第19話 尊敬する人の美味しい料理が

「悪い文香。すぐにいくから先に入っててくれ。」


家に入ろうとした時、俺はこちらを見つめる男を見つけてしまった。


無視することもできず、とりあえず文香に家の中に入ってもらい、俺はその男に近づいていった。


しかし、男はそれに気付いたのかそそくさと逃げて行ってしまった。

マジで何考えてんだあいつら。


何も起こさなければいいが・・・。




少しの不安を抱きつつ、裏口から店の中に入ると、入ってすぐのところで文香は待っていた。


「大丈夫だった?暴力とか振るわれなかった?」


心配そうに聞いてくる。


「ああ。俺が近づいたらそそくさと逃げ出しめいったよ。ほんとにこんな遅くの時間まで何やってんだろうな。」


「うん。ちょっと怖いね。」


怪しい男がいる事実を知ったことで、これからの外出には警戒をさらに強める必要がありそうだな。

いつまでもこんな生活が続くのは嫌だろう。

早急にこの件は解決しなければ。


しかし、まずは文香を安心させないと


「大丈夫だよ。一応俺もいるし。頼りないかもしれないけど、約束しただろ?だから大丈夫。」


俺の言葉を聞いた文香は、ありがとう。と少しだけ安心したかのような笑顔を見せてくれた。


「よし!今日はもう忘れて、宗則くんをもてなさなくちゃ!」


自分の頬を勢いよくはさみ、グッと握り拳を握る見事なまでの切り替えっぷりに今度はこっちが安心した。  


行こう。と先を行く文香についていくと、奥の方に厨房が見える。今は電気はついていない。


どうやらいつもそこでケーキを焼いたりしているようだ。

裏側を見たようで、少しテンションがあがる。


そのまま廊下を歩き、左側にあった階段を登る。

どうやら生活する場所は2階にあるようだ。


2階はとても広く、長い廊下が続いている。

イートインコーナーの分も上にあるのだから当然なのだろうが。


「ちぃちゃーん!宗則くん連れてきたー!!」


ドアを開け、文香が大声をだした。

すると


「もう、そんな大声出さなくても聞こえるよ。」


優しそうな声がして、一人の女性が現れた。


「はじめまして。文香から話は聞いてます。


叔母の千紗ちさといいます。この子からはちぃちゃんって呼ばれてるから、宗則くんもそう呼んでね。」


「は、はい!こちらこそ、文香から聞いてます。とても優しくて、憧れの人だ。って。あ、改めまして、榊宗則といいます。」


ちょっとした緊張でうまく言葉が出なかったが、なんとかあいさつできた。


「ふふふ。そんなに緊張しなくてもいいのに。」


手を口に当てて笑う姿は、どこか文香に似ていた。


「さ、遠慮せずに座ってね。今からご飯作るから。」


そう言って千紗さんは台所へ歩いて行った。


「良い人でしょ。ちぃちゃん。料理もすっごく美味しいんだから!」


文香が誇るように聞いてくる。

よほど尊敬しているんだな。千紗さんのことを話す姿は、とても楽しそうだった。


「うん。聞いてた感じそのままだった。文乃さんの妹とは思えないくらい。」


「ははは。ほんとにね。


・・もし、ちぃちゃんが本当の親だったらどんなに良かったか。

でも、いいの。今が幸せだから。」


文香はそう言うと、一度立ち上がり写真を取ってまた座った。


「これ。昔の私とちぃちゃん。」


見せてくれた写真には、微笑む千紗さんと泣いている幼い文香が写っていた。


「この時、ちょうどここに引き取られたの。すっごく泣いちゃったけど、泣き止むまでずっと抱きしめてくれてね。心底安心できた。」


その時の心境が蘇ったのか、愛しそうに写真を眺める。この時の文香はひどく痩せ細っていて、過酷な生活を送っていたことが読み取れる。

その分、感動も大きかったのだろう。


「ここにこれて、本当に良かったな。」


「うん。」


それからも、文香は色々な写真を見せてくれた。

最初は暗い表情ばかりだったのが、次第に笑顔の写真も増えていった。そのところで俺は一つ思い出したことがあった。


「そういえば、もう一人文香を救った男の子がいただろう?その子は写っていないのか?」


もしかしたら、その子の姿を見ることができるかもしれないと聞いてみたのだが、


「ううん。残念ながら無い。その子、気付いたらいなくなってたから。」


そうだったのか。まぁ、仕方ない。


結構時間が経ったのか、俺らを呼ぶ声が聞こえてくる。


「あ!ご飯できたみたいだよ!行こ?」


早く食べて欲しいなー。とルンルンで歩いていく文香。可愛い。


「すぐにいくよ。」


ある程度写真を綺麗に纏め、俺も立ち上がる。


文香が絶賛する料理。楽しみだな。


〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


リビングへ行くと、すでに美味しそうな匂いが漂ってきた。


「お客様に手伝わせるのも悪いけど、配膳をしてくれないかしら?

