第49話 二人の世界

「……奈優」

「りょー君」


 大きく深呼吸。そして積もり積もった気持ちを、たった一言に乗せて伝える。


「好きです」


 そこからは次の言葉が自然とあふれ出す。


「ボクも好きです! 小学生の時からずーっと好きです! 大好き!!」

「奈優……」

「だから相談もなくクラスを変えるのは凄く寂しいです。りょー君の中でボクはちっぽけな存在っておもっちゃいます。これからは相談してください。ボクも相談します! これからは恋人として、隣にいていいですか?」

「ありがとう。凄く嬉しいよ。もちろん隣にいてくれ。僕には奈優がいないとダメみたい。一人で先走ってSクラスにいってごめん」


 気持ちは伝わった。これからは恋人の関係。隣にいるのはただの幼馴染ではない。嬉しい想いが心を満たす。それでも頭中では引っかかることがあった。奈優が優等生な証でもある。だからこそつい聞いてしまう。


「もしかして……Aクラスに戻るのってボクの隣にいたいから?」


 傍から見ると自意識過剰な問いかけ。普通の告白し合ったすぐのカップは、このようなことは聞きにくい。だが、これが許されないほど二人の関係は浅くないし短くもない。


「だって二人とも同じクラスじゃないと隣にいられないだろ。それに僕は奈優が必要だ。コミュケーションを学ぶためにも、恋人としても奈優の隣にいたい」

「それは……嬉しいけどダメだよ! Sクラスの環境はAクラスとは違うよ!! 成長するにはいい環境だよ!! 自分のためにもボクに合わせないでよ! ボクは自由に楽しそうなりょー君が好きなの! 足枷にはなりたくないよ……」


 恋人の隣にいたいためにクラスを変える。とても嬉しいことだ。ただそれは同じ環境ならでは。Sクラスは校内施設を借りるときも優先される。といってもこれは順番が逆である。本来は特待生が持つ権利だ。近年、特待生たちが皆Sクラスに所属していたため、一般生徒は誤解している。奈優も誤解している。


「さっきも言ったけど僕は特待生のまま。Aクラスで奈優の隣にいてもそれは剥奪されない。まあ、勉強やプレイヤースキルが落ちたらそれもなくなるけどね。だから奈優は重りにならない!」


 それでも奈優はどこか納得できないでいる。彼の優しい嘘だとそう思っている。相手を知っているからこそ、好意をもっているからこその考えだ。だからこそ良太は少し癪に思いながらも彼の言葉を引用する。


「ほら、あそこの委員長が言ってただろ。力があっても今までと同じの環境を選んだ人もいたって。それに、実力が発揮できる場所を選んだほしいっても言ってた。僕にとってそれは奈優の隣なんだ。だから、僕にSクラスにいてほしいなら、今度は二人で行こう」

「りょー君……。ボクも頑張るね」

「もう僕たちは恋人だ。一緒に頑張ろう!」

「うん!! これからもよろしくね!!」


 感極まった奈優は勢いよく良太に抱き着いた。それは奈優が前々からしたかったこと。身長差もあって、文字通り胸に抱き着く格好になった。好きな人の体温。匂い。鼓動。服越しで感じる質感。物理的に感じる温もりと心で感じる温かさ。恋は盲目。多感なお年頃。それが如実に表れる。


「……りょー君」

「奈優」


 顔をあげれば自然と良太を見上げる姿勢になる。意識が向かうのは瞳。そして口元。自ずと二人の距離はゼロになる。


「……ぅ」

「……っ」


 あまりにも優しく確かめるようなキス。二秒にも満たない初々しいキス。


「ボクたち、やっと恋人になれたね」

「クラスメイト、友達、幼馴染、恋人。次は夫婦で家族だな!」


 奈優の表情に見惚れた良太は照れ隠しにおちゃらける。そんな本心のような冗談のような言い回しは、乙女の前では無意味である。


「うん! ボクもそうなればいいなってずっと思ってた! 不束者ですが、これからもよろしくお願いします」

「……ッツ!! こ、こちらこそな!」


 奈優は再び嬉しそうに顔を良太の胸にくっつける。心が満足したのか、少し余裕が生まれる。故に周りの音が聞こえてくる。それは良太も同じ。恋人と夢中になれば視野が狭くなるし、カクテルパーティー効果で雑音は聞こえない。それがクラスメイトたちの様々な声や表情でも、二人にとっては不必要。まさに恋は盲目。


