第9話 情報をくれるあなたが

ある日、俺はまた夢を見た。


今度は告白なんてものじゃない。文香がこちらを心配そうに見つめている。泣いているのだろうか、手で口を隠して座り込んでいる。


今すぐ近くに行って抱きしめてあげたい。

だけど、体が言うことを聞かない。  


周りには、桜ヶ崎文乃おうがさきふみのやその従者と思しき人物たちが文香をどこかへ連れて行こうとしている。


クソッ!文香を離せ!連れて行くんじゃねぇ!


走り出したいのに、段々と視界が赤く染まりはじめる。真っ赤に、、真っ赤に━━━







━━━っ!




知ってる天井だ。


なんだか、久々に記憶に強く残る夢を見た気がする。


それにしても、恐ろしい夢だった。

体が動かせないことがこんなに怖いなんて。 


・・・文香のあの表情も、2度とさせたくないな、、、。


・・ってかやべ!遅れる!


 時計を見るともうすでに1限が始まろうとしていた。


急いで着替え、準備をし、朝食を咥えて走り出す俺。

朝からバタバタで、自分のことだが情けない。


そんなときでも、しっかりと車とかには気をつけて走った。

べ、別に今日の夢が怖くなったとかじゃないからね!


程なくして、俺は采花大学に着いた。ひー。疲れた。


そして、途中の講義に堂々と参加し、ちゃんと叱りを受けレポートを増やされたことで許しを得た。


それにしても、俺が呼び出しをくらった時の冬真の顔は、マジで許せないくらいうざかった。いつかしばく。



さて、文香も仕事だと言っていたし、この後が暇になったな。

今まではすぐさま家に帰り、ゲームや読書をしていただろうが、なんだかそんな気分にはなれなかった。

多分、朝見た夢のせいだろう。


告白された夢が現実になったように、もしかしたらあの夢も現実になってしまうかもしれない。


もし、文香が連れ戻されてしまったら。

もう一度あの生活を強いられることになってしまうと思うと、どうしても気になってしまう。


そう思った俺は、近くにあったカフェで桜ヶ崎家のことを調べてみようと決めた。


座席へ案内され、ホットカフェラテを頼み俺はパソコンをバッグから取り出し、早速桜ヶ崎家について調べてみた。


すると、これまでの桜ヶ崎の実績や評価など色々な情報を見ることができた。


その中でも、俺が1番気になった記事は、


『桜ヶ崎グループ、社長交代か』


というものだった。


内容はこの見出しの通り、元々の社長、、つまり文香の父が最近表に現れないこと、パーティーへの出席数が明らかに減少しており、その交代後の社長が母の文乃さんであるかもしれないなど、詳しいことが記されていた。


そういえば確かに、文香からその父の話はあまり出てこなかったが、今の桜ヶ崎は文乃さんが統括してるのかもしれないな。


もう少しそのことについて調べてみようと、配膳されてきたカフェラテを飲みながら再度パソコンとにらめっこを始めると、


「・・・ちょっと失礼。どうも気になる記事を読んでいたようだからね。・・居ても立っても居られなくなってしまい、声をかけさせていただいたよ。」


といきなり背後から、優しく、低い男らしい声で話しかけられた。


「はいっ!?・・・あ、大丈夫です。その、どうしました?」


当然俺は驚いたが、どうにか要件を聞き出すことができた。そこにいたのは、40代半ばほどの落ち着いた雰囲気の男性が立っていた。


「まずは君の調べものを覗き見たこと、そしていきなり声をかけて驚かさせてしまったことを申し訳なくおもってる。すまなかったね。・・そして要件なのだが」


そう言って男性は先ほどまで俺が調べものをしていたパソコンを指差し


「その桜ヶ崎について私が教えられることを教えてあげようかと思ってね。」


そう言ってニコリと笑みを浮かべた。その表情はやけに男性に似合っていた。


・ー・


しかし、何故この男性が初対面の俺に話をしてくれるのか、一体この男性は何者なのか。俺はただただ疑問だった。


「その、、、気持ちはありがたいのですが、どうしてそこまでしてくれるのですか?」


素直に聞くしかないので聞いてみたのだが


「ずいぶん熱心に調べていたようだったからね。何か私からの情報が君の為になるなら、教えるべきだと考えたからだよ。もし私が怪しいと感じるなら、正直に言ってくれても構わないよ。」


