第24話 記憶の中の少年が①
━━文香と訪れたのは、廃病院だった。
開けっぱなしの入り口から中へと入り、先を行く文香について行く。
確かこの病院は、2年前にこの近くで
より大きな病院が建てられたことで、ここに勤めていた人も全て移動してしまった。
にも関わらず、ここは未だに取り壊されておらず
形を残していた。
しかし、何故文香はここへ来たかったのだろう。
その疑問だけが、俺の頭にぐるぐる回っている。
すると、その思いを見透かすように
「宗則くん。どうして私はここへ来たかったんだと思う?」
そう尋ねてきた。
思い当たる節があるような、ないような。
「うーん・・・・。」
しばらく考えてみるも、答えは出なかった。
「ごめん。わかんないや。」
「あはは。そうだよね。」
そして文香は微笑んでみせる。
「実はこの病院ね。私が昔入院してたところなの。」
「あー。言ってたな。あの写真のね。」
「そう。あの写真のところ。
・・・そしてここが、」
文香が不意に立ち止まり、とある一室を指差した。
「・・私がずっと1人だった部屋。」
・・・ここが。
あの痩せ細った文香がずっとここにいたんだな。
いざ、この場所に来てみると当時の文香がこの部屋で苦しんでいたのか。と胸が痛くなる。
中は思いの外キレイに保たれており、この部屋だけ見ればまだまだ患者さんがいるんじゃないかという気もしてくる。
「それでね。私がここに来たかった理由なんだけど、いい機会だから私を助けてくれた子の話をしようと思って。」
・・文香の命の恩人だという2人の内のもう1人か。
「えっとね。あれは私がここに来て3週間くらいの時かな━━━」
「━━━お腹・・空いたな。」
この場所に来て、どれぐらい時間が経っただろう。1週間?2週間?
どうでもいいや。今はお母さんいないし。無理にお稽古する必要もない。
でもなぁ、ちぃちゃんのケーキ、もっと食べたいなぁ。
だって、出てくるお料理全然美味しくないんだもん。お家よりはマシだけど。
いやいや、でも、ここにいればお母さんに怒られなくて済むからいいじゃん。
・・・それでも、ずっとこの場所にいるのは
嫌だな。
いつかはちゃんと外の世界で生きていきたい。
すると、いつも私のお世話をしてくれる看護師さんが、食器を片付けに来た。
そして、その時の数分だけ、いつも私のお話相手になってくれる。
どうやら看護師さんには子供がいるらしい。
私と同い年の子供。
その看護師さんは外の世界について教えてくれた。
多分、ずっとここにいる私が退屈しないようにしてくれたことなのだろうが、話を聞く度
私はその世界が羨ましくて仕方がなかった。
「・・・もし、私がお母さんのところに生まれなかったら、普通の一年生になれましたか?」
思わず口を出た、私の問いに看護師さんは
「それは分からないよ。
だって、普通なんて私が決めるなんてできない。
じゃあさ、文ちゃん。あなたが思う普通の一年生って何?」
分からない。という答えをした上で、逆に
問いで返してきた。
「うーん・・・お友達とおしゃべりしたり、遊んだり、勉強したり?」
「うんうん。いいね!それが文ちゃんの思う、一年生なんだね?」
「はい。」
「そっか。
じゃあ、今度その普通の一年生ってやつを体験させてあげるよ。」
あぁ。子供を連れてきてくれるってことかな。
そういえば私、同い年の子と話したことないかも。
自然と私の胸はドキドキしていた。
〇〇〇〇〇〇〇〇
次の日、いつものように看護師さんが食器を片付けに来て、そのままお話をする。
「じゃあ、昨日言ってた体験をさせてあげるからね。」
と看護師さんが後ろを向いて手招きをする。
すると、ひょこっと女の子が現れた。
「ほら、この子が私の娘のそらでーす。
ほら、挨拶して。」
それを聞いた子供は
「柏木《かしわぎ》そら。」
ぶっきらぼうだが、名前を教えてくれた。
私はそれが嬉しくて
「えと、私は
照れながら、自分の名前を言った。
「じゃあ、私これ片付けてくるから、後は2人で遊んでてね。」
看護師さんはそう言って部屋を出て行った。
2人きり。
どうしよう。何を話そうかな。好きな食べ物?
好きな色?あー。どうしよう。緊張する。
でも、嬉しい。
すると女の子が一言言った。
「気持ち悪い。」
・・・・え?
