第38話 飛び越える

 客席に帰ったときには、すでに英知たちはクールダウンをしていた。現人は横目でそれを見ながら自分の席に戻る。隣の悪友は現人の変化に気づいた。だが龍治は普段通りに話しかける。


「遅かった。二回目はAとI」

「決勝の相手はその二クラスか。それとごめん。良太と少し口論になってね」

「聞いた」

「どうしたの?」

「クールダウンは必要」

「歩きながら済ませたよ」


 隣に座った莉乃も話に混ざる。


「急に足が速くなる技術でも教えていたわけ?」

「ご都合主義な方法があれば皆に教えているよ」

「それもそうね」


 今度は後ろから幸也が入ってくる。


「嘘かもしれないよ。現人は食えない奴だからね」

「体育祭だよ? 流石に教えるよ」

「そういうことにしといてあげる」


 前にいた希子は振り返りフォローする。


「現人君はそんなことしませんよ」

「ありがとう」

「いえいえ!」


 ここにも青春があった。傍から見れば彼らは仲間や友情に包まれている。それは上辺だけではできない本物の感情。


「各クラス準備が整いました。それでは合図をお願いします」


 散らばった各クラスからせーのの声が一斉にあがる。一、二、三。生徒全員で数える回数は一体感があった。厳密に言えば少しずれているが、それは愛嬌というものだ。


「アレ。彼はいいの?」


 莉乃はAクラスの近くで体育座りをしている良太を見て現人に問いかける。


「いいと思うよ。幼馴染の近くにいると落ち着くって聞くしね」

「安心枕の一面があるのかもしれない」


 人間観察が趣味な幸也がそれらしく言う。


「いいコンビ」

「そうだね。決勝も本気で走ってほしいよ」


 莉乃は勝負を諦めたように聞こえた。少し棘がある言い方で現人に問い詰める。


「順位を落としてもいいわけ?」

「いまさら言っても仕方がないからね。それこそ一か月前から対策しないと」

「それもそうね。昨日今日でどうにかなるなら、私も徒競走系に立候補していたわ」


 彼女はその言い分に納得した。悪友の龍治は適当に聞き流していた。彼は大縄跳びを観察している。描写の参考にするのだろう。


「戻る途中、Aクラスの玲君とも会ったよ」

「彼女アウトドア派だから楽しんでいそうね」

「そうだね」


 それでも希子だけは違う場所にいる良太を気に掛ける。


「西本君は大丈夫でしょうか?」

「彼を信じるしかないよ」

「……そう、ですね。……見守るのも仲間ですね」

「手助けをするだけが仲間や親友の役割ではないね。まあ、彼は仲間と思ってないだろうけど」

「ふふ、確かにそうですね」


 五人に笑みが浮かぶ。話題にあがった良太は体育座りで首を上下させていた。そのリズムはすぐ傍で飛ぶAクラスの大繩と同じ。縄が上に行けば首も上に行く。下に行けば下に向く。


 良太は思いを巡らす。正道が似合っている。しかし配信やゲーム大会ではヒール役が受けている。実際、そのおかげでギフティングも多くもらっている。求められてもいる。


 本当にそうだろうか?クラスでの自分は?奈優と一緒にいるときは?別学校の竹馬の男友達と遊んでいるときは?


「……違う。でも明確には……」


 配信も日常生活も良太自身。ただ強調するところだけが違う。ヒール役か善人役ベビーフェイスか。正統派でなければ奈優を守ろうと自ら目立つことはしないだろう。ただ、その方法が他人を煽ってヘイトを向かわせるという邪道。両面とも良太である。


「それで守れるのか?」


 良太の視線の先には、クラスメイトと一致団結して飛ぶ奈優がいた。一生懸命だが、楽しそうに、笑顔で飛ぶ奈優だ。自分がその輪の中にいなくても、奈優の居場所はある。つい最近まで自分がいた集団なのに。


