第48話 勇気あげるよ
次に反応したのは奈優だ。そのテーブルには良太は無論のこと、現人と龍治までいる。そして一つ空いている席には霽月が座る。
「ハンバーグはないけどコーンスープはあるよー。それにクルトンは取り放題みたい」
「やっぱりクルトンは必須だよねー。焼肉店にないとかナンセンスだよねー」
「ボクの好物は流石にないかー」
「鶏肉あるから、それを焼こう。それにプリンやシュークリームはあるみたいだぞ」
「やったー!」
良太の好物は俵型のハンバーグだ。大好物はコーンスープの中に入っているクルトンである。コーンスープが表面に微かに付着して、サクサク感が失われていないクルトンだ。
奈優の好物はサラダチキン、チキン南蛮、油淋鶏などの鳥系とプリンとシュークリームだ。大好物はシーフードインスタントヌードル。体系維持のために月一度に自重している。
「エクレアもあるみたいだよ」
「見た。おでんもお好み焼きもない」
「最初から期待していないよ」
「そうか」
龍治はかなりの甘党。基本洋菓子よりも上菓子が好きだが、大好物はエクレア。現人の好物はおでん。特に
「何があるか一通り分かったと思う。時間は一五時まで。好きに注文して食べてよし」
今は一二時半。二時間半も時間がある。それからは各自が肉や寿司を頼み、会話に花を咲かせながら料理を楽しむ。青春らしい出来事だ。このお店はランチ営業をしていない。本来の開店時間は一七時からだ。例外な開店でも店側にとっては利益になる。
支払いは無論。その客は有名人。または有望株な学生。サインは頂けなくても、学生時代の思い出で店を出してくれるかもしれない。次回の来店時は友達を連れてきてくれるかもしれない。今は情報社会だ。SNSで有名人がこの店に来ていたと噂になるだけでありがたい。
店側はそういう後のことを考え、昼の貸し切りに応じた。もちろん料金は学校側が支払い済みだ。そして食事も落ち着き、全員が箸を置き談笑に夢中になる。そんな中、良太は霽月に申し出る。
「先生、そろそろ」
「そうだな。皆の食事も終わっているようだ。頃合いだな」
「はい」
彼らしくない言葉遣いに談笑していた現人と龍治は口を大きく開け茫然とする。彼を見ながら瞬きも数度してしまう。
「りょー君なにするの?」
「後でわかるよ」
「うーん、悪いことじゃないみたいだし、ちゃんと聞くね」
奈優は笑顔で伝える。幼少時の呼び方に落ち着いたのは、二人の距離が詰まったからだろう。
以前なら良太が照れながら否定していた。
内容に関しては奈優ですら知らないようだ。無論、現人たちも知らない。
霽月は立ち上がり乾杯の音頭をした場所に移動する。
「談笑中すまないが大事な通達がある。しっかりと聞いてほしい」
流石は特待生。霽月が話し出すと口を閉じ真剣に耳を傾ける。
「西本良太。隣に」
「はい」
切れのいい返事。斜に構えていては出ない感情も籠っている。特待生たちはそれに驚く。
「通達内容は彼に関することだ」
わざわざ呼び出したのだ。それくらいは誰でも予測できる。驚くようなことはない。
「彼は仮編入でSクラスにいる。この度それが取れる」
「りょー君!! おめでとうー!!」
一番に反応したのはやはり奈優。立ち上がり笑顔で大きな拍手をする。特待生たちも少し驚いたが、彼女に釣られて手を叩き出す。ただ、現人だけは静観している。案の定何かあるのか、良太は真剣な表情のままだ。
「早とちりしすぎだ。取れるのは編入権利だ」
どよめきが起こり、奈優は一瞬惚けてしまう。そして悲しそうに次の言葉を待つ。
「勘違いしないでほしい。特待生の権利は維持したままだ。それは変わらない。簡潔に言うと彼はSクラスではなくAクラスに戻る。これは学校側の判断ではない。学校側としては、夏休み前に結果を出すつもりだった。これは彼からの申し出を学校側が受理した結果だ。故に手続きは開始されている。今から君たちが何を言っても手続きは粛々と行われる。当事者はあくまでも彼だ」
