第19話 戦場へ

「もうこんな時間ですか」

「えープリクラ撮る時間ないー! 和っち少しオーバーしてもいい?」

「ダメだ。札幌から稽古場まで時間がかかる。それに美沙も予定があったはずだろ」

「練習じゃないもん! 少し遅れても大丈夫!」


 乗り気ではない美沙に和子は嗜める。


「バドミントンがより人気になる機会だろ。目標の一つに近づくと思うぞ」

「だって、ファンション雑誌のインタビューだもん! 確かにお洒落は好きだけど、練習の時間を犠牲にするほどじゃないよ!」


 センスが認められることは嬉しいことだ。たが、一番大切な物を犠牲にしてまで欲しい物ではない。美沙は卓球やスケートのように、バトミントンにも注目してもらいたい想いがある。競技以外でも選手の露出が増えれば、その分だけ目に留まり興味を持ってもらえる機会が増える。


「そうだけど……和っちと……」


 そんな美沙に和子は仕方なく折れる


「また今度撮りに行こう。妾がいれば警備も大丈夫だろ」

「……和っち!! 約束だからね!!」

「わかったわかった」


 我が儘を言う美沙とそれを嗜める和子。まるで姉妹のようだ。


「丸く収まったね。三人とも移動しよう。お客が入店して来るよ」

「皆さん駐車場に行きましょうか」

「しかたないっかー」

「そうだな」


 和子はチラッと現人に視線を向ける。


「現人君は龍治君と予定があるので残念ながら別です」


 朝と違って帰りはバラバラだ。学校から人数分の車が用意されている。


「希子っち! 一緒じゃなくていいの?」

「はい! 十分楽しめましたので!」

「そうじゃなくて! デートって見送りをしてまでだよ! だよね! 和っち!」

「妾もそっちには疎くてな」


 和子が異性に求めるのは、自分と同等以上の個人戦闘能力だ。これを成せる同世代はいない。強者がいても年がかなり離れていたり、妻子持ちだったりする。和子は悉く恋愛に縁がない。


「お気遣いありがとうございます。ですがこのあと打ち合わせがありまして……」

「ほんと!? 無理していない?」

「本当ですよ。GW中は巡業が予定されています。その打ち合わせです」

「美沙と違い希子は勤勉だな」

「それはずるいよ! 和っちのいじわるー!!」


 二人は笑顔でじゃれあう。


「美沙さんは札幌で取材ですか?」

「すぐ練習できるようにしてもらったから学校だよー」

「私も学校です! 一緒に帰りましょう!」

「もちろんだよ! 和っちもいいよね?」

「断る理由がない」

「見送りデートは今度だね! 次は夜遅くまで……ムフフ!!」


 美沙はニヤリと笑い希子を弄る。


「そ、それはまだ早いです!!」


 ここで恋愛に疎い和子が問いかける。


「デートは夜にもするものなのか?」


 希子たちは唖然とする。唯一男である現人は我関せずだ。


「和っち……本当に分からないの!?」

「男女で日が落ちてすることなど……夜戦訓練か?」

「それは男女じゃなくてもできるでしょ!」

「夜間限定なのが分からない」

「……まさかっ!! 生物的な!? そ、そういうことなの!?」


 和子の天然な発言に美沙は焦る。箱入り娘には刺激が強い。希子は咄嗟に話題を反らす。


「と、とりあえず帰りましょう!」

「そうだよー! 未察知護衛よろしくね」

「任せろ」


 過激な話はどうにか終わった。現人たちがゲームセンターから出ると、自動販売機前で水を廻し飲みする英知と一翔に再会する。


「二人とも一緒に帰ろう」


 安全面を考慮して和子は提案する。


「多いほうが楽しいね」

「ご一緒しませんか?」


 姦しい三人に誘われた二人は即答する。


「俺たちこのあと親善試合。俺が競技場で」

「俺はドームだぜ!! 今から燃えるぜ!」

「札幌だね」


 外の施設を使うのは珍しい。


「俺たちのマネージャーが結託した」

「いつもと違う刺激が欲しいなってなって!! それに帰りは英知と同じだぞ!」

「って具合に乗せられて俺の試合も決定。はぁ……」

「折角だ! 勝つ気で楽しもうぜ」


 ため息を吐いた英知に一翔は熱血で答える。


「そういうことじゃないけど……まぁいい。誘ってくれたのに悪いな」

「仕方ありませんね」

「気にするな」

「じゃーうちたちで帰ろう!」


 英知は現人に目線で問いかける。


「私も予定があってね」

「現人も大変だな。俺たちも行くな」

「おう! 三人とも駐車場まで一緒に行こうぜ」


 警護の人たちにとってはありがたい流れだ。


「エレベーターでいい?」


 全員が頷く。途中にあるエスカレーターに差し掛かると現人は別れの挨拶をする。


「私はここでおいとまするよ。また学校でね」


 プラネタリウムに行けるのはエスカレーターだけ。非常用階段は設置されているが、常時の出入り口は一つしかない。ショッピングセンターの映画館と同じだ。


「また学校で」

「じゃーねー」

「おう! またな!!」

「達者でな」


 四人は思い思いの挨拶をする。


「現人君。また学校で……」


 他の四人と違い希子だけは現人の前まで来て伝える。


「もちろんだよ。有意義な打ち合わせができるといいね」

「ありがとうございます! それでは……ごきげんよう」


 手を振った後、四人を追いかけるように希子は歩き出す。現人はその背中を見つめ、今日一日を振り返る。とても楽しかったと。


「すぅー。……ふぅー」


 彼らに背を向け現人は大きく息を吸い止める。そしてゆっくりと刺すように吐く。そこには、笑んでいた現人ではなく凛々しく真面目な現人がいた。


「行くか」


 星空に続く自動階段エスカレーター。上下左右に星や惑星をあしらいブラックライトで輝かす。


「神である我に相応しい道だ」


 今の気分は天地創造の全能神。ただしそれは、高二病の現人だけが思うことだ。小中学生は純粋に楽しめる。中盤には地球の成り立ちが掲載されている。現人は流れる景色を振り返る。


「っつ! いつの間に!?」

「エスカレーターに乗ってすぐだ」


 真後ろには警護役の霽月がいた。


「お前たちの遊びが終わるまで外で待っている」

「……よろしくお願いします」


 最上階フロアーに着いた二人は眩しさのあまり目を細める。一面ガラス張り。夕日が差し込みオレンジ色に染まったフロアー。シアターの出入り口には小さな受付があり、そこから老紳士が一礼する。


「俺はここでな」

「はい」


 現人はシアターに入る。霽月は出入り口を守るように陣取る。


《宇宙。その誕生はチリと埃からでした》


 聞こえてきたのは始まりの一節。そして中央には目的の人物が佇んでいた。


《それらは大爆発ビックバーンを経て、空間へと広がっていきます》


 シアター内は暗くても、座席や通路には小さな非常灯が設けられている。十分に歩ける。


「遅い。上映してもらった」

「それは悪かったね。早速やるかい?」

「井戸端会議なら余所でやってくれ」


 龍治はニヒルな笑みで皮肉る。


《ビックバーンのイメージを再現しました。シアター全体を使って表します。宇宙の壮大さを体験してみましょう》


 これがこの番組の売りの一つだ。


「立場を知れ」

「フン! ヤルぞ!!」


 二人は睨み合い声を荒らげる。


「「聖戦ハイリガー・クリーク!!」」


 それはビックバーンとともに始まった。

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