第16話 師弟関係
青春を謳歌している男女の高校生は、外にあるガラス工房にやってきた。
「わー!! 綺麗なガラス細工がいっぱいです!」
「記念にはもってこいだね」
工房は建物の裏手にあり、他のテナントと比べると閑静だ。二人はショーウインドウに並べられたガラス細工を見て楽しむ。
「見てください! ガラスの楽器がありますよ」
「ガラスのオーケストラだね」
ピアノから始まりバイオリン、ティンパニー、トロンボーンといったミニチュアサイズの楽器たちが、通常配置を意識した並びで展示されている。まさにオーケストラ。細工のできもいい。細かいところまで精巧に作られている。ただ指揮棒だけ無いのが少し寂しい。
「サンドブラストと吹きガラスが選べるみたいですよ」
「私は吹きガラスにするよ。希子は?」
「肺活量に自信がないのでサンドブラストにします」
風鈴調のチリリーンが入店を知らせる。入り口の部屋には受付しかない。どうやら奥の部屋が作業場のようだ。カウンターにはお姉さんが待機していた。
「いらっしゃいませ。体験でしょうか? それとも……弟子入りでしょうか?」
「「弟子!?」」
思いもよらない言葉に二人は驚く。
「はい。陶芸家としても有名なあの人が朝一で来られまして……。開口一番に一日だけ弟子にさせてくれと……」
「あの人ですか……」
「見ないと思ったら……」
特待生で陶芸家として有名な人は彼しかいない。弄られキャラでどこか憎めない彼だ。
「弟子ではありません。私が吹きガラスで、彼女がサンドブラストです」
それを聞いたお姉さんは露骨に安堵する。
「それではこちらへ」
奥の部屋に入ると工房的な内装だった。最初に感じたのは熱気だ。次は機械音やガラス音が耳に響く。お姉さんは作業着の老職人に伝える。
「すいません。こちら体験希望の人たちです」
「よかったー! あっ、わかりました。あとはこちらで引き受けます」
「よろしくお願いします」
お姉さんは会釈をしてから受付に戻っていく。
「参加ありがとうございます。まずは注意事項です。こちらに座ってください」
敬語が苦手なのか所々危うい。案内された場所は簡易な作業テーブルだ。机の近くには受付に続く扉とは別に頑丈な扉がある。その扉の覗き窓からは熱々と稼働している炉がチラリと見えた。
「ここまで技術畑だけできまして……。言葉が悪くてすいません」
長身の老職人は最初に断りを入れる。
「大丈夫です」
「腕があれば問題ありません」
現人の見定めるような問いに、職人は不敵な笑みで答える。
「では、まず安全についてですが――」
テキストや絵を使い丁寧に注意事項を説明する。
「以上です。大丈夫ですか?」
尋ねられた二人は同時に頷く。
「まずはサンドブラストの説明です」
ガラスの表面に砂を吹き付ける技法。削りたくない所はマスキングテープで表面を守り、無いところは削られ模様になる。電動彫刻ペンで小さな絵柄や文字も付けられる。ハンドメイドが好きな人向けのコースだ。吹きガラスは棒の先端に付いたガラスを膨らます技法だ。職人さんの説明も手馴れていた。
「サンドブラストはおいらが教えます。現人君は作業着を着て奥に入ってください。脱ぐのは上着だけで大丈夫です」
おいらは東京の方言だったが、ある歌で全国的に有名になり、どこでも使われるようになった。北海道の方言ではない。現人は上着を脱ぎ黒色のツナギを着る。通常の服より厚手で少し重い。見る人や着衣者に安心感を与える。
「大丈夫ですか?」
身を守る服や道具は着こなしてこそ意味を成す。
「問題ありません。奥に親方と山次郎君が作業していますが、現人君のことは伝えていますので」
安全講習の間に受付のお姉さんが伝えたようだ。本来なら他の作業員もいるが今日は三人だけ。客は多くても一四人だ。三人でも問題ない。
「逞しく見えますね」
「ありがとう」
希子は目をキラキラさせながら言う。
「よかったら完成品を交換しませんか?」
「もちろんいいよ。また後でね」
「はい! 楽しみにしています」
これも青春の一ページ。淡い思い出だ。作業場に入った現人は堪らずに漏らす。
「うわぁ……」
普段から否定的なことを言わない現人でも流石にきつかったようだ。熱気などが先ほどの比ではない。サウナよりかはマシだが、湿度も高く少し呼吸しづらい。耳に響いていたガラス音も耳に触る。しかしこれらは想定済みだ。
だが、クラスメイトと体格がいい老職人が、汗水流しながら熱い師弟関係の姿を見れば言葉も漏れてしまう。
「親方! こんな感じですか!?」
「何度言ったらできる!! もっと厚みを均等にしろ!!」
「すみません!!」
「形が歪だ!! 卵型だと何度言えばいい!!」
「はい!」
作業場の温度が高いのは炉のせいだが、彼らが原因かと錯覚してしまうほど熱い。彼らがしている工程は、水分を十分に含ませた新聞紙で吹き竿の先端に付いているガラスの形成だ。大体の形が決まる大切な工程だ。現人は覚悟を決め熱い師弟関係に割って入る。
「すいません! 体験希望の者です」
「おう、姉ちゃんから聞いているぜ。少し待て。……よし、ここからは一人でやってみな。納得できた物が作れたら俺を呼べ」
「わかりました!」
山次郎の集中力は凄まじい。現人に気付かず作業に没頭している。
「兄ちゃん。一回作って見せるから、大体の流れを感じてくれ」
「分かりました。よろしくお願いします」
「おうよ」
親方は吹き竿を炉に入れる。炉の中にはガラスがドロドロに溶けている。竿をクルクル回しそれを巻き取る。巻き取ったガラスに台上に並べられた色ガラスを付着させる。そして再度炉に入れ馴染ませる。
素早く炉から竿を出し、息を吹き込む。安全講習では吹き込む際には絶対に吸い込まないことを何度も注意された。再び炉に入れ、色ガラスをコーディングするようにガラスを巻き取る。少し時間を置いてから取り出し、濡れた新聞紙で形成する。
ガラスは迅速に理想的な卵型になる。さらに息を吹き込み大きく膨らます。そして、もう一本の棒を炉に入れ温める。その間に木の板でガラスを整える。温めた棒をガラスの先端に付ける。そして最後は今まで使っていた棒から取り外して終わりとなる。
「こんな感じだ。この後は一日かけて冷まして完成だ。流れは理解したか?」
「はい。作るのが楽しみです」
「よし、早速やるぞ!」
親方の指導のもと一緒に作り始める。服もそうだったように完成品も郵送だ。交換は学校でするのだろう。現人は竿を炉に入れ、グルグルと回し出す。もちろん手袋装備だ。いくら特待生の現人でも、親方のように手際よくできない。
「現人はどんなグラスを作るつもりだ?」
施設の職員は学校から特待生の簡易なプロフィール表をもらっている。そして特待生たちを名前で呼ぶ。それは現人たちからの要望だからだ。生徒の親族も有名人が多い。名字だけだと混同する。故に名前呼びを求める。
「どういうことですか?」
「あれは過程を見せるためだけだ。面白みも何もねぇ。色ガラスの色合いや付着場所が変われば完成品も変わるぞ。ついでに形も変えるか?」
「卵型では?」
「基本で簡単なのはその形や円柱だ」
「花瓶ですか?」
「一番わかりやすい形ならそれだな」
現人は少し考え、完成後のイメージを伝えた。
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