第37話 嫉妬心
「任せるってなにさ!? あっ! なるほどー。自分が二位まで挽回したから次もできるって!? すごい楽観視!! まさに無責任!! まあ、負け犬の僕には君みたいな無責任委員長がお似合いですもんね!!」
「いい加減その汚い口を閉じてくれないかな?」
「はぁ!?」
満面の笑みで毒を吐く。言い表せない凄みが現人から放たれる。
「おいおい現人。収めるから任せたのに……」
「キレているの久しぶりに見たなー」
英知は驚き美沙は懐かしむ。
「私も収めようとしゃしゃりでたさ。ただ、無責任と言われては黙っていられない」
「しゃしゃり? 意味わからない擬音使って僕を騙そうとは、そうはいかないぞ!!」
「ずうずうしく遠慮なしにでしゃばる。リレーに出たいと我が儘を言った君にピッタリの言葉だよ」
良太は龍治と逆で理系科目は得意だ。古典や漢文もできる。苦手な教科は歴史と現代文。現人の言葉に良太も突っかかる。
「ふざけるな!! それは僕がエンターテイナーだからだぞ!! 僕の仕事を否定する権利はお前にもない!! 我が儘って言うなら、そのときに否定すればいいじゃないか!! それすらしないで、無責任って言われて怒っているの? わけわからないし!!」
良太の記憶にはないが、実際にはちゃんと断っている。
「仕方ない。そこまで言うなら責任を取ろう」
現人は仕方なさそうに提案する。
「そうだ! 委員長らしく責任を取れ!!」
「ふふっ。そうだね。全責任を取らせてもらうね」
「全部お前の選択が悪い!! 僕は悪くない!!」
良太自身も自分が何を言っているか理解していなかった。売り言葉に買い言葉。自分のせいで順位を落とした。責任感からくる罪悪感に似たモヤモヤとした気持ち。それをついつい発散させてしまう。
「そう。君の我が儘を許したことも、最終的に君を走者に選んだことも、競技中に君が順位を落としたのも、全て私の責任だ」
「そうだ!! その通りだ!! 決勝はちゃんと一位になれよなっ!!」
「言われた通り、皆で一位を取りに行くよ」
「はぁ!?」
良太は理解できず、突拍子もない声をあげてしまう。
「選んだのも私の責任。なら他の二人と一緒に成し遂げても問題はない。本来なら四人の競技だけど、君は協力してくれないみたいだからね。三人で頑張るさ」
「な、なっ!!」
「まさか異論があるのかい!? それなら選んだ責任はなくなってしまうね」
現人の満面の笑みに良太は口をパクパクさせる。
「これだから怖い」
「掌の上だー」
「二人とも人聞きが悪いな」
現人は良太の性格を利用し会話を誘導した。良太が現人を攻めているようで、実際は自分の首を絞めていた。ここで否定すれば、現人のせいにしていた理由が揺らぎ自らが悪いことになる。否定しなくても現実を叩きつけられる。
友情、仲間、青春。
欲しくても、どうすればいいのか分からないモノ。それをどうだと言わんばかりに見せつけられる。自分の居場所を作るのには、まずは相手の居場所を作らなければ生まれない。
奈優が常に近くにいた良太にとっては初見である。どうしていいのわからず周りに当たってしまう。仕方ないと言えば仕方ないが、もう高校生だ。ある程度自分で消化しないといけない。良太は自分が情けなくな感じた。
「くっそ!! もういい!! 三人で取れよ!! あ、僕の評価もあるから、一応走るからな!! 敵前逃亡なんてかっこ悪い!!」
逃亡できるほどの度胸がないだけである。
「ふふっ。敢えて言おうか」
「何をだよ!?」
「全責任が私にあるのなら、君が悔しがっていることも私の責任となる」
「さっきも言ったじゃん!! 選んだお前のせいだって!! お前の耳は飾りですか!?」
「そうだね。じゃー全責任を取るから、その感情すら、何もかも全部私に押し付けてくれないかな? そうすればその汚い口も閉じるよね」
選んだ。順位を落とした走者がいた。本人が苛立つ。全責任には、そういうモノも含まれる。現人は、喜怒哀楽すら感じないで責任転嫁しろといっているのだ。それは客のボルテージを上げるエンターテイナーに対して最大の屈辱。だが先ほどの述べた様に反論は自分の否定だ。八方塞がりである。
「ふふっ」
「クッ……」
風通りがいい通路なのに空気が暗く重くピリつく。
「……良太君?」
「な、奈優!! なんでここに!?」
「なんでって、大縄跳びだからだよ?」
フィールドやトラックに通じる通路は何か所かある。ただ、クラスの並び順的にSクラスが利用する通路をAクラスも使う。鉢合わせなんて少し考えれば予測できる。それすら考え付かないほど良太は追い込まれていた。
「良太君こそ……。あっ! また何か……!! ご、ごめんんさい!!」
場の流れを感じ取った奈優は咄嗟に謝る。
「俺は気にしてない」
「うちもいいかな」
「先に戻っているぞ」
「うちもー」
英知と美沙は軽く手を振って客席に足を向けた。
「本当にごめんなさい!!」
「なんで謝るんだよ!?」
「だってさっき順位落としたでしょ……。だから苛立ってると思って……。八つ当たりしたのかなって……」
流石は仲がいい幼馴染。現人はあからさまに深呼吸をして雰囲気を一新する。
「ふぅ……。そういう話をする空気でもなくなったね。決勝もよろしく」
現人は綺麗な笑みを浮かべ、二人の後を追い始める。
「……どうすればいいんだよ!!」
「りょ、良太君!?」
「どうすれば……!! よかったんだよ!!」
怒りが籠った表情で良太は現人に問いかける。
「どうするもこうするも、八つ当たりをやめればいいと思うよ」
「そ、そういうことじゃねーよ!!」
「ごめんごめん。ついね」
置いてけぼりな奈優は二人の顔を交互に見比べる。現人は真剣に簡潔な答えを言う。
「彼女の隣にいればいい」
「はぁ?」
「わ、私ですか!?」
いきなり話を振られた奈優はあたふた。
「君は口ではアレだけど、彼女に対しては良くも悪くも高校生らしく真っ直ぐな感情を出している」
「聞いた僕も僕だけど流石に訳分からないわ」
「君は正道が似合っているってことだよ」
「はぁ!? さらに意味不ですけど?」
「大繩の時間だよ」
アナウンサー役の生徒の声が聞こえてくる。
「私行かなくちゃ!! 荒瀬さんも良太君も失礼します」
「ちょっと待てよ。僕も一緒に行く」
「えぇ!? クラス違うから一緒に飛べないよ」
奈優のどこかズレた注意。
「そんなこと分かってる!! 奈優を近くで見ていたいだけ」
「えっ……」
良太の紛らわしい言い方。
「これでいいのだろ!! 委員長様!!」
「そうだね。きっかけは作れると思うよ。そこからは君次第」
「ってことらしいぞ!! 奈優行くぞ!!」
「ちょっと待ってよー」
良太は先に歩き出し、奈優は現人に向かって一礼してから速足で追いかける。
「……私には、その色の青春が理解できない」
懺悔のような、羨むような呟きは、通路を通る生徒たちの騒めきに掻き消されていった。現人はその生徒たちを羨望の目で少しの間眺めていた。
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