第36話 だんだん近づく君が


今月の30日。


桜ヶ崎で、パーティーが開催される日。


そして、俺たちの運命を分ける日でもある。


立てた作戦はうまくいくだろうか。


スムーズに動けるだろうか。


・・・ちゃんと、文香を連れ戻せるだろうか。


残りの数日を、そんなことを思いながら過ごした。


もちろん、講義や授業の内容なんてちっとも頭に入らなかったけど。


〇〇〇〇〇〇〇〇


短いようで長く感じた数日が過ぎ、ついに運命の日となってしまった。


いざ、当日になるとひどく緊張するもので、内心ドキドキしていた。


しかし、このままの状態ではいざという時に動けないかもしれない。


パーティーが始まるのは本日の18時。

少なくともそれまでには、どうにか心を落ち着けないとな。



・・・よし、緊張を解しがてら会場近くを散策してみるか。


まだ家を出るには早い時間だが、このまま家にいてもしょうがないので丁度いいかもしれない。


ちなみに、桜ヶ崎の本社は采花市内にあり、まさに灯台下暗しというやつだ。


「・・・そういや、よく今まで話題にならなかったよな。」


長い期間ここへ住んでいたが、一度も話を聞いたことがない。


ただ単に、俺がこの街に興味が無かっただけかもしれないが。


まぁそんなことはどうでもいい。


母さんから、文香をしばらく家で匿う許可を貰ったため、あとはしっかりと連れ戻すだけだ。


そう思うと、自然と緊張も解けていった。




「・・・うわぁ、、、。

あそこが会場なのか、、、?」


自宅から30分ほどマップを頼りに

歩いていると、やたら大きい建物が聳え立っていた。


「大学の反対方向にこんな建物があったとはなぁ。


俺、こっち方面は来たことないからな。」


自分の冒険心の低さを痛感した。


その建物に近づいていくと、確かに警備らしき人が2人、後ろ手に手を組んで立っている。


そしてその横には案内と見られる看板も立てられていた。


「・・・まずはあそこを突破しないといけないんだよな。」


大きな男が立つ入り口。


一体どうやったら侵入できるのか。


それは後のお楽しみだ。



俺は建物が見える位置にあったベンチに座り、


色々なシミュレーションをして時間を潰した。


すると、黒塗りの車が会社の方へ向けて進んで行くのが目に入った。


・・・そろそろ時間、か。


俺はベンチを離れ、さっきの男たちがいたところへ向かう。


さて、侵入する方法なのだが、以前将也さんが情報をくれたことが正しければ、そろそろ警備に動きがあるはずなんだが…。


「……あ。」


今まで訪れた高級車を迎え入れていた男2人が、携帯を耳にあて何やら話をしているようだ。


男たちは多少困惑しながらも、片方が中へと入っていった。


これはチャンスだ。


警備は1人いないだけでも、警戒する力が大幅に低下するのだ。


あとは、上手く立ち回れば簡単に侵入できる。


この、警備が薄れる時間を教えてくれた将也さんに感謝しないとな!


そして俺は次の高級車がくるのと同時に、その影へ隠れ警備が対応している間に

敷地内へこっそり侵入した。


正直ここは賭けだったが、上手く行ったようだ。


あとはできるだけ早く身を隠したい。


俺は車が走り出すのに合わせ、近くにある大きなエンブレムに身を隠した。


それはちょうど人1人分入るくらいの大きさで、周りからも


幸い、車音によって俺の足音は聞こえなかったようで警備は特に気にした様子もなく、また後ろに手を組み職務に戻った。


(ふう・・・。なんとか侵入することができたな。)


自分でも、なかなかリスキーな侵入方法だったと思っている。


ま、成功したらなんでもいいんだよ。


その後、この建物の構造を頭の中で再確認して、今度は裏口へ向かうことにした。


将也さんが言うには、裏口側から入ると

最短かつ警備も薄いらしい。


こんなにも桜ヶ崎の会社について知っているとか、もう関係者だろ。将也さん。


もしかしたら今日、ここで会えるかもしれない。


そんなことを思いつつ、こっそりと歩みを進めた。



幸い、建物には身を隠せるところが多く、裏口へはなんの苦労もなくたどり着くことができた。


「・・・なんか、うまくいき過ぎて怖いな、、、。」


本当に。むしろ後から災難が降りかかりそうなレベルで、俺は今のところ何の問題もなく進んできている。


時間的にもまだパーティー開始時刻まで余裕がある。


あとは中にいる警備員たちと、参加者たちに見つからないように文香の元へ行かなければならない。


はは。なんか楽しくなってきたぜ。


〇〇〇〇〇〇〇〇



━━━宗則くんと離れてから、早数週間。


私は大嫌いな人の元へ帰った。

いや、強制的に連れ戻された。というのが正しいだろう。


大切な人たちを人質みたいにして、本当に最低な人だ。


なのにもかかわらず、帰った私に対する対応は

どこかおかしかった。


普通に一部屋与えられ、普通に食事を許された。


ただ、携帯電話は没収されたけど。


それ以外は、割と普通だった。


昔みたいに、過度な食事制限を課されることもなかったのだ。


まぁ、その理由はわかってる。


あの人は言っていた。


『私が選んだ殿方と結婚すれば、安定した暮らし、裕福な家庭が築けるの。』


・・・私はあの人が選んだ男の人と結婚させられる。


そして、相手の方も今の私を見て興味を抱いたんだと思う。


だから、過度な食事制限を強要することが無いのではないか。


だけど、そんなの関係ない。


私は、自分の好きな人と結婚したい。


私の笑顔が好きだって言ってくれた人がいい。


今はこんな状況だけど、私は諦めてない。


タイムリミットが近いんだ。


早くここから出て、あなたに会いたい。


「・・あんたの思い通りにはならないから。」


















 







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