第18話 プリクラ

 いらっしゃいませという音声が二人を迎え、お金を入れて下さいとアナウンスが流れる。現人は勝手が分からず終始希子に任せた。希子は手慣れていないが、率先してガイナンス通りに設定を弄る。


 明るさや目の大きさ、メイクの仕方などだ。貸し切りで施設利用料が無料であってもゲームセンターは違う。設定が終わると二人が画面に写り、ポーズをお願いされる。


「好きなポーズで撮りましょう!」

「そ、そうだね」


 全く慣れていない現人はポーズを取れと言われても思いつかない。それにポーズを考える時間はほとんどない。希子は現人の腕を取りピースサインをする。現人は更に固くなる。ぎこちない男は彼女の真似で精一杯だ。その時にシャッターが下りた。


 笑顔で軽く腕に抱き付く希子と、棒立ちな現人が撮られた。折れ曲がったピースが余計に不格好だ。後の落書きに期待したい。プリクラはポーズするという大義名分でパーソナルスペースを詰めたりボディータッチだったりが許されやすい。引っ込み思案な子でも大胆になれるのだ。


「次はオーケストラらしいポーズでお願いします!」


 現人にとってお題はありがたい。再び音声にポーズを要求される。希子はバイオリンを弾くように。現人は指揮者のように向かい合う。今回は上手に撮れている。


 現人はそれとなく感覚が掴めた。ゲームと同じでノリが大切だと。希子はお題を出せば現人がそれなりにしてくれることに気が付いた。クラークのポーズや鐘を二人で鳴らすポーズ、熊と狐のポーズとお互いに楽しんだ。


「楽しかったね」


 写真撮影が終わり現人は達成感を得ていた。


「これからが一番楽しいですよ!!」

「うん?」

「こっちに来て下さい」


 現人は困惑顔だ。希子に連れられ隣の小スペースに入る。


「先ほど撮った写真がここに映しだされます」

「欲しい写真を選択するのかな?」

「ふふっ違いますよ。ここで写真全部に落書きができます!!」


 希子は言葉で説明するより実際して見せる。音符やラメを落書きしていく。現人も見様見真似で音符などを書き足していく。


「ここに自分の名前をひらがなで書いて下さい」


 それは鐘を鳴らすポーズの写真だ。きこと平仮名で書かれている隣に真似して書く。


「ありがとうございます。これで完成です!」


 現人と希子を包み込む大きなハート。その真中に鐘を書き糸を垂らす。それはまさに二人で恋の鐘を鳴らす様。


「ど、どうですか!?」

「って言われても……い、いいと思うよ」


 ハートの色と同じく二人とも顔が真っ赤だ。


「こ、この後は?」


 現人は誤魔化すために話を振る。


「え、えーとですね。外の取り出し口から出てきますよ」

「そ、それは楽しみだね」


 気恥ずかしいのか二人は無言のまま現像を待つ。


「希子っちと現人じゃん。二人もプリクラ?」

「二人とも朝振り」


 若者言葉全開の甘めの声と芯がある声が届く。話しかけて来たのは美沙と和子だ。二人との出会いは、恥ずかしくて無言になっていた男女には願ってもないことだ。


「美沙さんに和子さんごきげんよう。そうですよ」

「二人は?」

「うちたちもプリクラだよ!」

「その通り」


 美沙は髪を弄りながら言い、和子は肩にかけた筒の位置を直しながら同意する。和子の長い筒は目を引く。他の生徒もポーチや財布を入れる小さな鞄なら持っていた。希子も小さな鞄を持っている。だが長い筒は流石にない。見た目は図面を丸めて入れる筒だ。


 ただ普通のよりも一回り太く長い。図面以外の物が入っていることは容易に推測できる。特待生たちはお互いに表面上のバックグランドは知っている。そこから推測すると中身はアレになるだろう。


 銃砲刀剣類登録証を携帯し、その物の輪郭が伺えないようにしていれば運搬は可能。だからといって護身用に持ち歩くことは法律で禁止されている。ただ、和子の場合は要人警護という大義名分がある。超法的措置と言えば分かりやすいだろう。


「希子っち、プリクラみせてー」

「いいですよ」


 和子は○○っち呼びの度に物欲しげに美沙を見る。


「和っちは何着たい?」

わらわは着替えたくないぞ」


 制服の和子と私服の美沙。性格がよく表れている。


「……きるー?」


 想いもよらない単語に希子は語尾を伸ばして訪ねる。


「そう! ここは無料のコスプレ衣装があるの!」

「そのようなサービスがあるのですね。操作説明と一緒に教えてくださいよ。現人君には白衣を着てほしかったです!」


 プリクラの入れ知恵は美沙からだったようだ。


「その気持ちすごくわかるよ! でもね、初めはコスプレよりド定番がいいの! そのほうが日常の延長って感じがしない?」

「言われてみればそのような気がします」

「でしょ。だから希子っちにはまだ早いの。にしても最初に白衣を選ぶとは……センスありだね!」

「本当ですか? 現人君! 次は白衣でお願いしますね!」


 現人は笑顔で取り繕う。


「私服もいいねー。休日デートはまだでしょ?」

「まだないですね」

「だからこそ! コスプレは普段と違った特別感を味わうために!」


 制服デートだけよりも、私服デートを混ぜたほうが楽しい。美沙の力説は続く。


「和っちの制服や和服は見慣れているの。でもナースやチアみたいな可愛い恰好も捨てがたいけど……ここは特別感を出すために男装!」

「男装ですか!?」


 和子と現人はお互いに苦笑いだ。


「そう! 応援団の恰好や腕まくりをした白衣、学ランもいいかも! そして一緒に写るうちはチアやナースをして、恋する乙女風で撮るの!」

「それは見てみたいですね!」


 現人は気配を消し、すり足で現像したプリクラを懐に入れる。希子にも渡したいが今は無理だ。他のクラスメイトに見られるのはかなり恥ずかしい。プリクラはあとで希子の部屋に届けようと思う現人であった。出汁にされた和子も合わさり三人は熱く語り合う。


「盛り上がっているところ悪いけど、そろそろ時間だよ」


 姦しい三人は同時に腕時計を見た。

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