張り切りすぎちゃって、、、。」


台所から千紗さんの声もする。

もちろんいいですよ。とその声のする方へ行ってみると、なんとも美味しそうなオムライスが存在感を放っていた。


しかも、文香から俺が好きなものを聞いたのか、ビーフシチューソースがかけられている。

周りに置かれた一口サイズのステーキも食欲を増進させる働きをしている。


そのオムライスをテーブルまで運び、3人でいただきますをした。


しかし、俺以外の2人は手をつけるでもなく、こちらをじーっと見てきた。どうやら俺が食べるのを待っているようだ。


俺はそれに応えるように、オムライスを口に運ぶ。


瞬間、俺は衝撃を受ける。


程よい柔らかさのオムレツと、ビーフシチューソースがお互いの味を邪魔しないように絶妙に噛み合っている。あくまで主役は卵だ。とでも言うように、ソースの方が存在感を薄くそれでいてしっかり主役をたたせるような味。


これは文香が言っていただけある。

どうにかこの感動を口にして伝えようとしたのだが


「ふふっ。本当に顔に出やすいんだね。宗則くんって。」


「そうなんだよー。わかりやすい顔するよね。」


・・・その前に俺の顔が感想を言っていたようだ。


「いや、はい。すごく美味しいです・・。」


恥ずかしさから、口に出す感想はシンプルな物になってしまう。


「ありがとねー。職業柄、手作りは得意だけどやっぱり美味しいって言ってもらえると作った甲斐があるね。」


ほんとうに嬉しそうに微笑み、千紗さんもオムライスを口に運ぶ。


文香も幸せそうに頬に手を当て、美味しいぃ〜〜!と天を仰いでいる。

それを見て俺も頬が緩むのだった。



「ところで〜、2人の馴れ初め聞いちゃっても良い感じ?文香の話だけじゃなくて、せっかくだから宗則くんにも聞きたいな〜って。」


興味津々といった感じでイタズラっぽく笑う千紗さん。


正直聞かれると思っていたが、いざほんとうに聞かれると恥ずかしいな、、、。


「そうですねぇ。元々自分は友人の看病の帰りに、貰ったチケットを使おうと、このお店に来たんです。


そして、キレイな店員さんがいるなーと思いつつ、ケーキを貰ったら手紙が入ってて。その後、その、、、告白、されました、。」


あ、これ真っ赤になってるかも。熱いもんほっぺ。


「ふ〜〜〜ん。」


明らかなニヤケ顔で俺ら2人を交互に見てくる。

なんだか楽しんでるみたいだ。


「変わんないねぇ文香も。手紙って。」


「ちょ!やめてよちぃちゃん!」


「えー?だってあの時も━」


「わー!!だめだめ!!」


すぐに2人の空間になり、俺は置いてけぼりになる。

でも、それでいい。

恥ずかしくて頭がうまく回らないから。


「でもそっかー。そんな甘い出会いをしたのに、まだデート回数少ないんだもんね。


最近忙しくてずっと手伝ってくれたけど、たまにはわがまま言っても良かったのに。」


それに対し、文香は


「ううん。私、ここで働くのもすごく楽しかったから。ちぃちゃんが気に病む必要はないよ。宗則くんもそれを分かってくれてるし、毎晩電話とかしてるから。」


と笑顔で返す。

まぁ、俺も大学があるしデートの回数が少ないのはしょうがないと思っている。もちろん、もっとデートしたいというのは紛れもない本音だが。


「そういってくれて嬉しいな。でも、休みも必要だから。


・・・宗則くん。近いうちに休みあるかな?その日に合わせて文香にも休みをあげようと思うの。本当は日曜日とかに休みをあげてるんだけど、お店が気になっちゃって結局働いちゃうから。あ、全然体を休めたいとかだったら無理しなくていいからね。」


その言葉から、2人のデート回数が少ないのは、ケーキ屋の仕事のせいではないか。

という思いが感じ取れた。


しかし、それはこのケーキ屋が人気な証であり、文香も好きでやっていることだから、俺は全く気にしていない。

それでも、デートさせる時間を作ってくれる善意に、素直に感謝し俺は空いてる日を口にする。


「わかった。じゃあその日は文香お休みね。宗則くんとのデート、楽しんできてね。うちのことは一旦忘れなさい。」


文香の頭を撫でながら、千紗さんはそう言う。


たまには楽しんできて欲しいという愛情を強く感じる。素晴らしい家族愛だ。


「うん。ありがと。ちぃちゃん。」


気持ちよさそうな顔をしながら、文香もお礼を言った。・・・・・俺も撫でられたい。


デートの日が決まった後も、いろんな質問やどこに行くかとか。


全員家族ではないのに、そういう安心感がその空間にあった。























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