第12話 思い出のこの味が

辺りもすっかり暗くなり、都会ではあまり聞けない虫の鳴き声が聞こえ始めた。


引っ越してからそこまで時間は経っていないのに、その声を無性に懐かしく感じる。


「兄さん。重くない?やっぱり私も持とうか??」


買い物袋を持つ俺に、結梨が声をかけてきた。


「いや、大丈夫だ。全然重くないからな。」


そう言いつつも、実は結構重かったりする。

しかし妹の手前、カッコつけたいのが兄としての意地である。


「もう、私の前でまでカッコつけなくていいのに。腕がぷるぷるしてるじゃん。・・・ほら、半分持つから。」


結梨が袋の持ち手を半分持ってくれた。そのおかげか、大分腕が楽になった。


さすが結梨、よく見ている。カッコつけながら腕プルしてるだなんて、やだ。すごく恥ずかしい、、、。


「えへ。懐かしいね。こうやって一緒に持つの。

昔はよくしてたのにね。」


言って結梨は、にこにこと微笑んでいる。そんなに嬉しいものかと疑問におもったが、久々の共同作業ができるのは、案外嬉しいものなのかもしれない。


「大丈夫か?これ結構重いだろ?キツくなったら言えよ。」


「大丈夫大丈夫。私だってちょっとは力ついたんだから!」


そして誇ったように力こぶを見せつけてきた。全然こぶできてなかったけど。


「はは。そうかそうか。頼りになるな。」


「でしょ?」


こんな結梨との会話に楽しさを感じつつ、お互い昔に戻ったようなテンションで帰路についた。


〇〇〇〇〇〇


「お母さ〜ん。兄さんが帰ってきたよー!」


家に入るやいなや大きな声で母を呼ぶ結梨。その声に呼応するかのように、母さんがパタパタと奥から現れた。


「あら〜!宗則〜。・・・おかえりなさい。」


最初はほんわかとしていたが、『おかえり』と喜びにを噛み締めるように言った母さんになかなかくるものがあった。


「うん。・・・ただいま。母さん。」


母からの『おかえり』を聞くだけで、何故こんなにも心にくるのかわからないが、今は再開の喜びに浸りたかった。


「どうする?抱きしめてあげようか?ほら、抱きしめさせなさい。」


そんな空気も一変、いつもの母さんに戻った。


昔から自分の子供たちを抱きしめるのが好きなのか、俺と結梨はことあるごとにハグをされていたのだ。


昔は俺たちも好きだったのだが、、、。まぁ、お年頃なのでね。


「それはいいから。そんなことより父さんは?仕事?」


「ぶー。そんなことって何よー。久しぶりにいいじゃない!」


「はぁ、、。父さんはもうすぐ帰ってくるよ。宗則が帰ってくるって言ったら『すぐ帰る』って返信がきてたもん。」


どうやら父さんも俺の帰還を楽しみにしてたようだ。


「さ、歩いて疲れたでしょ?早く手を洗ってきなさい。すぐに作ってあげるからね。あ、荷物は台所に持ってきてね。」


そう言って母さんは戻っていった。それについて行くように結梨も洗面所へ向かって歩いていった。


我が家特有の匂いに、少し散らかっている玄関。毎日見ていたその光景に、あぁ、帰ってきたんだな。と無意識に呟いていた。



ちょっとできるまで時間かかるから適当にくつろいどいて〜。と母さんに言われ、何しようかと悩んでいると


「ねぇ兄さん!久々に対戦しよ!」


結梨がレーシングゲームを持ってきた。レースゲームだと言うのに、何故かアイテムも使える面白いゲームだ。


「お!いいぞ。またお前を泣かせてやるぜ。」


そう。俺はこのゲームが大の得意だったのだ。前はよく結梨をアイテムで下位にしつつ、俺は1位を取るということをして遊んでいた。結梨は次第に『つまんない!もうやめる!』とやらなくなってしまったが。


