第17話 高校生デート

「円柱で花や光り輝く小川を表現したいです」

「誰だそれは? 写真はないのか?」

「……今サンドブラストをしています」


 グルグル竿を回転させているが、うまくガラスを巻き取れない。


「儂ぐらいになると何を思っているか分かるぞ。よしっ、ちょいっと拝見っと」


 職人はその物限定で相手の気持ちが分かる。経験やセンスといった努力の結晶だ。


「写真で見るより幼いな……まあイメージ通りだな」


 現人は少し照れくさかった。親方は写真と実物の違いを理解した。本物は現人のイメージそのままだった。


「希子ちゃんは現人のコレか?」


 小指を立てて現人を茶化す。


「そんなところですよ」

「っけ。山次郎と違って可愛げがない奴だな。ほら貸してみろ」


 山次郎のようにガラスに関する知識や技術を取得すなら、こんな序盤に手を貸すことはしない。だが現人は体験コースだ。技量は求められていない。


「こうしてやってみな。儂は色ガラスを並べているから」


 親方は現人のイメージになるように、炉近くの台に色ガラスを並べだす。 


「よし、こんなものか。どうだ? できたか?」


 五分もかかっていない。流石は熟練のなせる業だ。


「うまくいきません」

「初心者にしては上出来だ。炉に関しては任せな。その間に色ガラス見てみな。見てもあまり分からないだろうが、一応な」

「わかりました」


 親方は吹き竿をクルクル回し出す。現人は言われた通り色ガラスを見る。……確かに見ても分からない。色ガラスといっても粉や粒、小さなタイルだから仕方ない。ただ漠然とイメージ通りだと感じた。


「どうだ?」

「はい。これでお願いします」

「早速始めるぞ!」


 親方は素早く棒を出し、ドロドロに溶けたガラスに色ガラスを巻き取るように付着させる。そして再び炉に入れクルクル回し出す。


「ある程度馴染んだら息を吹き込むぞ! 最初は吹き込みづらいが、固まりだすより早く吹き込め! あと絶対に吸い込むなよ!」


 親方はしつこく注意する。

 溶けたガラスはだいたい一三〇〇度。その熱気を吸い込めば呼吸器官がどうなるかは容易に想像がつく。


「こんなものか。口元までもっていくからな。頑張れよ!」


 炉から棒を出し口元まで素早く動かす。現人は両手で軽く支え、力いっぱい吹き込む。その間も親方は竿をクルクルと回す。


「よーし。そのまま吹き込め!!」


 ガラスに息が吹き込まれ、豆電球のように少しだけ膨らむ。


「よーし、いいぞ。次は――」


 二人は次々と工程を終わらしていく。最終工程は安全な場所で終わりを迎える。


「これで完成だ! 後は冷まして明日発送するからな」

「ふぅ」


 二人とも満足げに完成品を見る。形は細い円柱。模様はかなり凝っている。栄光の繁栄を築いた自然豊かな音楽の都。キラキラ輝く小川にデフォルメされた音符が風に乗り踊る。ガラスの冷たい印象や耐久性の不安感は、自然らしい緑色と栄光の街たる芯の強さが緩和させる。箱入り娘ながら音楽では妥協しない希子らしい印象の作品だ。


「それにしても彼の集中力は流石ですね」

「俺とは違って活躍しているだけあるわ!」

「……失礼ですが何故彼の弟子入りを?」

「どこまで登り詰めるか見たかった。もう老い先短い身だ。結果は上から見ているさ」

「……ありがとうございます」


 技術は認められても、年齢のせいで相手にされないことはしばしばある。現人たちが若者という色眼鏡から逃れられる歳まで、この老職人が生きている保証はない。まだまだ頑張って下さいと言うのは野暮だ。好意に感謝。それは双方にとっていいことだ。


