第43話 会場入り

静かな廊下に歩く音だけが響く。


俺と文香の間に会話はない。


しかし、それもそのはずだ。


ついさっきまで、ここから離れるために警備の目を潜り抜け、足音をたてないように、慎重に移動してようやく外へ出ることができたのに。


それなのに、俺たちは文乃さんに会うために、来た道を戻っているのだ。


文香には申し訳ない気持ちもある。

できるだけ会いたくないであろう相手に会いにいくのだから。


けれど、俺を信じて着いてきてくれることには感謝している。


さて、俺たちが何故文乃さんに会いに行こうとしているのか。


それは━━━━


〇〇〇〇〇〇〇〇



「━━━え?!

お母さんに会うの……?!」


「あぁ。」


「ど、どうして?

ここまで来た理由も、お母さんから逃げる為じゃないの?」


うん。その通りだ。文香の言う通り。

俺たちはここまで抜け道などを通って、後少しで脱出できそうな所まで来た。


だが、


「確かにその通りだけど、文香もわかってるだろう?出口からは出られそうもないし、壁も高くて登れない。だったら正面から行くしかないんだよ。」


ここで、大丈夫だよ。絶対上手くから。と言えないのが、もどかしいところだ。


正直俺も心配の方が勝っている。


下手すれば前と同じように、男たちに抑えられてそのままさよならになるかもしれない。


しかし、今なら文乃さんも同じことはできないだろう。


なぜなら、、、今文乃さんの周りには招待客がいるのだから。


会社のイメージを悪くしないためにも強行手段が取るわけにはいかないはず。


だから俺は、その状況を利用できるかもしれないと考えたのだ。


文香に過度な教育を行った事実を文乃さんに突きつけ、それを周りに聞かせることができれば、皆が文香に同情し自由にさせるべきだ!

と思わせることができるはず。と。


ただ、それでも不安は拭えない。

なんせ相手は代理とはいえ社長。頭が良い分、こちらの計画も上手く対応される可能性が高い。


要は一か八かだ。


それを文香にできるだけ分かりやすく説明する。


「……。」


文香はそれを静かに聞いてくれた。


不安、恐怖といった感情を持っただろう。


それもそうだ。仕方ない。


だが、文香はその中に少しの希望を見出してくれたようで


「……わかった。行こう。お母さんのとこへ。」


と、覚悟を決めたようにグッ!と拳を握りしめた。




━━━文乃さんに会うために、会場へ戻るわけだが人気のないところで捕まるのはダメだ。


俺たちが賭けているこの作戦は、


『周りに人がいる状態で文乃さんと話す。』


ことがとても重要だからだ。


そのために、戻る最中も細心の注意を払う。


しかし、不思議なことに会場に辿り着くまでに誰かが迫ってくる気配も、足音もせず、どこかへ隠れるということもなく想定より早く会場の近くまで来ることができた。


まぁ、運が良かったということなのだろう。


その時ふと、俺の右手がぎゅっと握られた。


緊張しているのか、フルフルと小刻みに揺れている。


だからせめて、最後まで俺がついてるよ。と伝えるように両手で文香の手を優しく包み込んで応える。


「……行こうか。」


「うん」


2人で見つめ合い、覚悟を決めて、

俺たちは手を繋いだまま、会場入りを果たした。










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