第7話 世界を変えてくれた君が

彼女ができた。


俺にはもったいないくらいの、明るく笑顔の素敵な女性だ。

初めは相手から誘われたデートだったが、今日一日だけで俺の心は奪われた。まるで、以前からこの子に恋をすることが決まっていたかのように。




日差しが少しずつ赤みを増し始め、余韻に浸る時間を作る間も無く別れの時が来た。


文香の母から急かすようなメッセージが届いたのだ。もうこれ以上、文香を足止めすることはできない。


「・・・せっかく宗則くんと恋人同士になれたのに、もうバイバイしないといけないのかー・・・。ちょっと寂しいかも、、、。」


「しょうがないよ。文香のお母さんがどんな人かわからないけど、心配してるんじゃないのか?」

 

「ううん。・・・あの人が私の心配なんてするわけないよ。」


文香は自分の母の話題になると、決まって暗い顔をする。そうなると、どうしても文香の母親について知りたくなってきた。

まあ、いま聞いても文香の足止めをしてしまうだけだから、今は、聞かないでおこう。


「そうか・・・。

・・・そんなに、仲が悪いなら別に行かなくてもいいんじゃないか?」


「それが、私もそうしたいのはやまやまなんだけど、こればっかりは従うしかないんだよね。」


ふむ。これは深い事情がありそうだな。文香は母親に俺を会わせたくないようだけど、彼氏としてその事情に介入できれば良いんだけど。


「・・・それじゃあ、ちょっと連絡がうるさいから、そろそろ行くね・・?」


「あぁ!ごめん!足止めしてしまって。・・・改めて楽しかったよ。誘ってくれてありがとう。」


そう言って手を振り、文香を見送る。


「うん!こちらこそ!私も楽しかった!・・・またデート行こうねっ!」


バイバイっ!と文香も手を振りながら歩いていった。


やがて、文香の姿が見えなくなると彼女がいないこの瞬間がとても寂しく感じた。


「静かだな、、、。」


今までは、1人が好きだったはずなのに。

恋人ができたというだけで、世界はこんなにも変わるのか。


ー・ー・・


家に帰り、今日の余韻に浸りながらいつもの日常過ごす。

しかし、1人になると誰かに今日の感想を伝えたくてしょうがなくなるものだ。


だから俺は、すぐに妹へ電話をかけた。


やがて3コールほどした後、


『・・・もしもし?』


「もしもし。結梨か?数日ぶりだな。」


『うん。・・・・それで?デートはどうだったの?』


結梨も今日のことが気になっていたのか、そう尋ねる声色は楽しそうな雰囲気を感じさせた。


「おう。まあ、色々あってさ・・・正式に付き合うことになった。

・・・結梨も一応アドバイスとかくれたし、お礼言っておこうと思って。」


妹に彼女が、しかも初めての彼女ができたと伝えるのはやはり恥ずかしさもあったが、なんだか伝えないといけない気がしたんだよな。


『・・・ふーん。良かったじゃん。おめでとー。

・・・どうせ、兄さんのことだから告白するときに右手とか差し出しちゃったんじゃないの?ドラマ見過ぎなんじゃない?』


あれ?うちの妹冷たくない?俺が想定してたのは


『やった!彼女のかの字も無かった兄さんに、ついに!ついに!彼女ができたー!!やったー!ずっとお姉ちゃんが欲しかったんだ!私!』


こんな感じだったんだが、、、。


「あんまり驚かないんだ・・・。てか、よくわかったな。俺が手を差し出したこと。」


『そりゃあ、、、。ううん。なんでもない。』


結梨は何かを言いかけたが、すぐにはぐらかされてしまった。


『てゆーか、デートはどうだったの?ちゃんとエスコートできた?変なことしなかったよね?』


いや、いきなり質問攻めしてくるね?!

意外と興味あったのだろうか。


「お、おう。普通に楽しかったし、エスコートは、、、文香に引っ張っていかれてたからできてないな。

あと、おかしなことはしてないと思う・・。」


してないよね。うん。


『ま、兄さんに変なことなんてできるわけないんだけどね。』


「え?なに?どゆこと?」


どうしたんだろう。結梨がなんか冷たい気がする。

なんかおかしなこと言ったかな、、、。


妹もお年頃だし、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。

 

しかし、そんなことを考えている時


『・・・楽しかったんだ。』


唐突にそんなことを聞かれた。


「どうして突然そんなことを、、、?」


『だって私に話してる声、いつもよりテンションが高くて嬉しそう。だから、、楽しかったのかなーって。』


そんなにテンション上がってたのか。ちょっと恥ずかしいかも。

 

『で?楽しかったの?』 


「うん・・めっちゃ楽しかった。」  


『そう、、なんだか羨ましいな。』


結梨はポツリとそんなことを呟いた。確かに、結梨は彼氏を作ったことがないらしいし、楽しそうなデートをした俺が羨ましかったのだろうな。


だからちょっと冷たかったのかと思うと、可愛いなこいつとなる俺はもうシスコンでいい。


「改めて、今日楽しく過ごせたのも結梨のおかげというのもあるんだ。だから相談乗ってくれてありがとう。」


その感謝の意を表すように、見えるはずもないが頭を下げた。


『・・・っ!・・や、やめてよ。私全然大したことしてないし。』


「いやいや、あの時結梨が服装について言ってくれなかったら、多分俺イキって変な格好で行ってたかもしれないんだよ。だから、お前に相談して良かったって。」


『・・・うん。なら素直に感謝されとく。』


結梨は先ほどまでの少し暗い声色から一転、照れたような声色に変わらせた。


『・・・なら、感謝してるってことは何かお礼をしてもらわないといけないよね?』


ん?


