第8話 桜ヶ崎文乃

「━━私のお母さんの話をしようか。」


こうして、文香は自分の母親について語り出した。




━━━桜ヶ崎文乃おうがさきふみの。これが私の母の名前。


母はすぐに怒る人だった。私が何をしても違う、そうじゃない、ああしろ、こうしろとうるさかった。


自分も完璧じゃないくせに。どうして私に怒れるのか。

幼いながらに母の教育は間違っていると確信し、こんな疑問も抱いていた。


こんな性格の人が結婚できた理由がわからないと。


しかし、母は顔が良かったのだ。こんなことを言うのも失礼だが、母の家族はあまり美形とはいえない。そんな中、唯一美人と評価されたのが私の母だった。


叔母さんによると、やはり男の人に声をかけられることも多かったらしい。


その中には、なんと私の父も含まれていた。


桜ヶ崎将也おうがさきまさや、父の名前だ。


当時の父は、少し大きな会社の社長でしょっちゅう母を飲みに誘っていたらしい。


そして、いつかの夜。


父と母は一夜を共にした。


母は本来なら、もっと大きな会社の社長を捕まえたかったようだが、私ができたことで仕方なく結婚を選んだそうだ。


これでわかる通り、両親の間に愛はない。父の方は愛があったかもしれないが。


そして、




そんな2人の間に産まれた子供は、決して愛されることはないのだ。


母は、より大きな会社の社長の息子と私を結婚させようとしていた。そのために私は色々なことを経験させられた。体型を保つために、過度な食事制限もされた。まだ幼い、子供だというのに。


こんな生活を続けていたら、いつか体を壊すというのはもはや当たり前のことだった。



私はすっかり憔悴しきっててしまい、ベットから出ることができなくなった。

しかし、母はそんな私にも、やりなさい。演技をするな。と無理にでも私を連れ出した。


私はもう死ぬのだと、そう確信するのに時間はかからなかった。


しかし、そんな時に私の前に2人の人物が現れて━━━






「━━━。とまぁ、こんな感じかな?・・・どう?酷いと思わない?」


唖然とした。こんな母親が本当にいたとは。


俺の母はすごく優しいというか、俺たちにものすごい愛情を注いでくれていたから、それが当たり前だと思っていた。


「・・・なんというか、確かにひどいな・・・。幼い頃にそんな過酷な環境に、、、。」


しかしそこで疑問が生まれた。


「でも、なら何故文香はあのケーキ屋で働いていたんだ?話を聞く限り、そんなことを許すとは思えないけど。」


「うん。そうだね。でも私は2人の人に救われたんだ。」


「それは一体・・・?」


「その中の1人はね、叔母さんだよ。」


そこで文香は厨房にいるであろう叔母さんに感謝するように


「叔母さんは、まだ私がお母さんに束縛されてる時に、


『こっそりケーキの失敗作をお裾分け!』


ってわざわざ私の部屋まで持ってきてくれたの。

もちろん、外の窓からね。私の部屋一階だったから。」


「へぇ。でも、母親には見つからなかったのか?」


「多分ね。大分こっそりしてたけど。・・・それでも、あの時食べたケーキはちょっと甘過ぎたけど、世界で一番美味しかったな。」


文香は当時を思い出したかのように、瞳を潤ませた。


「その時から、私もケーキを作る仕事に就きたいって決心したんだ。」


なるほど。それならこのケーキ屋で働いてるのも納得できる。


だけど、それだけだと母親からの束縛から逃れられないのではないだろうか。


そんな思考を見透かすように


「もちろん、それでもお母さんから怒られる生活は変わらなかったよ。でもお母さん、少し体重が増えたのにそれに気づかなかったってことは、結局私のことなんて見てなかったんだね。体型では全然怒られなかったんだよね。」


「でもね、やっぱりケーキだけじゃ栄養を摂ることは難しかったのか結局倒れちゃったの。今度は病院で寝たきりの生活が続いた。流石にお母さんもまずいと思ったのかな、しばらく干渉してこなかった。」


