第10話 好く道より破る
『トゥバタハ岩礁海中公園。フィリピン諸島のパラワン島にある海中公園だね。ここの珊瑚礁は、東南アジア最大だよ。別名、海の楽園。綺麗で多種多様な海洋生物が見られるよ。人気のダイビングスポット! 日本からも多くの旅行者が行っているよ』
「正解です。次は、はからです」
岩礁海中公園は施設名になるため、トゥバタハの最後の文字が適応される。一般的なしりとりのルールでは濁点を付けても取ってもいい。
「バレッタぁー」
咲は可愛く説明する。
「髪留めのバレッタじゃないですよっ! マルタ島東部のシベラスの丘の上にある都市です。上流階級には、
「正解です。次のお題は生物用語です。大学受験に必要な範囲までの説明で正解とします。たからです」
彼女ら二人には得意科目がない。強いて言うなら二人とも数学になる。だが数学の一番は、宇宙物理学の博士号取得している幸也だ。彼と比べると数学の点数もそこまでになってしまう。大学受験の範囲とは共通テストの問題に準ずる。昔で言うセンター試験である。
『体細胞分裂』
中学校で少し習い、高校で詳しく習うアレだ。希子は早打ちで説明を打ち込む。
『真核細胞が行う細胞分裂の名前。一個の体細胞が分裂して、同じ遺伝情報を持つ二個の娘細胞を作り出す過程のこと。それを四つの期に分けて、G1期、S期、G2期、分裂期。分裂停止期のG0期に向かうね。まぁ、G0期もあるから厳密には五個かもね。更に分裂期はM期って言って四個に分けるよ。前期、中期、後期、終期って大変。これら全部を細胞周期って名前で括るの。ヒトだと大体一周するのに二四時間必要なのよ。四個の期の一つのS期なんて二四時間の約半分も使うの。テストでは、同じ役割の酢酸カーミンや酢酸オルセインとか、中心体が両極に移動した時にできる星状体や変な糸を
愚痴が所々出たが情報量としては問題ない。大学受験の範囲は網羅しているし収まっている。
「正解です。次はつからです」
咲は勝負所だと思い相手に圧をかけに行く。
「ツベルクリン反応ぅ。この問題でよく使われるのが結核菌ですねっ。結核菌はマクロファージに侵食されても、ごく一部がマクロファージ内で生きることがありますぅ。これが潜伏感染ですね。これが細胞感染すると偏性細胞内寄生体と呼び方を変えます。そしてキラーT細胞は感染細胞を壊します。結核予防には細胞性免疫が大切です!! 液性免疫も結核に働いて駆逐しますが、最初に言った潜伏感染を続けることがあります。その場合は、体調不良時に発症したりして恐ろしいことになります。感染したマクロファージを見抜くためには抗原提示細胞が必要となります。名前の通り抗原提出です! キラーT細胞は、この抗原に反応して集まってきます。それで皮膚が張れたりします。これを人工的に起こすのが、ツベルクリン反応ですぅ!!」
気持ちが高ぶり時間精一杯説明した。口調も真剣みが伺える。
「……残念ながら、不正解です」
「な、なんでですかぁ!?」
咲は納得できず問いただす。
「お題は大学受験に必要な範囲と言いました。受験レベルなら、細胞感染するのはウイルスって習います。ウイルスが感染だけで十分です。……敗因は詳しすぎるからですね。ツベルクリン反応の原理は細胞性免疫を利用していることだけで十分です」
「そういうことですかぁ……」
勝つ気でいた咲は現人の説明に打ちひしがれる。どうやら他のグループも終わったようだ。
「限定しりとりの勝者は芽池有梨華、耶翠莉乃、野多幸也の三名になりました。一年生の皆さん、知識戦を目の当たりにしてどうでしたか?」
一年生は微かに震えている。
「そうです。勉強やスポーツ、自分のやりたいことを頑張れば誰でも魅せられるパフォーマンスができます!! ぜひ頑張って下さい。私からは以上です」
現人は霽月にマイクを返す。
「最後の最後まで生徒が締めてくれて、先生はとても楽ができた。ありがたい。さて、諸君らも彼らとなんら遜色ない素質を兼ね備えている。これからも俺に暇を与えてくれ。以上だ」
霽月は特待三年生を引き連れステージから降りる。一年生や教員からは大きな拍手が送られる。普通の教師なら、先生はとても誇らしいや、誇らしい生徒になれるよう努力を惜しむなと上から目線だろう。
教師の手があくのは大人の出番が少ないことを示す。それは生徒が優秀なことを意味する。たが、暇イコール仕事をしていないと考える社会人も残念ながらいる。それは間違いだ。直接生徒に指導することが少ないだけで、教育方針や方法を吟味し纏める業務もある。
生徒強いては若い子の価値観を知るために、何が流行っているかなど、メディアの声ではなく生の声を生徒たちに世間話として、コミュニケーションの一環としてする必要もある。これらも十分仕事だ。ただ駄弁っているだけではない。
また霽月のように自分の評価を下げてまで、年下を持ち上げる年上はなかなかいない。コミュニケーションとは年上が年下にしてもらうものではなく、対等にし合うものだ。これが理解できない人は、コミュニケーションの何たるかを理解していない。ホステスのお姉ちゃんの雑談手腕と混合して、勘違いしている愚か者だ。霽月はそれらを理解しているからこそ、特待生のクラス担任なのだ。
「いいか?」
皆で教室に戻っている途中、龍治は現人を止める。
「貧乏くじ引いてもらって助かった。ありがとう!」
委員長は適当に流す。
「構わない。……いいか?」
現人は溜息を吐き龍治と向き合う。
「どうしたの?」
「ゲーム。対一で」
「案の定か。今はやめてほしいな。ほら、このあとホームルームで解散だろ? 午後からがいいかな」
「違う。課外授業後」
来週は札幌でそれを行う。
「それならいいよ。全国模試も終わっているしね。ゲーム内容はどうする?」
「内容は――」
龍治は簡潔に説明をする。
「ふふっ。我に挑むとは……身の程知らずめ」
「アァン! いつまでも神でいられると思うなよォ!! 堕としてやるよォ!!」
抑圧された部分がゲームに対する期待で露わになる。だがすぐに戻る。
「そろそろ戻らないと、トイレっていう言い訳も通じないかな」
「楽しみ」
教室に戻った二人は霽月からの小言と全員からの冷ややかな視線を受けることになった。
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