『だからさ、今度は私と出かけてよ。買ってもらいたいものがあるの。』


いいでしょ?と俺の予定を聞くこともなく、約束を取り付けてきた。


「あ、ああ。全然暇だからいいけど。」


ま、全然嫌じゃないんだけどね。だって、


『やったっ・・・!!』


微かに聞こえた喜びの声を聞いてしまったから。


ー・ー・



次の日の朝、俺の1日は一つのメッセージから始まった。


《おはよう!昨日はありがとう!


昨日話してた私のお母さんについて話そうかと思って連絡しました。それで、できればでいいんだけど会って話したいかなって。》


早起きだなぁ、、、。このメッセージ送られてんの4時なんだよな、、、。


確か文香は今日仕事があると言っていたはず。やっぱ仕込みとかがあるのだろうか。


今の時間は8時30分。だらけた俺とは大違いだ。


《おはよう。こちらこそありがとう。


会う件についてだけど俺は大丈夫! 仕事頑張って!》



ふぅ。それにしてもメッセージってむずいな・・・。

感情の伝え方がわからん。


今は仕事中だろうから、返信が来るまで課題でもしようかな。


こうして3時間ほど時間を潰していたとき、文香から返信が来た。


《良かった!今ちょっと休憩中だからまた仕事に戻んないといけないんだけど、今日終わるの18時くらいに閉めるらしいからその後でいいかな?場所はイートインコーナー使っていいらしいからそこにしよ!》


お!ちょうどガトーショコラを食べたい口だったんだ。

ラッキーだなこれは。


《わかった。たのしみにしてる。》


そう返信し、文香からオッケーのスタンプが送られてくるのを見届けてまた課題に集中する。

文香も頑張ってるんだ。俺も頑張らないと。




あっという間に時間も過ぎ、俺は文香の働くケーキ屋まで来ていた。


まだ、17時40分だが早いほうがいいだろう。


それにしても、相変わらず落ち着く雰囲気が漂っていて、人気の理由もわかる。今度母さんと結梨を連れてきたいな。


「あ!宗則くん!」


と、横から声をかけられた。


「こんにちは。ちょっと早くついといたほうがいいと思って。」


「うん!ごめんね。あともう少しだけ待ってて。」


とイートインコーナーへ案内され、すぐに文香は仕事に戻った。


そういや、文香の働く姿を見るのは新鮮だな。しばらく見てみよう。


文香は次々に来るお客さんを笑顔で迎え、質問があれば、ケーキやメニューを示しながら説明しており、買う人全員が笑顔になって、ケーキを受け取っていた。


やっぱり文香の笑顔は人を幸せにする力があるんだな。と痛感させられるな。しかもその子が俺の彼女、、、。

やばいな。思ったよりニヤけてしまう。


周りの客に噛み悪がられないよう、必死にニヤけを我慢していると客足が落ち着いたのか、頬をマッサージするようにコネコネしてる姿が見れた。他にも、チラチラこちらを見ては、はにかみながら小さく手を振ってくれたり。眼福で眼福でしょうがなかった。これがデレというやつですわ。


やがてそんな時間もあっという間に過ぎて、18時となった。他のイートインコーナーにいた客たちがぞろぞろと帰り始め、このまま居座るのも変かなとそわそわしつつ、文香を待っていた。


しばらくして、私服に着替えた文香が手に何かを持って現れた。


「お待たせー!わざわざ来てくれてありがとう。」


「お礼を言われるようなことじゃないよ。むしろここのケーキ食べたいと思ってたからちょうど良かったし。」


すると、その言葉を聞いた文香は少し面持ちが固くなり、


「あ、あのね。今日宗則くんとお話するときに、ケーキを食べながらだといいかもって思ったの。でも、せっかくだから私の手作りを食べてほしくて。」


「だから、今日の朝早く叔母さんにお願いしてケーキを作らせてもらったんだ。」


えー?めっちゃ嬉しいんですけどー。まさか俺のために早起きして、しかも手作りのケーキを作ってくれるなんて。


「まぁ、練習は何回もしたから美味しくできたと思うんだ。だけど、やっぱり緊張しちゃうね。」


そう言って文香は箱の中から、ケーキを取り出した。


俺の好きなチョコクリームがふんだんに使用され、形も綺麗に整えられている。暗い色で構成されたケーキの上にポツリと赤いイチゴが添えられており、見栄えが良い。

相当な練習を積んだのだろうなと感じることができた。


「ど、どうかな。」


恐る恐る聞いてくるが、これを否定する材料を俺は持っていなかった。


「めっちゃキレイじゃん!まだ見た目からしか判断できてないけど、すごく食欲がそそられる。普通に販売してもいいんじゃない?」


「そうかな。そうだったらすごく嬉しいんだけど、やっぱりここで販売する為にはもっともっと上手にならないと。」


そうなのか。このレベルでもまだ販売するに至らないというのか。この世界も興味深いな。


「それに、、このケーキは・・・」


文香が何かを言っていたが、その続きは聞き取ることができなかった。

やがて、文香は真剣な表情見せ、


「・・・そろそろ、私のお母さんの話をしようか。」


いよいよ、文香とその母親との関係性が明かされた。

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