「それは、ほんとは良くないんだろうけど、良かったな、、、?」


「ふふっ。ほんとに。私も病院なのになんか嬉しかったもん。」


そこで、少し文香に笑みが戻った。ほんとにその時は解放されたんだろうな。


「そこで私は2人目に出会ったんだ。」


「2人目は病院で出会ったのか。」


「うん。・・・『その子』についてはちょっとまだ話せないけど。」


え?それまたどうして。と聞きたかった言葉は文香の悲しげな表情を見ると、声に出すことはできなかった。


「そっか・・・。なら深くは聞かないよ。話せる時になったら話して欲しいけどね。」


「・・・わかった。その時が来たら絶対に話すね。」


「おう。」


めっちゃ気になるな〜その子。過去の文香を救った存在なんでしょ?なんかすごそうじゃん。


「続きになるけど、まぁ結局退院するときが来るんだよね。またお母さんに縛られる生活になっちゃうのかな。ってすごい絶望してた。」


「だけど、ある事件が起きてついに私はお母さんから本当の意味で解放されたの。


その後の生活は叔母さんが養ってくれるって約束してくれた。私の連絡先も消させたみたいだし。


ここまで聞けばハッピーエンドなんだけど、運命って残酷だよね。『その子』とはある意味でお別れすることになっちゃった。」


それも全部お母さんのせい。と今度は憎しみの籠った表情をする。

文香はこの話をするだけでコロコロと表情が変わっている。それほどまでに、文香の母は文香に深い傷を残しているのだ。


「ある意味ってことは、死んではいないんだよな?」


「うん。幸いなことにね。」


それは良かった。いつか文香を救ってくれてありがとうとお礼を言いたかったからな。


しかし、そこで俺はデートの時に、文香に連絡が来ていたことを思い出した。


「待ってくれ。そういえばデートの時に、、、」


「そうなんだよね。あの人執念深いからなぁ。どうやって私の連絡先手に入れたんだろ。」


「あの時は何か言われたのか?」


「うーん。言われたは言われたかな。今すぐ帰ってこいって。」


うわ、最悪じゃん。俺だったら絶対帰りたくない。文香も一緒だろうけど。


「大丈夫だった?ちゃんと断ったのか?」


「もちろん!断ったよ!絶対に嫌だ!って。あともう私に連絡してこないで!って言っておいた。」


「それがいいよ。あんま関わんない方がいい。」


「私もそうしたいんだけどねー。全然諦めてなかったよ。私を連れ帰るの。


頭を冷やしなさい。今日は帰してあげる。ただし、遊んでられるのもあと2週間。2週間たったら連れ戻しにいくから。


って。意味わかんないほんとに。」


こっわ。もはやストーカーのレベルじゃん。


「いきなりだよな。今までは干渉してこなかったわけだろ?」


「そうだね。ま、理由はなんとなくわかってるけど。」


次の瞬間文香は机に突っ伏して


「ほんとに邪魔ばっかりする。」


ボソリと低い声で言い放った。


それに俺がなにも言えないでいると、


「はーあっ!もうこの話はお終い!・・・なんとなく私のお母さんについてわかったかな?こんな人だから、私は宗則くんに会わせたくないの。もう2度とね。」


「俺もできれば会いたくないなぁ・・・。だけど、文香がもし連れ戻されたりしたら絶対に止めに行くから。これだけは絶対。」


ちょっとカッコつけすぎたか?でも、実際そんなことがおきたら俺は頑張る自信がある。なんとなく、そんな気がする。


「・・ふふっ。まるで王子様みたいなことを言うね。きゃー!恥ずかしっ!」


「からかうなよ!真面目に言ってるからな!!」


この子からかいやがったよ。クスクス笑うな。可愛いだろうが。


「ははは。もう、ほんとに。━━━。」


笑いすぎたのか、目尻に少しの涙を溜めてそう言った。

後半は全く聞こえなかったが、なにか大事なことを言われた気がする。しかし、それを聞くことは叶わなかった。


「もう暗いね。そろそろ帰った方がいいかもよ。明日も大学あるんでしょ?準備とかしなくちゃ。」


そう言われたら、それに従う他ない。俺はいそいそと帰る準備を始めた。話に入りすぎて、全く手をつけてなかったケーキを急いで食べながら。


「ごめんね。夕食とかもご馳走できずに。」


申し訳なさそうに文香が言うが、俺としてはちょっとありがたかった。ケーキでお腹がいっぱいだったから。


「いや、全然いいよ。こっちも申し訳なくなるし。・・・できたらまた今度ご馳走してよ。文香の手料理食べたい。」


「・・!うん!絶対美味しいの作ってあげるから!期待しててね。」


そうして、俺はケーキ屋を後にした。


文香の母親。いわゆる毒親ってやつだな。

俺としても、どうにかしてやりたいのだが、文香が会わせたくないって言ってるからなぁ。

ま、いざというときは、、ね。


そして俺は毎日筋トレしようと心に決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る