「ふふん。いい気になっていられるのも今のうちだかんね。」


と挑発的な笑みを浮かべていたが、その表情を悔しさでいっぱいにしてやろうと気合を入れた。



・・・結果は俺が2位という形で終わった。


隣で結梨がよっしゃー!と喜んでいる。


・・・何故だ。俺は結梨にアイテムを使用して、妨害という妨害を重ねたはずだった。しかしそんな俺の妨害を結梨は華麗なテクニックで全て退けて見せた。


「どう?成長したでしょ。兄さんのその表情をみるために頑張ったんだー!どう?悔しい??あははは。」


こいつ・・・。だが俺は悔しいという感情よりも、俺に勝つためだけにこのゲームを極めたという、嬉しさの感情の方が大きかった。


ま、もちろん悔しい気持ちもあるがな。


「ふーん。やるじゃん。ちょっとはやるようになったじゃん??」


その後俺は妨害をやめ、1位を取ることだけに集中した。


「えー?!何そのインコース攻め!キモ!」


「ははははは!残念だったな!妨害に気を遣わなければ余裕なんだよなぁ!!」


「もう!なんでぇぇぇ!!」


最終的に俺が1位、結梨が2位という形で対戦は終わった。

ふふっ。まだまだ妹には負けんよ。と勝ち誇った顔をしていると


「もう一回!!次は負けないから!」


俺の見たかった顔が見れた。


「あぁ!何度でも立ち向かってこい!」


俺と結梨の戦いはリビングから美味しそうな匂いが漂ってくるまで続いた。なんか昔に戻ったみたいですごく楽しかったです。



結局、最初のレースを除いて俺の戦績は6勝3敗。

勝ち越した。

さすがに上手くなっていた結梨に3敗を喫してしまったが、まあ許容範囲だろう。


食事の準備を進めていると、玄関から鍵の開く音が聞こえ


「ただいまー。今帰ったぞー。」


父さんの声だ。俺は立ち上がり、すぐに父さんの元へ向かう。


「おかえり。父さん。・・・ただいま。」


「おう宗則。・・・おかえり。」


久々に聞いた父さんの声。その声色には会えて嬉しいよ。という意味も込められているように感じられた。


「さぁ!父さんは腹が減った。いい匂いもして余計にな!早く食卓へ行こう。」


お互い多く語ることもなかったが、逆にそれが俺にとっては嬉しかった。


やがて食卓へ戻ると


「じゃーん!宗則の大好きだったビーフシチューでーす!」


肉がゴロゴロ入ったとても美味しそうなビーフシチューが置かれてあった。


「だったって、今もビーフシチューは大好きだよ。」


と俺が言うと


「宗則が大好きなのは、母さんが、作ったビーフシチューでしょ?」


とウィンクしながら母さんが言った。


全くその通りだ。俺だってここを出てから何度もビーフシチューを作ったさ。


だけど、俺の大好きな味は全く再現できなかった。別に美味しいんだけど、なんかが足りないんだよね。


「だって兄さんバカみたいにおかわりしてたもんね。

食べるのも早いから、私たちのおかわりがなくなるのも当たり前だったし。」


言いながら俺を小突いてくる結梨。


だって美味しいんだもの。しょうがないじゃないか。


「あははは。もういいじゃないか。早く食べよう。」


父の一声で俺たちは手を合わせた。


「「「「いただきます。」」」」


4人で手を合わせ、ビーフシチューを食べる。


・・・・美味い。これが俺の大好きな味だ。  


デミグラスソースや、ゴロゴロ入った大ぶりの肉が口の中で混ざり合い、口内を幸せにする。


この味はどうしても自分では再現できない。なにか秘伝があるのだろうか。


美味い、美味い。


「見て!兄さんの顔!めっちゃ変な顔!!」


結梨がこちらを見て大笑いしている。


え?そんな変な顔してる?俺。

ふと両親に視線を向けると


「ぷふっ!何よその顔。そんなに私のが美味しかったの?」


「どうした。感動したか?」


どうやら俺は変な顔をしているようだ。一体どんな顔をしているか自分では分からないが、多分感動してしまったのだろう。

俺もこの味のビーフシチューが作りたい。


「うめぇ。うめぇよぉ。」


俺は込み上げてくる何かを感じながら、スプーンを進ませた。

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