」

「神の我からしても問題ない。力を発揮し合え」


 神の宣言通り、各自は効果を発動させる。


「アーサーソールよ。力を示せェ!!」


 雷神トールが右手に持つミョルニル――柄が短くアンバランスな槌――を水面に叩きつける。天空の鏡が割れ、辺り一面に稲妻が乱れ落ちる。稲妻は水を伝わり莉乃に迫る。雷は幸也にも向かうが、エンパイア・ステート・ビルが避雷針の役割を果たして幸也を守る。幸也は余裕の表情だ。


「罠の発動よ」


 ここで莉乃は罠を発動する。


「なにっ!?」

「やっぱり」


 雷はせり上がってきたブロック状の塩に帯電する。


「教えてあげるね。ウユニには、もう一つの世界一があるの。それはリチウムの埋蔵量よ。世界の半分を占めているとも言われているわね」


 納得がいったのか、龍治の顔に驚きはない。


「そう、リチウム電池よ! 他にもガラスを作るための窯製作にも用いられるわね」


 リチウム電池以外にも莉乃が説明した窯業ようぎょう用途や、うつ病患者のための安定剤にも使われ、しまいには熱核精製に必要な素材としても有名だ。


「全てを写し跳ね返しなさい!!」


 右手を振り下ろして言い切る。帯電していた雷は全て龍治に跳ね返る。


「クッソがぁぁぁァ!!」


 二人のどちらかが、雷を使うことを莉乃はよんでいた。だからこその罠。


「ダメージを受けたのは君だけだね」


 自らの雷ではダメージを負わない。龍治はその一文を入れ忘れた。


「私の罠はこれで終わり」


 莉乃の終了宣言で全ての効果が終わった。


「再び力を示せ」


 神は次を催促する。一ターン目の結果は、莉乃と幸也がノーダメージで残りライフ三。そして龍治が反射された雷のダメージで残りライフ二だ。ウユニはそのままに次のターンが始まる。フィールドは、莉乃のようにターンを使って宣言しないと変わらない。

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