閑話 当時の文香①

……今日もご飯は出なかった。


ブロッコリーとか、きゅうりとか、そういう野菜は(少なかったが)でたけれどこんなものでお腹が満たされるわけもない。


この後はまた習わされていることをしないといけない。

だから私はそれをバックれた。


先生に迷惑がかかることは理解していた。

でも、その時の私は母の言いなりになるのが嫌だったのだ。


会社兼、実家のこの場所はとても広い。

だから小さな私を見つけることは困難なはず。


足音を殺して、建物を探検する。

社員の人が近くに来たら、すぐに隠れる。


私は体が小さいので見つかることはなかった。


探検して、この建物にはパソコンがたくさんある部屋、椅子がたくさん置かれている部屋、私の知らないものがたくさんあることを知った。


そんなことをしていると、建物は一気に騒がしくなった。


そう、私を探しているのだ。


「……簡単に捕まらないからっ……!」


私は隠れ鬼をするような気持ちで母の部下である鬼たちから隠れ、逃げる。


……どうやら私には隠れ鬼の才能があったようだ。


誰も私を捕まえることができない。


ははは。


このまま捕まらなければ、これから先母の言いなりにならなくて済むかもしれない。


そんなあり得ないことを思って、私は笑った。


「━━文香。」


そこで不意に肩をポンっと叩かれ、名前を呼ばれる。


「ここで何をしてるんだい?先生が探しているだろう?」


「お父さん……!」


顔を見るのはすごく久しぶりな、私の父がそこにいた。


「なんでお父さんがここにいるの?お仕事は?」


私の父は、仕事の都合であまり私と顔を合わせることはなかったのだ。

だから、少しだけ嬉しさも感じていたのかもしれない。


「あぁ。ちょっとこっちにも顔を出さないとな。と思ってね。」


そう言いながら私の頭を優しく撫でる。


母とは違い、とても優しい。

だから父のことはとても好き。


「ほら。話はここまでにして習い事に行かないと。先生も待っているだろう?」


「……嫌。」


「おや。それは一体どうしてかな。」


「…疲れた。お腹すいた。」


優しく理由を聞く父と、わがままを言う私。


いくら好きなお父さんに言われても、嫌なものは嫌だ。


そんな私に父は


「そうか……。


なら仕方ない。先生にはお父さんから話をしておこう。もちろん、お母さんには内緒にさせるからね。」


「本当?!」


「あぁ。

せっかく久しぶりに顔を見れたんだ。

娘が嫌だと言って無理に連れて行くほど厳しくなれないからね。」


ほらおいで。と私の手を握り、どこかへと歩いていく。


しばらく歩くととある部屋に着いた。


不思議なことに、その道中は誰にも会うことがなかった。


「ここはどこ?」


「ここはお父さんのリラックスする部屋さ。


私が持ってきた飲み物やお菓子が置いてある。」


「お菓子?!食べていいの?」


「もちろんだよ。


だけど食べすぎないようにね。」


ここの部屋には確かに高そうなお菓子や、

さまざまな紅茶の葉など色々なものが置いてある。


父はなんでも好きなようにどうぞ。とにこりと微笑んでくれる。


それに微笑みで返し、食事制限のされた体に

食べれる分だけのお菓子を詰め込んでいく。


そんな私を見つめながら父は


「それを食べている間、少しお父さんと話をしよう。

わたしも文香に聞きたいことがあるし、きっと文香もあるだろう?」


という。


「うーん…。

…じゃあお父さんからでいいよ!」


「ふふ。ありがとう。


……じゃあ、文香はお母さんのことをどう思っているんだい?」


「えー?

嫌なことばっかりして、私を物みたいに言うから嫌い。」


正直に言う。


「ははは。そうだよね。文香にとってはいい印象はないか。」


「え?じゃあお父さんはどう思ってるの?」


「それは、ね。結婚してるわけだしちゃんと愛しているよ。」


「私にひどいことしてるのに?」


少し意地悪なことを言ってしまったかもしれない。でも、父があの人を愛している。と言った時、むっ。としてしまったのだ。


「……そうだね。お父さんもそれはやめた方がいいと思ってるよ。


実際何度か文香の教育について話し合ったんだけど、


『産んだのは私。私が世話する。』


って言って聞かなくてね。それからもずっと聞く耳持たずなんだ。力になれなくてごめんね。」


「んーん。お父さんは優しくしてくれるし、謝らなくていいよ。私お父さん好きだから許す!」


「でもさ、お父さんがそんなお母さんを好きになった理由とかあるの?」


「……それは━━」

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