説得力がある霽月の言葉に奈優を含めた全員が素直に受け入れる。それでも奈優は寂しそうだ。
「ここからは良太に話してもらう」
「いきなりの話で驚いているのがよくわかります。ですが事実です。僕だけでは、Sクラスは力を発揮できる環境ではなかった。ただそれだけです」
その言い方に特待生たちはパッと現人を見る。
「前から考えていました。具体的に言えば、体育祭のお昼前にはもう答えが出ていました。それでも現人の言葉が後押しになったことは事実です。この場を借りてお礼を言いたいです。ありがとう。……僕からは以上です」
どうリアクションを取っていいのかわからず静寂が場を包む。それを破ったのは話題に上がった現人だ。拍手で打破する。それに釣られるようにバラバラと拍手が起きる。
「ありがとう。僕の選択を否定しないでくれてありがとう」
硬い表情から一転、良太は照れ臭そうに笑みを浮かべる。そのおかげで静寂だった場が温かくなった。今までの良太では考えられないことだ。ただその中で奈優だけは拍手もせず疎外感を抱いた。それは寂しさから来るものだ。場に馴染めていないからではない。だから一人だけ良太に突っ込む。
「なんでボクに一言もないの? ボク、そんなに信用できないの?」
「ち、違う!」
「嘘! Sクラスに行くときもやめるときも事後報告だもん!」
「そ、それは……」
「ほらやっぱり信用してないんだよ……」
目に涙が溜まっていた奈優は言い終えると俯く。そのせいで涙が零れ落ちる。
「永志先生。私一人で先に帰ります。お招きありがとうございました」
涙交じりに一礼しお礼を言う。奈優は誰とも目を合わせないように、すぐさま帰り支度を始める。良太はオドオドして奈優を見ていた。そして視界の中にいた現人と目が合った。
現人は止めろという意味で大きくゆっくりと頷いた。といってもその方法までは含めていない。だが、良太は意味ありだと受けとり考えを巡らす。フラッシュバックしたのは通路での言い合い。
王道が似合うという言葉。
良太はそう感じ取った。故に気持ちも落ち着く。いや覚悟を決めたようだ。ただこれは勘違いだ。最後まで締まらないのも彼らしい。
「奈優!!」
真剣で迫力がある声。
「……もう言い訳は聞きたくないよ……余計悲しくなるもん……」
「奈優!!」
「……なに?」
もう一度の真剣な声に、彼女は自然と視線を合わせてしまう。
「好きだ!!」
「え? えっ!? い、今!? えっ!! いやーあ、あのーえっ!?」
ずっと待っていた言葉と思い。嬉しい。照れ屋で乙女な奈優は二人だけのときに言ってくれるものだと思っていた。そういう妄想はしていたし、イメージトレーニングも完璧だった。だが、こんな状況は全く考えていなかった。フラッシュモブなんてもってのほかだ。
「好きだ。気づいたのは最近だけど、ずっと前から好きだ!!」
「うぇ!?」
良太の告白に奈優は嬉しい気持ちと同時に「最近なの!? 私は小学生のときからなのに!!」とよく分からない感情が渦巻く。急に始まった告白劇。特待生たちも状況を理解し受け止めた。男子は彼の男らしいところを見て少し見直し、女子たちは告白という出来事に嬉しそうに楽しそうに目を輝かせる。
「……奈優は?」
「ボ、ボク!? えーっとね。そのね」
煮え切らない言い回しに、良太の顔はみるみる悲しそうに変化していく。
「頑張って!!」
「ファイト!!」
背中を押したのは奈恵と加奈未。続々と女性陣が声をあげる。
「……ありがとうございます!!」
そこにはもう狼狽えている奈優はいなかった。どこか嬉しそうに、誇らしげに、まっすぐと良太に歩み寄る。
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