第25話 記憶の中の少年が②
「ありがとう。この場所を教えてくれて。」
「おう。」
「うん。本当に感謝してる。」
「ん?感謝?なんだそれ。」
あれ。意味知らないのかな。
「ありがとうって意味だよ。」
すると━━━くんは
「へー。ありがとうと同じ意味なのか!
文香は物知りだなー。」
と褒めてくれる。
でも、私はお母さんに大人には感謝という言葉を使いなさいと教わっていたから。当たり前だと思っていた。
「文香って、出会った時から思ってたけど大人みたいだよな。」
初めて言われた。
「なんか、俺の友達とかとちがってさ。
かっこいいなって。」
や、やめてよ。恥ずかしい。
「でもさ、私を見て気持ち悪いとか思わないの?」
あ、自分で聞いてて傷ついちゃう・・。
「ん?なんで?」
しかし、━━━くんは頭に疑問符を浮かべる。
「え、だ、だって、ガリガリだし腕細いし、顔もやつれてるし。」
「でも、女ってそれがいいんじゃないの?
よくお姉ちゃんたちが言ってるよ?
腕細くしたいって。」
「そ、それとこれとは違うというか・・。」
「別に細くても細くなくてもいいじゃん。
少なくとも、俺は気持ち悪いとは思わないし
ここにいる仲間だと思ってる。」
「仲間?」
「そう。一緒に怒られる仲間。」
・・・・え。
次の瞬間、バンッ!と音がして看護師さんの怒声が聞こえてきた。
「ーーーーー!!!!ーー!ーーー!!」
怒る看護師さんに対して、クシシと笑う。
私もそれを見て、自然と笑顔になれた。
〇〇〇〇〇〇〇〇
「お姉ちゃんたち、俺が病気だって知ってるよな。あそこまで怒んなくてもいいのに、、。」
「でも、確かに私たちだけだったら危ない場所だったよ?
やっぱり責任を持って私たちのお世話をしてるんだから、心配だったんじゃない?」
「えー?そうかぁ?
セキニン?とかよくわかんないけど、怒りたいだけだろ。」
相当根に持ってるみたいだ。
でも、やっぱり看護師さんたちは心配してたんだと思う。
だって、怒りながら泣いてたもん。
もうしないでね。って最後は優しく言ってたもん。
「でも、お前よくあんなに怒られてたのに平気そうな顔してたな。
俺の知ってる奴らはみんなショボーンってしてたのに。」
「うん。多分、怒られるのに慣れちゃったからかも。」
「え!?
文香っていい子そうなのに、怒られることあんのか?!」
・・・いい子そう。か。
でも、そうだよね。今まで怒り返したこともなかったし、なんでも大人の言うことを聞いてばかりだった。
からだろうか。初めてできた友達のようなこの子に、話を聞いて欲しいと思ったのは。
「・・・うん。お母さんにね。いつもすごく怒られてたの。」
「ふーん。文香は母ちゃん嫌いか?」
「え?・・・うん。嫌い、かな。」
「俺は好きだぜ!」
・・・そうだよね。みんな、お母さんのこと好きだよね。
普通の子だったら。
「だけど、嫌いな時もあった!」
「・・え?」
「そりゃあそうだ。いつも怒ってるからな。
ここのお姉ちゃんたちよりも怖かったし。
平気で頭を叩いてくるし。
・・・だけどさ、結局俺が病気になったって聞いて、1番泣いてくれたのも母ちゃんだった。」
「・・・。」
「だからさ。母ちゃんもきっと、俺のことが好きなんだと思う。だったら、俺も母ちゃんが好きだ。
母ちゃんのおかげで今もこうして話せてるってことぐらいはわかってるしな!」
「・・・いいお母さんなんだね。」
私のお母さんはきっと私のことが好きじゃない。
私が倒れた時も、涙の一つも流さなかった。
・・いいな。
「・・でも、文香みたいな奴が嫌いになるほどの母ちゃんなら、無理に好きになる必要もないと思う。
お姉ちゃんたちから聞いたけど、なんだっけ、
ヨウシ・・?みたいなのがあるんだろ?
確か、親からの愛がどーたらこーたらで
みたいな。よくわかんないけど。」
・・・ヨウシは私もまだ知らないけど、
きっといい話なんだろうな。ということだけはわかった。
そして、意外だったな。多分だけど、私のことを慰めてくれてる。なんか、そんな感じがする。
「その、あれだよ。
文香にも、自分を好きになってくれて、文香も好きになるような、母ちゃんがきっとできるよ。」
━━━っ!
私を愛してくれて、私も愛することのできる
お母さん。
それはきっと、実母だとありえないだろう。
でも、もし養母だったら━━━
「・・・うん。・・うん。
私、信じてみる。そんな人に出会えるように。」
ここで私は涙を流していることに気づいた。
でも、全然辛くない。
初めてだ。嬉しい気持ちで泣いたのは。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
あの後、私たちはそれぞれの病室に戻り、またいつもの日常が始まる。
ベッドの上で、ぼーーーっとするだけの。
でも、今の私の頭の中は━━くんのことでいっぱいだった。
・・・歳の近い子ではじめて私の容姿を気持ち悪いと言わなかった。
はじめて、私のお母さんのことを好きにならなくていいと言ってくれた。
・・・・はじめて、胸がドキドキした。
幼い私の、でも、他の子よりは少しだけ大人な私の
初恋だった━━━━
「━━━━と、こんな感じかな。」
「・・・・。」
文香にとって、その子の存在は
とても大きかったのだろう。
文香に対して、親身に寄り添い、傷ついた文香の心を救ってくれたのだ。
しかも、話を聞く限りこの子がいなければ、
なんらかの形で全てを諦めてしまったかもしれない。
本当に、文香の命の恩人なんだな。
「まぁ、結局その子とは私のお母さんのせいで会えなくなっちゃったんだけどね。」
「え。それって・・・。」
文香は首を横に振る。
「あはは。殺した訳じゃないよ。
ただ、その子にはもう会えなくなっちゃった。」
「う、うーん。どういうことだろ。」
「・・きっとすぐにわかるよ。」
「そうか。」
今はまだ、わからなくてもいいと。
「それじゃ、いい時間になったから。宗則くんにも見せてあげる。あの子が見せてくれた景色。」
そして、文香は歩き始めた。
廊下に出て、真っ直ぐ進み、階段を登る。
登った先の最上階は、何故か今まで訪れたどこよりも綺麗だった。
「ほら、この扉。昔の私が開けられなかったやつ。」
文香が言っていた扉は、開けっぱなしで窓にヒビが入っており、年季を感じさせた。
「今は固くなりすぎて、大人でも開かなくなったから開けっぱなしにしてる。」
言いながら、文香は入り口横の梯子を登った。
「壊れやすくなってるかもしれないから、気をつけて登ってね。」
「うん。わかった。」
言われた通り、気をつけて登る。
そして、登った先にはキレイな光景が広がっていた。
「・・・圧巻だな。」
「でしょ。
私は、この景色を見て、毎回元気を貰ってる。諦めないぞ!ってね。」
夕陽をバックに笑う文香に、写真で見た細い文香が重なった。
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