「よせやい。そんな柄じゃねぇ」


 照れ隠しなのかぶっきらぼうだ。


「まあ……」


 老職人は照れ顔から一変、真面目な顔で続きを言う。


「陶磁器のためにガラス細工の技術を学ぶとは……。若くして認められるだけのことはある」


 陶磁器は他の焼き物より多くガラス成分を含む。


「おっ。そろそろ一区切りだな。現人は嬢ちゃんと楽しんでこい」

「私も山次郎に挨拶を……」

「はあ。現人は職人の性分を少し学びな。要するにだ!」


 老職人はわざわざ炉の前に移動して言う。


「師匠と弟子の時間を邪魔するなってことだ!! ほら、いったいった!!」


 火のせいなのか、恥ずかしいからなのか分からないが、老職人の顔は真っ赤だ。


「ふふっ。体験指導ありがとうございました」


 現人は老職人に頭を下げ、希子の元へ戻る。後ろからは子弟関係らしい話声が聞こえてきた。


「おかえりなさい。どうでしたか?」

「イメージ通りに完成したよ」

「本当ですか! すごく楽しみにしていますね」

「もちろんだよ。それでも希子のグラスはどんな感じかな?」

「それは後のお楽しみです!」

「お互いに楽しみだね」

「そうですね。それでこの後ですが、わたくし行きたいところがあります」

「どこかな?」

「そ、それは……」


 希子は恥ずかしさのあまり俯いてしまった。


「その……ゲ、ゲームセンターです!」

「約束の時間まで一時間ちょっとあるから行こうか」

「あ、ありがとうございます。よ、宜しくお願い致します!」


 希子のテンパりは今日一番だ。だが現人には恥ずかしがる理由が分からない。


「早速行こうか」

「はい!」


 二人は老職人やお姉さんにお礼を述べて店を後にした。レストラン街を経由して、本館四階のゲームセンターを目指す。もしかしたら再び幸也と有梨華に会えるかと考えたが、二人は誰にも会うことなく目的地に着いた。それもそうだ。今は一五時半過ぎ。落ち着いて菓子を食べたい時間だ。


「何したいの?」

「こ、こっちです!」


 機種が見えるまで内緒のようだ。二人はメダルコーナーを抜け体感コーナーに差しかかる。すると男たちの声が聞こえてきた。


「あの二人のようだね」

「仲良しのコンビですね」

「避ける?」

「挨拶してからで大丈夫です」


 希子にとってこれは助け舟だ。この間に気持ちを落ち着かせることができるからだ。


「ごきげんよう」

「相変わらず仲がいいね」


 声をかけられた二人は同時に振り向く。


「現人に希子さん、満喫しているか!?」

「二人ともやる?」


 一翔は熱く英知はダルそうに。


「はい。満喫しています」

「遠慮しとくよ。希子としたいゲームがあるからね」


 英知たちはバスケットライで遊んでいた。制限時間内にボールをリングに入れるゲームだ。


「バスケット得意なのですか?」


 希子の問いに二人は熱くなる。


「得意じゃないよ。ただ、二人の得意なスポーツ以外ってなるとね」

「そうそう! これで勝ったらポーズを決められるんだぜ!」

「「ポーズ!?」」


 一翔の補足に現人と希子は驚いた。ただ、その理由は違う。希子はこれから現人と遊ぶ機種と違ってほしいから。もしも同じなら気づかれるかもしれない。それはかなり恥ずかしい。現人は単純にゲームセンターに必要なのかという驚きだ。


「そう! 勝者がプリクラのポーズを決めるんだぜ!!」

「今までは俺の全勝」

「う、うぅ」

「そうか! プリクラか!」


 希子は恥ずかしがり、現人は今までのことに納得した。


「おう! さっきは惜しい所までいったんだけどな。今回は勝つ!!」

「今回も俺が勝つさ。二人ともまた今度な」


 英知たちは見つめ合いながらボールを取る。青春の始まりだ。彼らの世界に入れる者は、彼らと青春を分け合いっているチームメイトだけだろう。もちろん、クラスメイトたちとも分け合っているが度合いは違う。


「始めちゃったね」

「そ、そうですね。……プリクラ撮りませんか?」

「もちろん!」

「ありがとうございます!!」


 何事も素直で正面突破が一番。


「これです!」

「分からないから任せていい?」

「はい!」


 二人は美白やトキメキメイクと書かれたプリクラ機に入った。

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