視覚聴衆(プレゼンテーション) 起

第6話 芸術家

 あの金曜日から一週間たった今日、特待生たちはステージ裏で待機していた。ステージ上では女教師が今日の趣旨を通達している。


「今日集まって頂いたのは、三年生の特待生たちからお話を聞いて、励みにしてほしいからです」


 一学年四〇〇人いるこの学校では、学年集会も大きな音楽ホールで行う。音楽ホールも数個あるため、一個を貸し切りにしても問題ない。


「今の時点で焦燥感のない人は無理だね」


 幸也はピンマイクを弄りながら言い切る。


「今日は何するわけ?」


 莉乃は刺々しい物言いで現人に聞く。


「あと少しで本番だから、お楽しみに」

「ふーん」


 特待三年生たちは衣装や制服に身を包み、道具まで用意して待機している。


「それではステージに上がってもらいましょう。皆さんどうぞこちらへ」


 女教師の言葉を受け、霽月は珍しく発破をかける。


「よし。Sクラスの誇りを見せつけてこい!!」

「はーい」


 公だと担任教師ですら評価対象なる。


「担任の永志先生を先頭に生徒の登場です。拍手で迎えましょう」


 一年生だけではなく、脇に並んでいる教師陣も拍手をする。特待生たちが横一列になるのを確認して、女教師は永志に声をかける。


「先生、お願いします」


 マイクを受け取った霽月は普段からは想像できないほどの凛々しい姿勢で場を仕切りだす。霽月を含めた全員にピンマイクが付いているが、手持ちマイクを持つという行動は相手に聞く心構えを持たせることができる。効率だけを求めてしまうと何事もうまくいかない。


「特待三年生を受け持つ永志霽月だ。君たち一年生は特待生になれるだけの学力や一芸がないと伺っている。まだ誇れる技術や学力がない君たちに、一つの到達点を示したいと思う。自分に何が足りないか判断してほしい。では、一人目を紹介しよう」


 現人が一歩前に出る。


「クラスのまとめ役である荒世現人。皆も知っていると思うが、彼は首相の息子だ。親族のコネで入ったと陰で言われているが事実無根である。なぜなら彼の学力は入学時から常に全国模試一位を収めている」


 一年生からどよめきが起こる。


「それだけではない。彼は帝王学や合気道も収めている。無論、特待生に入るための必須条件になっている共通語リンガ・フランカの英語もネイティブだ」


 霽月は一息置いて、あからさまに雰囲気を柔らかくして、さも今思い付いたかのように提案する。


「よし。彼にクラスメイトを紹介してもらおう。いいか?」


 この教師はどこまで変わらない。公でも変わらない。普段の姿勢で生徒を紹介すればいいものを。教師陣は内心で呆れながらも敵わないと思う。現人は苦笑いしながら応じる。


「ははっ、もちろんお受けしますよ。前々から打診しておいて、生徒に花を持たすために、今思い付き、あたかも面倒臭いから生徒に投げるふりまでしますかね。それで騙されるのは一年生だけですよ」

「と可愛げがない彼に任せる」


 実際、騙されていたのは一年生のみだった。流石に芸術家やバドミントン女子も分かっていた。


「先ほど紹介された荒世現人です。これからは私が紹介していきます。では、プロジェクターを起動して下さい」


 一年生に合わせ、砕けた敬語で話しだす。


「ありがとうございます。あいうえお順に紹介していきます。河谷山次郎。一歩前へ」


 山次郎は言われた通り前へ進む。ステージ空中には、上から液晶が下りてくる。それには山次郎のプロフィールが、仕事風景と共に無音動画で流れ始める。現人は山次郎に話しかけながら、わかりやすく一年生に紹介していく。