まあ、話し方からして全然良い人だろうなというのは感じる。

こちらとしても、桜ヶ崎のことがわかるのならありがたい話なので信じるかは別にして、話を聞いてみることにした。


「なら、まずは一つ、何か情報をください。」



「そうだね。何を話そうかな。」


そういって少し悩むように顎に手をやる男性。

やけに絵になるな。なんかかっこいい、、。


「・・・桜ヶ崎というのは、そこまで大きい会社ではなかったんだよね。」


そして、男性は語り出した。


「これは今の社長の話なのだが、会社は今の社長の父の時代から一気に大きくなったんだ。もともと何をしていた会社なのかは私もわからないけども、その時からだんだんとパーティーなどにも呼ばれるようになったり、名声も上がっていった。もちろん、その息子も後を継ぐ為に経営の勉強をしたりパーティーなどにも積極的に参加して、周りからも認められていたのかな。」


男性は懐かしそうな表情をしながら話をしている。

もしかしたら、桜ヶ崎で働いていた人なのかもしれない。


「やがて時はすぎ、その息子は若社長になったんだ。

父が成功させて、大きくした家を後世に繋いで行く為に。


頑張ってきた甲斐もあったのだろうね。仕事はうまくいっていたし、他の会社との関係も良好だった。」


「だけど、どんなに仕事がうまくいっても子供が生まれなければ、この仕事を継いでいくことはできない。


そんな状況だったけど、若社長は『恋』というものをしたことが無かった。

女性との関わりもあったけど、いまいちピンとこなかった。」


恐らく、その若社長は勉強とかであまり女性のことを考えられなかったのだろうな。俺だって後を継ぐ立場になったら失敗しないように同じことをしていただろう。


「でも、記事を見る限りその若社長は妻を見つけたんですよね。」


「その通りさ。社長はある女性に出会ったんだ。招待されたパーティーでね。


一目惚れ、と言うのかな。すっかり虜になったそうだ。だけど、アタックの仕方なんてわからなかったから、

ひたすら声をかけてかけて、ようやく彼女から許しを得て一夜を過ごしたらしい。」


「そして娘ができた。と?」


「そうだ。2人の間に、子供ができたんだ。

そうなれば結婚という道を進むしかないからね。

まぁ、妻の方は仕方なくといった感じだったけど。」


「それでも、社長は妻を迎えることができて余計頑張ろうとしていたんだ。


しかし、ここで妻が仕事や子育てに口を出すようになってきたらしいよ。


娘を大きな会社へ嫁入りさせる。なら、もっとこうした方がこの会社は大きくなる。とかね。」


「うわ、、、。その時から、、、」


「おや?知っているのかな?」


「まぁ、はい。一応・・。」


「それなら話は早いね。簡単にいえば、会社を乗っ取られたというか、経営を私にさせなさい。と言ってきたらしいんだよね。」


ふむふむ。ということはつまり、桜ヶ崎を自分に一任しなさいと。だから交代したのかと言われているのか。


「実際に経営はその妻がしているんですか?」


「いや、大部分はちゃんと社長がしているよ。彼女はその一部をしているだけ。」


へぇ。そうだったんだ。

ちゃんと仕事してるのに交代か。

といわれて社長可哀想だな。


ちょっとここらで気になってたことを聞いてみるか。


「それにしても、よく知っていますね。以前は桜ヶ崎家で働いていたのですか?」


「そうとも言えるね。」


こんなに詳しいということは相当高い位だったのだろうな。正直もっと聞きたかったが


「すまないが、時間がきてしまったようだ。ここらで終いにしよう。」


と言われたことで断念した。


「ではね。また会えることを祈っているよ。」


「あ、はい。お話、ありがとうごさいました。」


そうして、男性は去っていった。


文香の言っていたことと、合致する部分がかなりあったので信じることはできそうだ。

俺も帰ることにしよう。


そしてカフェを出るため、会計をしようとしたのだが


「先ほどのお客さまがお会計されましたよ。」


なんと払っていてくれた。いくらカフェラテ一杯とはいえ、なにも言わずに奢ってくれたことに俺はひどく感動していた。かっこええな、、、。


俺も歳取ったらあんな大人になりたい。

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