第36話 スウェーデン
「それでは各走者準備ができました。スタート合図よろしくお願いします」
第一走者たちはクラウチングスタートの構えを取る。この競技は少し特殊で、第一第二はセパレートコース。第三走者のスタート位置から二〇m先がブレイクラインで、ここからはオープンコースとなる。-
「on your marks! SET!」
少しの間をあと開始の音が鳴る。
「各走者一斉にスタート!! 皆さん順調に飛ばしています」
スタート位置がズレているため一位は分かりにくい。
「男女混合リレーで活躍した特待生の小梅美沙さん! 快調に飛ばしています! その走りには疲れが見えないぞ! 各走者ほぼ同時に第二走者にバトンが渡りそうです」
少しだけ美沙が速いようにも感じがコンマの世界の話。僅かなミスでその開きは逆転する。
「へぇい!! 僕にへぇい!!」
よく分からないポーズをしている良太。美沙は怒りが湧き上がってくるのを自覚した。
「いいから走れ!!」
その声も表情も鬼のようだ。
「ひゃ、ひゃい!!」
少しもたつきながらも良太は走り出す。そのおかげかある程度速い速度でバトンが渡る。その走り方は逃げ足がピッタリ。美沙のこともあり、普段よりもスピードが出ている。だが、フォームも表情も決してかっこいいとはいえない。
そこまでしているのに良太は順位を落としていく。クラスメイトが多いということは選手層が厚いということだ。一翔や英知のように陸上部並みに足が速い生徒も多い。
「委員長!! 任せたぞ!! この僕が――」
「はい」
現人は遮るように手を出し走りだす。バトンはミスもなく渡る。
「特待生といえばこの人!! 祖父、父と総理大臣を務めあげた特別な家系!! 荒世現人!! その走りは可もなく不可もなく!! 遅くはないが速くもない!! 至って普通だ!!」
事前に言うことを決めていたのか淀みもなくスムーズに言い放つ。
「ここからはオープンコース。位置取りが重要になってきます。各走者の心理戦も見ものです。どのクラスもが逆転が可能だ!!」
位置取りは駆け引き。単純な速度だけなら現人は実況の通り、この学校では普通だ。だが心理戦は現人に
「おっと!! Sクラスがここで仕掛けた!! スパートかけ二人の前に躍り出る!!」
先頭に圧をかけなければ、一〇〇mくらいからラストスパートを仕掛けるだろう。だからこそ現人は鈴を付けるために行動に移した。
「牽制していた二人も負けじと速度を上げる!! あっという間にJクラスに並んだ!! 並走している!! あー! だがここでSクラス後退!! 先頭は三人!! やはり体力や速度は普通の人だー!!」
現人は後退したが位置は三人の真後ろ。遠くでは良太が何か叫んでいる。どうせろくでもないことだろう。
「残り一〇〇m!! Jクラスがスパート!! 二人も付いて行っているがその表情は険しいぞ!!」
Jクラスは余裕があった。現人が仕掛けた鈴付けも効果が無かったようだ。
「残り五〇!! BとHが徐々に後退していくぞ!! やはりあのスパートが原因か!? 順位が入れ替わるぞ!!」
自らスパートをしたのならまだしも、牽制に意識が向いているときに乱された。そして咄嗟に付いて行ったのだ。予期せず消耗したのだ。現人の思惑通り。
「二位はSクラス!! だが先頭には並ばない!! アンカーまでもうすぐ!! 内からJS! 今、Jがバトンを渡したー!!」
「お先に!」
「すぐ追いつく」
Jクラスのアンカーは英知を煽った。
「現人!!」
「頼んだよ!!」
「Sクラスのアンカーも走り出した!! 先ほどの二〇〇mは圧巻の走りだったが、今度は距離が二倍だ!! それにJクラスのアンカーは八〇〇mの選手です。さらにBHもバトンが渡った!!」
良太で順位は落ちたが、現人の駆け引きで二位まで浮上した。十分にいい結果だ。
「Jクラス! 快調に飛ばしています! Sクラスも頑張っていますが差は縮まらない!! ですが……これは凄い。二位と三位の差はドンドンと開いて行っています!! これは前の二人が速すぎ!!」
三位が覚醒して牛蒡抜きすることや、転ぶようなアクシデントもなく、上位二名はゴールする。
「決勝進出はJクラスとSクラス!! おめでとうございます!!」
ゴールした二人はトラックから外れ、フィールドで呼吸を整える。その間にBHもゴールする。
「前評判通り今年のSは一味も二味も違うな」
「脳筋のJには負けたよ」
英知はファン対応用の笑顔で軽めの毒を吐く。負けず嫌いの高校生らしい返しだ。
「一〇〇と混合は負けたからな。一矢報わせてもらった」
「この借りは決勝で返させてもらうよ」
「決勝も俺たちが勝つ」
二人は笑顔で拳を突き合わせる。改めて言うがJクラスは一芸しか持っていない。簡単に言うならば体力馬鹿。脳筋だ。彼らは勉強が全くできない。さらにこの学校は一芸という採点方法もあるのだ。
この独特な採点ではそれなりの評価を得ているのだが、如何せん勉強が一〇点では、合計点はたかが知れている。最下位クラスでも仕方がない。
「生徒全員がゴールをしました。続いて、二回目を行います。出場選手は運営テントに集まってください」
生徒たちは息をあげながら指示通りに移動を開始する。Sクラスは客席に、他クラスはフィールドの脇に。この後は団体戦の大縄跳びがある。これは単純に一番飛べたクラスの勝ちである。客席に戻る途中の通路。
「英知お疲れ様」
「いい仕掛けだった」
「よく体力が続いたね」
「合気道の精神鍛練のおかげかな」
三人は笑い合いながらお互いを称え合っていた。少し後ろには不満げな良太もいる。現人はそんな彼にクラス委員長らしく話しかける。
「君もお疲れ。いい走りだったよ」
敵わなくても、結果が出なくても、あの走りは本気の気持ちが籠っていた。必死さは全員に伝わった。
「う、うるさいな!!」
「そんな言いかたはないでしょ」
流石の美沙も窘める。
「お前らどうせ心の中では熱血少年だったら一位取れたのにとか思っているんだろ!? あーそうですよ!! どうせ僕のせいで負けました! はい!!」
周りがその努力を認めていても、本人にとっては結果が全てだ。素直に頑張る人や負けん気が強い人ほど結果を求めてしまう。故に結果を出した三人が羨ましい。誉め言葉も皮肉に聞こえてしまう。良くも悪くも良太は至って普通の高校生だ。他の特待生のように大人びていないし、達観してもいない。
「ッチ。うるさい」
「舌打ち!? 図星ですもんね!! で? そう思ってしまう自分に後ろめたさでも感じているんですか!? えぇ?」
「いいや。後ろめたさは感じていない。一翔ならよかったとは思っている」
「なっ!?」
英知のストレートな物言いに良太は絶句する。親友と何かができる。誰でも嬉しく楽しく感じるだろう。それが一人の我が儘で頓挫した。そして負ければこの言い草。苛立っても仕方がない。
「二人ともそこまで。英知、ここは私に任せてもらえるかな?」
「はぁ……。わかった。任せる」
一年くらいの付き合いだ。現人に任せようと考えるくらいの信用も信頼も英知の中にはある。
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