「以上が彼の略歴です。はい」


 マイクを渡された山次郎は、普段の弄られキャラのまま一年生に向けて話し出す。


「初めまして! 仕事柄、淡い火を見るのが好きです! みんなよろしく!」


 彼の衣装は黒で統一されたお兄系。アクセサリーも身に着けている。その外見から話しかけづらさが伺えるが、平均より高く元気な声を聞けば勘違いだと分かる。


「えーっと。パフォーマンスを披露してくれと頼まれています! 今回は特別な手法で絵を描きます!」


 事務員たちがステージ脇から巨大な板と大量のスプレー缶を持ってくる。山次郎の指示に従い急速に場を作る。巨大な板なため、簡易な足場も組まれた。板の周りや下には、汚れてもいいようにシートが張り巡らされている。残りの特待生たちはステージ脇に用意された椅子に座る。


「準備ができました! それでは音楽スタート」


 アップテンポな曲調の中、重低音のイントロが始まる。ジャンル分けするならば、インディーズバンド系だ。山次郎は観客に手拍子を求め、手持ちマイクからピンマイクへ切り替える。


「手拍子のまま、歌と絵を楽しんで下さい!!」


 山次郎は両手に持ったスプレーを巨大な板に吹き付けながら歌い出す。ライブペインティング。絵が完成する過程を客に見せるパフォーマンス。凡人は単に書いている過程を見せ、完成で客を満足させる。


 だが彼は凡人でない。山次郎は自身の曲を歌いながら、グラフィティを完成させる。音楽と絵を楽しむための行い。なぜ水彩画や油彩画でなく、日本ではあまり認められていないグラフィティなのか。観客は高校一年生だ。教科書や美術館を彷彿とさせる絵より、若気の至り的な技法のほうが受けがいい。


 正道な画家を目指し入学した者は、筆であろうがスプレーであろうが見つけ見惚れる。時にはスプレーノズルを変え、大胆に、早く、じっくりと。そう、山次郎の高い技術に魅せられる。絵も曲もクライマックスに。


 今までのようなアップテンポな曲調から、深々と降る雪を彷彿とさせる旋律へ。ロマン派音楽の流れを汲むこの曲は、山次郎の人生観と一致する。絵、陶芸、彫刻、歌と別々の旋律が、芸術という一つの曲の中に組み込まれている。


 彼は画家でもなければ陶芸家でもない。ましてや彫刻家や歌手でもない。芸術家だ。


「――っ! 完成しました! ありがとうございました!!」


 山次郎は長く深いお辞儀した。頭を上げた山次郎は喜色満面だ。絵にはスポットライトが当たり見やすい。四〇〇人の手拍子は拍手に変わる。歓声も時々聞こえる。


 本来なら現人が締めて次を紹介するはずだが、席に戻ろうとする山次郎を捕まえ、ステージ中央に戻す。戻された山次郎は先ほどとは違い、どこか照れくさそうだ。


 完成した絵は雪が降りしきる土蔵の街並みに、和傘と和服着た若い男女が仲良く微笑み合っている作品だ。青春を謳歌する彼らに相応しい一枚。それなのに歓喜と拍手は、徐々にどよめきに変わりだす。


 絵の端や下側に書かれている雪が溶けだしたのだ。そして溶けだした雪は、白い水滴となり下に流れる。それは平面から飛び出し、キャンパスの周りに水溜りを作り出す。雪景色な街並みの景色から、カップルだけが浮かび上がるような絵に変化した。


 ドリッピング技法。変化が終わるとパラパラと拍手が起き、徐々に勢いが増す。歓声はなく拍手のみ。だが、先ほどよりも一段と大きく気持ちが籠っている。全員が魅了された結果だ。


「ありがとうございました!!」


 堅苦しい印象を与える芸術を、彼らしい発想と見せ方で現代アレンジしたのだ。


「魅力的なパフォーマンス。ありがとうございました」


 現人の締めで拍手は更に加速する。山次郎は照れ臭そうに席に戻った。


「一人目からこの調子だと、最後まで身が持ちませんよ。それでは続きまして茅池かやいけ有梨華ありかです」


 有梨華は椅子から立ち上がり、ステージ中央に移動する。先ほどに比べると拍手はまばらだ。服装も制服で派手さもない。

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