「ガリガリでなんか怖い。」
淡々と、容赦のない言葉が私の耳に入ってくる。
「・・・な、何かして遊ぼうよ、、、。」
「嫌だ!」
そう言って、部屋から駆け出して、行ってしまった。
そっか、、、。私って同じ年齢の子から見たら、怖いんだ。
やっぱり私は、普通の一年生の女の子にはなれないんだな。
あ。どうしよう。泣いちゃう、、、。
結局、看護師さんが戻ってきて私に謝ってくれた。
後ろでは、さっきの子が泣いている。
多分、怒られたんだろう。
でも、その子は悪くないよ。私がこんなだから、こんな私の相手をさせられたから、ごめんね。
〇〇〇〇〇〇〇〇
私ってなんで生きてるんだろ。看護師さんたちにも迷惑かけて、お母さんにも愛されてないし。
ここを出ても、また地獄だし。
・・・どうやったら、楽になれるかな。
そうだ。高いところに行くのは危ないって言われてたっけ。
そうして私は、力の入らない足で部屋を出た。
いつもはトイレに行く時しか、こんなに移動はしないけど、今日はいいや。
エレベーターに乗り込み、1番上の階のボタンを押す。
そして、最上階に着いた。
エレベーターを出たすぐのところに、外へと繋がる扉がある。
ここから出て、落ちたら、楽になれるのかな。
でも、その扉は私には開けられなかった。
鍵が閉まってるわけでもない。単純に、私の力じゃ押せなかった。
・・・楽になることすらできないのか。
不意に、頬を温かいものが伝う。
「うぅ、、、、。どうじで、、、、?」
「わだじばっかりぃ、、、。」
私は泣いた。体の水分を全部使い切るんじゃないかというくらい、泣いた。
すると、エレベーターが動く音が聞こえる。
あぁ。看護師さんかな。
また、怒られちゃうな。
しかし、出てきたのは私と同じ服を着た少年だった。
あ。また拒絶される。
思わず身構えるが
「あれ?ここで何やってんの?」
少年は私の容姿を特に気にした様子もなく言った。
「え?・・えと、ちょっと外にいきたくなって。」
本当の理由なんて言えるはずもない。
「そっか!でも、女だもんな!ここの扉固いよな!」
よし!少し待ってて!と男の子は扉に手をかける。
「ゔぉぉぉ」
力を振り絞るような声で扉を一生懸命押す。
すると少しずつ、扉は開き始めた。
「ハァ、ハァ、ハァ。
どうよ。開けてやったぜ。」
「あ、ありがとう。」
お礼を言っていいのかわかんないけど、とりあえず言っておいた。
「それで?えっと、、あ!俺━━!お前は?」
「あ、えと、ふ、文香って言います・・・。」
「おう!そんで文香はなんで外にいきたかったんだ?」
え、どうしよう・・・。ほんとのこと言った方がいいのかな。
「俺はなー。いつもここで寝てるんだよー。」
と、梯子を登ってより高いところに行ってしまう。
私に質問しているのに、自分のことを語り出す、
ペースの読めない子だ。
「ねぇ、そこ危ないよ?落ちて怪我するかも。」
「大丈夫だよ。いいから文香も来てみろって。」
「え?でも。」
「いいから。」
その男の子は全然私の言うことを聞いてくれないし、結構強引だ。
でも、なんだか嬉しい気持ちになったのも事実だ。
男の子の助けを得ながら、どうにか登り切った時、私は息を呑んだ。
それは、ただの夕焼けだ。
しかし、ここから見るそれは私にとってとても美しく見えた。
太陽の半分しか見えていないのに、辺りをオレンジ色に染める。
なんともいえない、不思議な感覚だ。
「・・・キレイだろ?」
男の子が言う。
「俺さ、なんか重い病気なんだって。
助からないかもって。
でも、ここに来て、この夕陽を見たら
何故か全然怖くないんだ。
この夕陽が俺の中の病気を浄化してくれてる気がするんだ。」
だからと男の子が続ける。
「文香も、そんな暗い顔してないで、あの太陽みたいに眩しい笑顔をすればいいんじゃないか?
そしたら、きっとこの先楽しいことばかりだと思うぜ!」
・・・・。
確かに、この子は出会った時からずっと笑っている。楽しそうに。
あぁ。羨ましいな。私も、この子みたいに━━
「おぉ・・・。
いい。いいじゃねぇか。それだよ。それ。
なんか、元気貰えるよ!」
わたしからしたら、あなたの笑顔の方が元気がもらえるよ。
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