「はわわわキスしっちゃよー」

「告白するだけでも予想外ね」

「いいなー。うちも恋愛したいなー」

「うむ。創作物のキスシーンはよくわからなかったが、この目で見てみると胸に来るものがあるぞ」


 テンションが一番上がっているのは奈恵たちのテーブル。


「な、な、なにやっているのよ……あいつらは……」

「わぁーキスいいですね。憧れます」

「咲も相手が欲しいですぅー」

『ドラマでもアニメでもキスは神』

「見ているだけで、いいものって心が理解したよ。頭ではよく分からないけど。……いや、僕もしてみれば、頭と心で実感できるのかな」


 莉乃たちも興味津々。次は男子テーブル。


「ここでやるなんて漢だな」

「初々しいことで」

「いいなー。僕も二人のようなキスしたかったなー」


 残りの二人と言えば別々の反応だった。龍治は目を見開き必死に観察していた。そして、現人は満足げな笑みで固まっていた。気づいたカップルはバッと効果音が聞こえてくるほど素早く離れる。


「りょ、りょー君!」

「も、もう何も言いまい!!」


 奈優は良太を頼るが彼は腕を組み、脚を肩幅に開き、目を瞑って開き直った。だが残念なことに口元がピクピクしている。


「若気の至りってやつだ」


 霽月の突っ込みに二人はさらに顔を赤らめる。


「さて、このまま二人を茶化すのも青春らしいが、別れの挨拶的なのはいいのか?」

「しめっぽいのは僕じゃないので構いません! それにクラスは違って同じ学校、同じ校舎、同じ階にいますしね」

「わかった。では各自、帰り支度を」


 皆和気藹々と二人のことを話しながら身支度をしだす。帰りは行きと同じバスで学校まで戻る。座る場所もメンバーを同じだ。


「全員終わったようだな。委員長、号令」

「はい」


 それは行きのバス内で事前に決めていたこと。


「起立」


 特待生たちがその場で立ち上がりお店の人たちを見る。


「今日は私たちのためにありがとうございます。忘れられない青春の一ページになりました。改めて感謝を。ありがとうございました。礼!」

「「「ありがとうございました」」」


 普段話すことを極力しない有梨華も声にだす。良太たちもしっかりと感謝を述べ、お辞儀する。それを受け取った店員たちは笑顔を浮かべ拍手で応える。特待生たちもどこか嬉しそうだ。


「それではバスへ移動開始だ」

「はい!」


 バスは地下駐車場に止めている。降りたところと同じ場所だ。特待生たちは食べ終えた食器類を軽く整理してその場を後にする。人によっては皿を重ねるのがマナーと思ってする人もいるがそれは数による。


 小数人で片手で収まるくらいの枚数であれば、重ねて片付けしても問題ない。だが、それ以上での枚数では店側からすると迷惑である。食器や鉄板は店ごとによって管理も洗浄の仕方も違う。故に片付けるときは、その仕様に合わせて食器などを重ねたり纏めたりする。何も知らない客がよかれと思ってしても、有難迷惑になりやすい。


 それでもしたいのであれば、ゴミはゴミで纏めカトラリーを一皿に集めるくらいだ。皿を重ねるのはやりすぎである。外食経験が多い特待生は自然と熟す。


「全員いるな。よし。これより学校に向けて帰る。食後だ。寝てもいいぞー。ちなみに俺は寝る」


 特待生たちは苦笑いでそれを受け止める。霽月は運転手に発車をお願いした。

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