第37話 2人は近づく。

━━廊下の壁にそいながら、声が大きな方へ向かっていく。


時間にしても、パーティー開始時刻が後少しに迫っている。


敷地に入るために、招待された方々が必要だったからとはいえ、この大勢の前で文香を連れて行こうとしたら少々面倒くさいことになりそうだ。


だがまあ、やることは変わらない。


なんとしてでも、文香と仲間たちのところに戻るんだ。


一歩、一歩となるべく足音をたてないように慎重に歩く。


すると、少し前方の扉が勢いよく開かれた。


「っ!」


慌てて壁に背中をピタリと押しつけ、なんとか隠れようとした。


幸いそこから出てきた人からは、開いた扉が死角となったおかげで気づかれずに済んだようだが、一瞬で脈が早くなった。


・・・これは良くない。


ただでさえ静かにしないといけないのに、息があがって呼吸がままならない。


我慢しようとするが、俺はハァ…ハァ…。と声が漏れるのを手で必死に抑えた。


気づくな!気づくな!と念じながら。


そんな俺の息の音は、前方から聞こえてくる話し声などによって散ってくれたのか、一度も振り返ることなく歩いて行った。


「……あぶねぇ…。」


足音が遠のいていくのを感じ、ホッと胸を撫で下ろした。


「かなり油断してたな…。


もっと気を張って進まないと…。」


もしこれがもう少し進んでいる場所だったら絶対にバレていた。


そんな時の対処ができるようにしなければならない。


とは言っても、多分もうすぐ会場に着く。


曲がった先が明るくなっているからだ。


さっき落ち着いた心臓が、また鼓動を早くする。

 

これが良い意味の緊張であればいいのだが。


〇〇〇〇〇〇



メイクが終わり2人の女性は、別の準備があると

私のそばから離れていった。


…それにしても、このメイクは着ているドレスにとてもよく似合っていると思う。


オールホワイトで派手さも無く、大人びた雰囲気の服装に身を包んだ、キレイな私がそこにいた。


…それほどあの人も、今日のパーティーに気合が入っているのだろう。


だけど、せっかくのこのメイクも無駄になるかもしれない。


何故なら私は逃げるから。ここから抜け出すから。


2人が戻ってくる前にこの部屋から出よう…!


扉に近づき、ひょこりと顔を廊下に出す。


・・・良かった…!誰もいない…!


きっと来賓の方々に私を会わせないために、少し遠めの部屋でメイクを行っていたのだろう。


なんて都合がいいのだろうか。


私は部屋を出て全力で足を動かした。


早く…!誰かに見つかる前に…!


履いているパンプスがなんとも走りにくい。


いっそのこと脱ぎたいくらい。


まぁ脱いだら外へ出た時が大変なんだけど。


小さい頃の記憶を頼りに、階段へと走る。


もうそろそろ私がいないことに気づくかな。

私を探し始めるかな。


とも思ったが、何故かそんな気配はない。


しばらくして私は階段のある場所へ着いた。


そのまま下へと下りて下りて、後はこのまま進めば出口がある。


しかし、私は薄々感じていた。


こんなに簡単にいくものか?


と。


その予想はバッチリ当たっていた。


出口の前の角から男二人が出てきて、私の前に立ちはだかったのだ。


「……あなたが逃げ出すことを考えることは予想できていたわ。


けれど、考えが甘いわね。」


「…ふーん。だったらどうして私が逃げ出してすぐに捕まえようとしなかったわけ?


せっかくのメイクも台無しになるんじゃない?」


思ったことを口に出す。


「あら。ちょっと走っただけで台無しになるようなメイクをさせるわけがないでしょう?


それに、ここからの方が会場に近いからね。」


そう言ってニコリと笑った。


…なるほど、はめられた。


さっき、メイクした部屋とパーティー会場が離れている。と言っていたが、確かにここの出口からパーティー会場はかなり近い。


来賓の方々への配慮の為だ。


それを私は逃げ出したい一心で気づくとこができなかった。


少し走っただけでは崩れないメイク。

メイク室から会場までかかる時間と、この場から会場までかかる時間の違い。


ここまで走ったことによる疲労で抵抗する力が弱まること。


これらを全て計算していたのではないだろうか。


「ほら、早く向かうわよ。大丈夫。すぐに着くから。」


男たちに押されるように、母の後をついていく。


……ほんとに、ムカつく。


悔しくも、私の甘い逃亡作戦は失敗に終わった。














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