第50話 発芽
バスは静かに動き出し市街地をゆっくり進む。高速に乗ってからはスムーズに走る。ただ車内の一部は出発前からハイテンションだ。そう良太と奈優だ。隣同士に座っているカップの彼らだ。持参していたお菓子を美味しいよと勧めたり、妙に距離間が近かったり、微笑み合いながらノスタルジーな話をしたり、まさにカップルの会話。
「もうお腹いっぱいよ」
「わたくしは楽しく拝見させていただいていますよ」
莉乃と希子で意見が分かれた。これも性格だ。奈恵と加奈未は、恋愛物のドラマやアニメ作品を話し合いながら彼らを羨ましがっていた。現人と龍治も恋愛について話し合っていた。一翔と山次郎は気持ちよさそうに、英知は静かに眠っていた。
他のスポーツ組の女子たちも、アイマスクをしたり、ハンドタオルで顔を隠していたりしていた。そんな中、幸也と有梨華は行きと同じく隣同士。
「……」
「……」
ただ行きと違い無言である。特待生たちは初々しい恋人の雰囲気に二時間近く
特待生たちにとっても、霽月にとっても濃い休日だった。こうして祝賀会兼良太のお別れ会、そして突如として始まった告白劇が終わった。
早朝の月曜日。現人は珍しく登校前に母親とオンライン電話をしていた。
「うん。わかった。そろそろ出ないと遅刻しそうだから……うん。また」
内容は他愛もない近況報告。世間話だ。すでに制服に着替え、持ち物は昨夜に準備を済ませている。
「いってきます」
誰もいない部屋の中に向けて現人は言う。実家で行っていた習慣は一人暮らししても変わらない。
言っても意味がないと考え言わない時期もあった。だが現人はしっくりこなかった。それからは言うようになった。いってきます。ただいま。おはよう。おやすみ。いただきます。ごちそうさま。三つ子の魂百まで。
早朝の活力が漲る青空。敷地内にある寮から校舎までの道のり。長くはないが、北海道らしい植物や鳥の囀りが出迎える。心が温かくも誇らしい。自然と胸を張れる気持ちにしてくれる。現人はこういう朝の時間が一番好きなのだ。予鈴が鳴っても慌てる様子はない。活力を充電した現人はギリギリに教室に入る。
「おはよう」
教室には既に全員が揃っていた。次々と挨拶が返ってくる。
「うん?」
いつもの教室。いつものクラスメイトたち。いつものように数人のグループに分かれお喋り。いつもの日常。その筈なのだが、現人はよく分からな違和感を覚えた。親友の龍治は珍しく一人でいた。現人はいつも通り自分の席に鞄を置き、悪友の近くに座る。
「おはよう」
「おはよう。一人で珍しいね」
「遅い」
「家族から電話があってね。それより……」
「俺も不明」
「そっかー」
龍治は現人なら違和感の原因に気が付くだろうと思っていたが当てが外れた。二人は目を皿にして周囲を観察する。奈恵と加奈未は普段通り、二人で微笑ましい光景を生み出している。莉乃と希子もにこやかに談笑中。
珍しい組み合わせだが、英知と和子も普段通りのテンションで静かに話している。一翔と山次郎、咲と美沙の四人は祝賀会で提供された肉について話していた。色気はない。そして幸也と有梨華。普段通り、幸也が話しかけ有梨華がチャットで返す。ここ最近見慣れた光景だ。
「不明」
「そうだね。原因まではわからないね」
二人が答えを出し終えると、ちょうど本鈴が鳴り始める。特待生たちは話を切り上げ自分の席に座り始めた。先ほどまでの賑やかで緩んだ空気が、少し静かになりどこか張り詰める。
それは学校特有の出来事。数分後、霽月がダルそうに入室し教壇に立つ。いつも通り生徒一人一人に目を合わせる。すると、今日だけは意地が悪そうに笑った。
「感化されたな」
その一言に数人が息を飲む。過剰反応したのは幸也と有梨華。それでも現人と龍治はよく分からず首を傾げていた。それに気づいた霽月は補足する。
「すぐ側で高校生らしいキラキラとした告白。そしてキス。その後は近くで恋人の雰囲気を感じる。多感な時期だからな。今までと違って異性を気にしだしても仕方がないなー。いや、それに
ここまで言われれば恋愛に疎い二人も理解した。ついついなるほどと声に出してしまう。そう。霽月が指摘したように教室全体が微かなピンク色だったのだ。原因はやはりあのカップル。先週までこの教室にいたその片割れは、今はAクラスに戻っていない。かき回すだけ回していなくなる。まさに春一番のような男だった。
こうして特待生たちにも春の芽生えが訪れた。
高二病は青春を取り戻したい!! 凍鳥 月花 @itedori_gekka
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