「……なんだよ……僕がいなくても……。むしろ、僕、邪魔?」


 もう守られていたときとは違う。二人とも身体も心も成長した。自分で自分の居場所を作れるほどに。


「それでも隣にいてほしい。友達だし……え? いや、え? 友達? 本当に? ッツ!!」


 良太はついに自分の本心に気づいた。小学生のとき、奈優にちょっかいをかける同級生が許せなかった。戦隊物の主人公に憧れもあって悪が許せなかった。でも一番は奈優を守りたかった。奈優にかっこいい所を見せたかった。


「そっかー。……僕は……そっかー。もしかして奈優も!?」


 思い当たる節はある。ギャルゲーのヒロインのように顔を赤らめる。変に恥ずかしがる。でもそう思われる理由は分からない。


「正道か……。納得」


 配信は配信。ただのキャラクターである。日常生活まで、友達付き合いまで、それである必要はない。無論、良太から生まれたキャラだ。まったくの別物ではない。同一人物だ。だが再度言おう。強調しているだけである。


 ゼロか一の二元論では語れないヒトらしい感情。多感な高校生らしい考え方。


「言葉はアレだったけど、変に突っかかったのはアレだけだったな」


 思い返されるのは現人と奈優が仲良く話していた姿だ。編入初日の朝のできごとだ。


「嫉妬か……。しかも恋で」


 コンプレックスを抱くのは何も恋愛だけではない。地位や権力、財力なども嫉妬の対象になる。ただ、それ自体は悪くない。負けないように、自分も成ろうと努力する活力源になるからだ。


「今思えば僕イタいな」


 編入から体育祭までの日々。特待生たちに負けないようにかっこよく成ろうと色々した日々。慣れてない整髪料を大量に付けてしまう。セットが上手くいかず何回もシャンプーしてまた付けるを繰り返した朝。


「危うく遅刻そうにもなったし、脱衣場では同級生から変な眼でも見られたな。着崩しもした。髑髏とかチェーンもつけた。これだけなら百歩譲っても理解できるわ!! だけど……イタい!!」


 良太はその場でゴロゴロともがき苦しみだした。それで羞恥心を発散したかった。


「これはサドンデスだー!! 一位は六四回飛んだAとJクラスだ!! 両クラスとも疲れていますが、一位は一人だけ!!」


 他のクラスは座りニクラスだけが再び準備を始める。奈優も疲れているが玲と楽しそうに話している。それを見た良太は笑顔で立ち上がり駆け寄ろうとして辞めた。そして寂しそうに座る。


「……僕はもうSクラスの一員だ」


 その言葉と表情には決意が現れていた。


「両クラス準備が整いました!! 一回でも多く飛んだクラスが一位です! それでは始めてください!!」


 良太は先ほどとは違う感情で奈優を見ていた。首は動かず、まっすぐに、一途に奈優だけを見つめていた。。


「まさかまさかの結末だ!! 開始早々一三回でJクラスが引っかかる!! Aは次も飛んだー!! 一位はAクラス!! おめでとうございます!! 二位はJ!! 三位はFクラスでした!!」


 会場全体から一位のクラスに拍手が送られる。良太は一人だけにそれを送る。そして解散の雰囲気を感じ取り早々に場を去る。


「……今話すのは気まずいしな」


 良太は客席で見ていたことにしたい。興味津々で近くで見ていたなんてキャラじゃない。例えバレていてもだ。有り体に言えばツンデレである。通路で一翔とすれ違ったが、良太は下を向いて気づかないふりをした。一翔も彼に合わせてフィールドに向かった。


「帰ってきたわね」

「顔が違う」

「その言い方は誤解を招くよ」

「これだから人間観察は楽しいね」

「幸也は腹黒を押さえなさい」


 莉乃は咎めるが理系男子はそれを聞き流す。


「予選」

「そうだね。これに勝てば決勝だね」

「相手はBJJ。事前のタイムなら勝てるわね」

「連戦だよ? 一翔でも難しそう」


 幸也だけは冷静に評価を下す。


「一〇〇メートル予選二回目。各走者準備が整いました。合図をお願いします」

「on your marks!  SET!」


 何度目かの音が鳴る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る